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平民侍女は引きこもり令嬢を更生させたい  作者: いとまる。
屋敷編
2/39

食事は大切ですよ


「……セレナ、カーテン閉めて。」


眩しそうに目を細めながら不機嫌な声を出すアリア様を無視し、さっと布団を剥ぎ取る。


「ちょっと!布団返してよ!!」


案の定ぷりぷりと怒りだしたアリア様の目を無表情に見つめれば、こう見えて少し気の弱い彼女は途端に怯んでそれ以上は何も言えなくなる。


「アリア様、おはようございます。本日の朝食は何になさいますか?」

「…要らないわ。お腹空いてないもの。」


いつものように献立の希望を問えば、返ってくるのはいつも通りの返事のみ。

引きこもり故に運動もせず、更には食事もまともに摂らないとなるとアリア様は不健康まっしぐらだ。

専属侍女として私はなんとしてでもそれを阻止せねばならない。


「では軽食をお持ち致しますので、アリア様は身支度を整えておいてください。失礼致します。」

「要らないって言ってるのに…。」


ぶつぶつと文句を言う声を放置し調理場へと向かう。

本来仕える主一人に身支度をさせるのは有り得ないのだが、侍女が私しかいないため仕方のないことなのだ。

この話をした時には反発を受けるかと思ったが、予想に反してすんなりと受け入れたアリア様には驚いた。

…いや、それよりも早く食事の準備をして部屋に戻らなければ。

意外と寂しがり屋な私の主人はずっと一人で放置していると更に不機嫌になってしまう。


屋敷に調理場は一つしかないため、料理の際はそこを一部お借りする。

他の料理人からの視線は冷たいが、もはや慣れたものである。手早くサンドイッチを作り早足で部屋へと戻った。




食事を終えて今は鏡台の前に座るアリア様の髪を梳かしている最中だ。

ふと前に視線を向けると、自分の碧色の瞳と目が合った。

闇を吸収したような自身の黒髪は嫌いではないが、毎日綺麗な黄金色の髪を見ていると少し羨ましくなってしまう。



「ねえ、どうして私を外に行かせたがるの?」


髪色について考えていると突然、アリア様からそう問い掛けられた。

ぼんやりしていたことがバレたかと一瞬慌てたが、そうではないようだ。


「何度も言っておりますが、部屋に篭もりきりでは健康に良くないからです。」

「その心配はいらないわ。これでも一応セレンディア家の血が流れているのだから、常人よりも身体は強いのよ。」

「…確かに魔力の質が高い方は身体も頑丈だと聞いた事がありますが、それでも外には出るべきです。自然には心を癒す力がありますから、息抜きのためにもお散歩などはいかがでしょうか?」


話の流れで提案してみるが、それ以降アリア様からの返事は無かった。

鏡越しに見る彼女の顔は暗く、何を考えているのか分からない。

魔法が使えないことで家族から見放され、先の見えない生活を送る彼女が抱えるものは、私には想像もできないほどのものだろう。

どこか歪で不気味なこの屋敷からは早く退散したいとは思うが、二歳も年下でありながら味方一人いない環境に身を置く彼女を置いていくのはなんとなく気が引ける。



結局私はこの日もアリア様を外へ連れ出すことが出来なかった。




夜、月明かりが照らす庭で私はとある人物と会話をしていた。

セレンディア家に仕える使用人のリリー・ハイデルである。

リリーは屋敷内では珍しくアリア様に反感を抱いていない人物であり、平民である私にも態度を変えずに接してくれる。

基本的にアリア様以外とは関わりを持たない私が屋敷の情報を得ることができる貴重な情報源である。


「ごめんね、リリー。疲れてるのに呼び出しちゃって。」

「気にしないでいいよ。またアリア様に関するお悩みかな?」


肩上で切り揃えられた栗色の髪を夜風に揺らしながらリリーは首を傾げる。

髪と同じ色をした瞳でこちらを見つめる彼女の背は私よりも拳一つ分ほど小さく、活発そうな雰囲気も相まって私と同い年には見えない。


「ご名答。アリア様が外に出たいと思うような情報があれば聞きたいの。」

「うーん、アリア様は元々あんまり部屋から出ないようなお方だったからなあ…。」


唸りながら考え込むリリーには毎度のことながら本当に申し訳ないと思う。

セレンディア家は侍女としての知識がない私にろくな教育もしないまま、専属侍女としての務めをスタートさせた。

そんな時、分からないことばかりで困っていた私を率先して助けてくれたのがリリーである。

だいぶ慣れてきた今でもこうして相談にのってくれる彼女は良き先輩であり良き友人だ。


「あ、そういえばアリア様は青空に浮かぶ雲が好きだって前に聞いた事があるかも。」

「雲…?しかも青空限定なの?」

「青い空にぷかぷか浮かぶ感じが好きなんじゃないかなあ。小さい子ってそういうの喜ぶでしょ?」


確かに私も幼い頃はやたら雲を眺めてぼけーっとしていた記憶がある。

15歳になったアリア様が今でも雲が好きかどうかは分からないが、試してみる価値はあるだろう。


「屋敷の裏にある森の奥に景色が一望できる場所があるから、誘うならそこがいいんじゃないかな。ただ、その先は崖になってるから気を付けないといけないけど。」

「分かった。次に晴れた日にはそこに誘ってみるよ。リリーに相談して本当に良かった、ありがとう。」

「私もアリア様には気分転換してもらいたいからね。セレナも頑張って!それじゃお休みなさい。」


リリーと別れて自室へと向かう道中、先程の会話を思い返してみる。

アリア様が雲が好きだったとは意外だ。

貴族のご令嬢はドレスや宝石などが好きなのだと思っていたが、あの方は私が思っている以上に純粋な人なのかもしれない。

とはいえ、現状引きこもりであるアリア様の環境を専属侍女として少しでも良くしていかなければ。



しかし、翌日から雲行きの怪しくなった空はしばらくの間、天候を回復してはくれないのであった。


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