森の奥は危険ですよ
外に降り積もった雪が太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
どうやら無事に朝を迎えることができたようだ。
ちょうどよく洞穴を発見できたのは本当に運が良かった。
岩壁にもたれて座りながら外を眺めていると、もぞもぞと私の腕の中で眠っていたアリア様が目を覚ました。
「ん……、セレナ…?」
「アリア様、おはようございます。」
狭い洞穴の中にまで朝日が差し込み、アリア様が眩しそうに目を擦る。
「もう起きてたの…?一晩中私を抱えて走り続けたのだから疲れているでしょう…?」
「かなり遠くまで来ましたが油断はできませんからね。それよりも体調は大丈夫ですか?」
洞穴の中にいるとはいえ、雪の積もる野外にいるのだ。
厚着しているとはいっても凍えそうなほどに寒い。
「抱き締めてもらっていたから平気よ。セレナは体温が高いのね。」
「……そうですか。それは良かったです。」
少しでも寒さを和らげるために密着して眠っていたが、改めて今の状況を考えるとかなり恥ずかしい。
ただでさえ寒くて赤い頬がさらにその色を濃くしたのを感じる。
「ねえ、これから先はどうするの?国外に出るのならモラディア領の森を抜けてラズティア王国に入るのが一番手っ取り早いかしら。」
確かにセレンディア領とモラディア領を繋ぐ森を通っていくことができれば、人目につかずラズティア王国に入ることができる。
どこに追っ手がいるか分からない以上、グランデール王国の街に入るのは危険だ。それしか道はないだろう。
「そうですね。かなり厳しい旅路にはなりますが、ひとまずの目的地はラズティア王国です。森の中といえども追っ手がいるかもしれませんから、注意して進みましょう。」
「分かったわ。…それよりも、セレナが魔法を使える理由をまだ聞いていないのだけれど。」
ずいっと顔を寄せて問い詰められる。…近い。
そういえば昨日は答えずはぐらかしたままだった。
「…えっとですね、確かに私はちゃんとした教育は受けていませんが、近所に教えてくれる人がいたんです…。」
偶然近くに魔法を使える人が住んでいて、その人から学んだなど自分でも苦しい言い訳だとは思う。
アリア様の疑うような視線に思わずサッと目を逸らしてしまった。
「……まぁいいわ。言いたくないのなら無理に聞き出したりはしないから、そんなに怯えないでちょうだい。」
「…ありがとうございます。」
このまま隠し続けようとは思っていないが、今はどうにも勇気が出なくて話せない。
ポスッと再び私に背中を預けたアリア様が、洞穴の外を眺める。
「でも、あなたが魔法を使えると知って安心したわ。魔力があるだけの私ではこの森で生き残ることはできないもの。」
森には動物だけでなく魔物も生息している。
戦う術のない者がそこで生き続けるのは難しいだろう。
「アリア様に頼ってもらえたのです。なにがあっても私がお守りしますよ。」
「ふふっ、これでは侍女というよりも騎士ね。」
穏やかな空気が流れ、一瞬逃亡中だということを忘れてしまいそうになった。
この方の雪をも溶かすような温かい笑顔を見ることができるのならば、この先どんな困難が待ち受けていようと乗り越えられる気がした。