これはピンチですよ
「………まずいですね。」
「?どうしたの…?」
「食糧がもう無くなりそうなのです。」
逃走から4日が経過し、背嚢に詰めていた食糧は底をつきかけていた。
あまり多くを持ち出すことができず、かなり切り詰めた食事をしていたのだがそれも限界のようだ。
「今の季節は果実なども採れませんし、狩りをするしかありませんね。」
「狩りなんて私たちにできるの?」
「大丈夫です。狩りの経験はありますから獲物さえ見つけることができればなんとかなります。」
「野営にも慣れてる様子だったし、あなたって本当に何者なのよ…。」
なぜか呆れたような目で私を見るアリア様から顔を逸らし、目の前にそびえ立つ山を見上げた。
「この山を越えればモラディア領ですね。食糧になりそうな動物を探しながら進みましょう。」
「…このまま追っ手に見つかることなく行けるといいわね。」
アリア様は白い息を吐いて手を擦り合わせると、荷物の確認をしていた私の手を取った。
「セレナには苦労をかけるわね。私にも出来ることがあればいつでも言ってちょうだい。」
その時の真剣な眼差しでこちらを見つめるアリア様が、私にはとても逞しく見えた。
箱入り娘であった彼女にはこの生活は相当辛いだろう。
それなのに文句も言わず、弱音も吐かない彼女は本当に強い人だと思う。
「ありがとうございます。私にはそのお言葉だけで充分力になります。…ですが、なにかあればその時はお願いしますね。」
それを聞いたアリア様が嬉しそうに笑う。
公爵家には相応しくないと言われてきた彼女だが、その真は気高く美しく、もっとも貴族に相応しい方であろう。
小休憩もそこそこに再び雪の道を歩き出す。
今日中に山の麓まで辿り着ければいいのだが。
『グオォォオオオッッ!!!!!!』
夕焼けが雪を赤く照らし始めた頃、突如森の中に獣の咆哮が轟いた。
「ッッ!!セレナ!今のは一体なんなの!?」
「……これは…魔物の声、ですね。」
「魔物!?もうセレンディア領の討伐区域を抜けていたのね…!」
騎士団による魔物討伐は森の奥までは行っていないため、いずれは遭遇するとは思っていたがなにやら様子がおかしい。
ドゴォォオオオン!!!!!!
先ほどから聞こえてくるそれは、恐らく戦闘音だ。
魔物同士か、それとも相手は人間なのかは分からないが、危険な場所にアリア様を近付けることはできない。
「ここからそう遠くない場所で戦闘が起きているようです。相手は私達を追う騎士団の人間かもしれません。」
「そんな…!!魔物に襲われている人がいるのなら助けないと!!」
慌てて駆け出そうとしたアリア様の手を掴み引き止める。
……心優しいお方だとは思っていたが、自分を地獄へと連れ戻そうとする人間さえも助けようとするのか。
「……分かりました。私が様子を見てきますので、アリア様はここで待っていてください。」
「!?危険な場所にセレナだけを行かせるなんてできないわ!」
「大丈夫です。状況を確認したらすぐに戻ってきますから、アリア様はここにいてください。」
これだけは絶対に譲れない。
じっと目を合わせていると、アリア様の視線は諦めたように横へ逸らされた。
「…いいわ。様子を見るだけだからね?すぐに戻ってくるのよ?」
心配そうにチラチラとこちらを見るアリア様の頭を撫で、フードを深く被った。
「もちろんです。アリア様もなにかあればすぐに私を呼んでください。必ず駆けつけますから。」
そう言い残し、未だ激しい音を響かせている場所へと走り出す。
フードで顔を隠しているとはいえ、私が逃亡者だということはすぐにバレるだろう。
向かう先に騎士団の人間がいないことを願いながら走っていると、思っていたよりも早く音の発生源へと到着した。