初っ端から酷いですよ
念の為フードを深く被り直しアリア様の元へと駆け出そうとしたその瞬間、殺気を感じて咄嗟にその場から飛び退く。
先程まで立っていた場所には短剣が突き刺さっており、それを投擲したであろう人物へと目を向ける。
「……なるほど。今の動きを見るにシルバーベアを倒したのは君で間違いなさそうだな。」
王国騎士の鎧を纏うその女性は落ち着いた口調で私に話しかけてきた。
「すまないな。君達には戦闘能力は無いと聞いていたので少々目の前の光景が信じられなかったのだ。」
「………私達を連れ戻す気ですか?」
「あぁ、セレンディア公爵からのご依頼だ。君はアリア嬢の侍女だろう?なぜ一人でここにいる?」
短く整えられた黒髪を風に揺らしながらこちらに近付く女性は、茶色の瞳でまっすぐに前を見据えて静かに問い掛ける。
勲章を見るに彼女は騎士団の中でも階級の高い人物のようだ。
体が慣れていない今の状態では昔のように動くことはできない。打ち負かすのは難しいだろう。
どうやってこの状況を打破しようか考えていると、女騎士は私の数歩前で立ち止まった。
「……君達が逃亡した理由はよく分かる。私も見逃してやりたいとは思うが、こうして見つけてしまった以上それは出来ない。手荒な真似はしたくないんだ。大人しく着いてきてくれないか?」
苦しそうな表情を浮かべてこちらを見つめる女騎士に私はゆっくりと首を横に振った。
「それはできません。私達はあの屋敷へ戻るわけにはいかないのです。」
「………そうか、残念だ。」
女騎士が剣の柄に手をかけたのを見てすぐに短剣を引き抜いた。
「ッッ!!……くッ……!!!!!」
一瞬で距離を詰められ、振り下ろされた剣をギリギリのところで止める。
身体強化をしていても弾き飛ばせないほどの強い力に、押されないようにするだけで精一杯だ。
「……そうか、君は魔法が使えるのか。セレンディア家から寄越された情報は誤りばかりだったな。」
余裕そうな態度が癇に障る。
なんとか女騎士の剣を横に流して蹴りを放つが、後ろへ飛び退くことで簡単に躱されてしまった。
「私はこれでもグランデール王国第二騎士団の副隊長だ。君も勝てないと気付いているだろう?大人しくアリア嬢の元へと案内してくれないか?」
「私の答えは変わりません。私は死ぬまでアリア様をお守りします。」
「……手荒な真似はしたくないのだが仕方あるまい。少々痛いかもしれないが我慢してくれよ。」
瞬間、先程と同じく一瞬で距離が詰められ、大上段から振り下ろされる剣を受け止めようと咄嗟に短剣を構える。
「────セレナッッ!!!!!」
この場にいるはずのない人の声が耳に届き、一瞬意識が逸れたことで体勢が微妙に崩れる。
───しまったッ!!!!
そう思うと同時に全身に強い衝撃が走った。
私の体は背後に立っていた木まで弾き飛ばされ、背中を強く打ち付けた。
「かはッッ!!!!」
激しい痛みに苦痛の声とともに喉の奥から血液が溢れ出す。
そして、そのままずるずると地面に座り込んでしまった。
止まってしまった思考を懸命に動かそうとしていると、誰かが私のそばに駆け寄る気配がした。
「ああ…セレナッ!!!ごめんなさい!!私、あなたの帰りが遅いから何かあったんじゃないかと思って…ッ!!待っているように言われてたのに…!!」
ぼやけた視界でなんとか捉えたアリア様は、瞳からとめどなく涙を溢れさせ、くしゃくしゃな顔で私を見ていた。
………そんな顔は、させたくないのに。
鉛のように重く感じる腕をなんとか動かし、その頭をそっと撫でる。
大丈夫ですよ、と声をかけてやりたいのだが思うように声が出ない。
「ッッ!!!……セレナ、少しだけ待っていて!絶対にあなたを助けるから!」
アリア様は袖で乱暴に涙を拭うと、私の前に立ち女騎士と向かい合った。
───止めなければ。彼女を守らなければ。
だが、ぼろぼろになった体はどれだけ足掻いても立ち上がることすら出来なかった。