なにも変わらないですよ
「ようやくローブを脱げるわね。顔を隠すためとはいえ、ずっとフードを被っていると疲れちゃうわ。」
「国外に出たとはいえ、ここも安全かどうかは分かりませんからね。」
「…セレナ、敬語はやめてって言ったでしょ。」
部屋に戻り椅子に座って寛いでいると、アリア様から指摘を受けてしまった。
「さすがに普段からあれは無理ですよ…。」
「子供の従業員には敬語を使ってないじゃない。」
「アーニャはまだ幼いからです!主人であるアリア様に敬語を使わないなんて、私が落ち着きません。」
「主人…ね。そこまで言うなら今はいいわ。それじゃあ私はお風呂に入ってくるから。」
思っていたよりもあっさりと引き下がるアリア様に驚く。
アリア様は出会った頃と比べてかなり大人しくなったが、なんだかんだで今も私はアリア様に振り回されているような気がする…。
「あっ、お風呂に入るのならお手伝い致しますよ。」
そう言って立ち上がろうとするが、その行動は次のアリア様の言葉によって阻まれた。
「いらないわ。一人で入るから使い方だけ教えてちょうだい。」
その言葉に再び私は目を丸くする。
一人でお風呂に入るなんて言われたのは初めてだ。
夕食の時といい、今日のアリア様は少しおかしい。
「…ええと、アリア様。つかぬ事をお伺いしますが、今日はどうされたのですか…?」
「?いきなりなによ?」
「森にいる時も水浴びの際は私がお体を流していたのに、突然一人で入るだなんて何かあったのですか?」
心配になって尋ねてみると、アリア様は神妙な面持ちで黙ってしまった。
「……アリア様?」
「…私は、もう貴族ではないわ。いつまでも世間知らずのお嬢様のままではだめなの。今はまだあなたに甘えてしまうけれど、これからは一人でも生きていけるようにならなければいけないのよ。」
その言葉を聞いて胸がじんと熱くなる。
まさかアリア様がそんなことを考えているとは思わなかった。
苦境にも屈せずひたすら前を向く姿に感動すら覚えてしまう。
「…だからね、セレナ。あなたももう私の世話をする理由はないのよ。今の私は公爵令嬢ではなく、ただのアリアなの。この生活が嫌になったらいつでも言ってくれていいんだからね。」
優しげな声音で話すアリア様の表情は、そうは言いながらもどこか不安を隠せずにいた。
捨てられた子猫のような雰囲気を纏いながらも私を気遣うアリア様が愛おしくて、私はそっと微笑んだ。
「屋敷を出る前に言ったはずですよ。既に私の全てはアリア様に捧げると誓っております。アリア様がどのような立場になろうと、私はずっとおそばにいますよ。」
椅子から立ち上がり、呆然と立ち尽くしているアリア様の頭を撫でると、その瞳がゆっくりと潤んでいくのが見えた。
それを隠すようにアリア様はぷいっと顔を横に背け、素っ気なく言った。
「…本当、あなたって変わり者だわ。」
「ふふっ、そうかもしれません。」
こんなにも可愛らしいお方と共に過ごせるのだ。不満などあるものか。
アリア様を見るたびにぽかぽかと温かくなるこの感情の正体は分からないが、これから先も私は自分にできることを精一杯やっていくだけだ。