勝手過ぎますよ
「…あなたがセレンディア公爵令嬢ですね。私はグランデール王国の第二騎士団副隊長のエレン・ライヴィリーです。アリア嬢、セレンディア公爵からの命令により、あなたを保護します。」
剣を収めた女騎士──エレンがアリア様に言った。
目の前にはアリア様が私を庇うようにして立っている。
痛む体を無理やり動かそうとしていると、アリア様のやけに落ち着いた声が耳に届く。
「…セレナの傷を治して。そしたら大人しく着いていくわ。」
「っ!!あり、あ様ッ……!!だ、めですッ…!!」
その言葉を聞いて慌てて反論しようとするが、小さく掠れた私の声は2人には届かない。
「残酷な事を言いますが、その侍女はここで死んだ方が幸せだと思います。今や彼女は公爵令嬢を誘拐した犯罪者扱いです。生きて帰ったとしても惨い死に方をする事になるでしょう。」
「……それならセレナはここに置いていくわ。この子はとても逞しいから、生きてさえいればこの先も上手くやっていけるはずよ。だから早く彼女を治療してあげて。」
!!
なにを勝手なことを…!!
一人だけ生き延びたところで何を目的に生きればいいというのか…ッ!!
ふつふつと怒りが湧き上がり、ギリッと歯を噛み締める。
「…分かりました。治癒魔法を使える隊員を呼んできますので、ここから一歩も動かずに待機していてください。」
「ええ、分かったわ。」
そう言って森の中を歩き出そうとしたエレンは、ふいにその足を止めた。
「…………呼びに行く必要はないようです。」
エレンの見つめる先から歩いてきたのは、随分と身軽そうな鎧を着た一人の女隊員だった。
「エレンー、負傷者の治療は終わったわよ。こんな所でなにをしてる…の。」
ふわふわと長い茶色の髪を揺らしながら歩くその女隊員は、こちらの様子を見てその動きを止めた。
その視線は私とアリア様を行ったり来たりしていて忙しない。
「……なるほど。例の公爵令嬢とその侍女を見つけてしまったのね。」
哀れむような目でこちらを見る女隊員の言葉には答えず、エレンが私のそばに近寄る。
「レイラ、すまないが彼女にも治癒魔法をかけてやってくれないか。侍女の方は傷を治した後この場に置いていくことになった。」
「突然なにを……もう、後でちゃんと話聞かせてもらうからね。」
レイラと呼ばれた女隊員は小さくため息をついてから私の前に屈むと、私の顔を隠していたフードを上げた。
「……一番酷いのは内臓の損傷ね。ちょっとくすぐったいかもしれないけど我慢して。」
レイラは両手を前に伸ばして呪文の詠唱を始めた。
その様子をアリア様が心配そうに覗き込んでいて、大丈夫だと言葉の代わりに微笑む。
この傷が治ったら隙を見てアリア様を連れて逃げ出さなければ。
ふと、突き刺さるような視線が自分へ向けられていることに気付き、そちらに目をやる。
その視線の主、エレンは驚いたような顔を浮かべたまま呆然とこちらを凝視していた。
その反応の意味が分からず、ただ見られていることに対して少しだけ居心地が悪くなる。
「終わったわ。痛むところはない?」
「……問題なさそうです。ありがとうございます。」
立ち上がって体の調子を確かめていると、先ほどから呆然とこちらを見ていたエレンがその口を開いた。