頑張らないとですよ
一触即発の空気が流れる中、それまで黙っていたレイラが不意に口を開いた。
「ねえ、エレン。この二人逃がしちゃおうか。」
「───!?」
その発言に動揺した様子のエレンは私から視線を外してレイラを見つめた。
私もちらりとレイラを見やるが、その表情は真剣そのものだ。
「………レイラ、馬鹿な事を言うな。私達は国に忠誠を誓った騎士なのだぞ。ましてや、私は第二騎士団の副隊長の座に就く者だ。命令に背く行為はできない。」
レイラは苛立ったように話すエレンの前に立つと、その目をじっと見つめながら穏やかに話し始めた。
「エレンが迷っているのは第二騎士団の隊員達が近くにいるからでしょう?大丈夫よ。治療が終わった後は全員森から出るように言っておいたから、他の隊員にこの状況を見られることはないわ。……あなたは真面目過ぎるのよ。ほら、私と共犯者になりましょう?」
二人は見つめ合ったまましばらく沈黙が流れ、やがて観念したようにエレンは大きなため息をつくと構えていた剣を下ろした。
「…レイラには本当に敵わないな。副隊長が標的を見逃すなど前代未聞だ。」
「ふふっ、元々この命令には乗り気じゃなかったじゃない。ハーヴェンド侯爵まで公爵令嬢を探しているだなんて、きっとまともな事じゃないわよ。」
「……ああ、そうだな。」
………よく分からないが、助かった…のだろうか。
エレンはシルバーベアの近くまで歩いていくと、その胸を切り開き中から拳ほどの大きな石のようなものを取り出した。
かと思えば、大きく弧を描きながら投げられたそれを私は慌てて掴み取った。
「それは持っておくといい。魔石はどこの国でも売れるからな。……それから、これも持っていけ。私の予備の剣だ。その短剣では魔物と戦うのも骨が折れるだろう。」
雪の上を滑らせ渡されたそれは、王国騎士の専用剣ではないようだった。
これなら私が持っていても問題なさそうだ。
「…エレン卿、第二騎士団の方々がここにいるのは私達を捕まえるためなのでしょう?それを逃してしまってあなた達は大丈夫なの?」
心配そうに問いかけるアリア様に、レイラが優しく微笑みながら答える。
「私達の隊長はテキトーな人だから、きっとエレンがなんとかしてくれるわ。これ以上の手助けは出来ないけれど、二人とも頑張ってね。」
「……そうだな、こちらは私がなんとかしよう。君達は少しでも早く国から出た方がいい。…では、幸運を祈る。」
そう言い残して森の出口へと歩き出した二人の姿は、暗闇に紛れてあっという間に見えなくなった。
短時間で色々なことが起こり頭が混乱しそうだが、なんにせよ見逃してくれて本当に助かった。
「…アリア様、私達も行きましょうか。」
逃亡5日目、今日が一番疲れたような気がする。
闇の中ではぐれてしまわないように、私はアリア様の手をぎゅっと強く握った。