引きこもりは良くないですよ
コンコン、コンコン
「アリア様、中へ入ってもよろしいでしょうか?」
軽くノックしてから扉に向こう側へと声を掛ける。
既に部屋の主は目覚めているはずなのだが、いつも通り反応は無い。
「失礼致します。」
扉を開け部屋の中へ足を踏み入れると、目の前に広がるのはカーテンが締め切られた真っ暗な空間だった。
いつも通りの光景にため息をつき、もぞもぞと動く不自然に盛り上がった布団に向けて声を掛けた。
「アリア様、起床したらまず陽の光を浴びるようにして下さいと何度も言っているでしょう。暗闇ばかりにいると身体が弱くなってしまいます。」
布団の隙間からこちらを睨みつけている彼女こそが、セレンディア公爵家のご令嬢であるアリア・セレンディア様だとは誰も思わないだろう。
透き通るような黄金色の髪は緩やかなウェーブを描き、エメラルドグリーンに輝く瞳を持ったその美少女は見ての通り引きこもりである。
彼女の専属侍女である私、セレナ・レーゼがこのお屋敷で働き始めたのは三ヶ月ほど前からだ。
平民であるはずの私が公爵令嬢の専属侍女などという役職に就いているのは、本来であれば有り得ない事である。
だが、アリア様だけは特別なのだ。悪い意味で。
彼女はセレンディア家の一族であるのに魔法が使えない。
いや、正確には魔力はあるが魔法を発動することができない。
それは歴史に名を残すほどの魔法騎士を数多く生み出してきたセレンディア家においては致命的な欠陥で、彼女の存在は公爵家の汚点となった。
三ヶ月前の15歳の誕生日を区切りに彼女は家族から完全に見放され、僅かながら与えられていた数人の世話係はすべていなくなり、部屋は屋敷の端っこの空き部屋へと移された。
そして、家族だけでなく屋敷に仕える者からも疎まれた彼女が最後に与えられたものこそが、たった一人の専属侍女、要するに私である。
とはいえ孤児院で過ごしていた私になぜ白羽の矢がたったのかというと、それは私が魔力持ちだったからだろう。
魔力の有無は血筋が大きく影響しているため、ほとんどが魔力を持たない平民から魔力持ちが産まれるのはごく稀だ。
魔法を重要視するセレンディア家では、見放した娘に与える侍女であっても魔力持ちという条件は外せなかったのだと思う。
そうして孤児院暮らしから一転、公爵家のお屋敷に仕えることになった私は、三ヶ月目にして既に心が折れかけていた。
理由は簡単だ。
このお屋敷は居心地が悪すぎる。
アリア様に仕える者は一人しかいないため、料理や洗濯なども私がやらねばならないのだが、その度に周りの使用人からの視線が痛すぎる。
公爵家に仕える者はある程度の身分を持つ者が多いため、平民である私にそういった視線が向けられるのは分かるが、仮にも公爵令嬢の専属侍女なのだ。
どれだけ屋敷内でのアリア様の立場が弱いのかが窺える。
これだけでもかなりの心労が溜まるというのに、極めつけは未だ布団から出てこないこのお方、アリア様である。
引きこもりを極めた彼女は一向に部屋から出ようとしない。
このような生活を続けていれば身体は弱っていく一方だろう。
なんとか外へ連れ出そうと試行錯誤すること三ヶ月、今日こそは成功させたいところである。
そう意気込みながらカーテンを開いて窓からの眩しい朝日を全身に浴びた。