ワンちゃん
「っていうか、どこに行けばいいんだろう」
太郎はひたすら歩きます。
「よくあるパターンだと、ぼくが勇者で、だれかと組んで魔王を倒しに行くとか、家来を連れてドラゴンをやっつけに行くとか、何だかやたらリスキーな闘いにおもむく、ってのが多い気がするんだけど……とりあえず普通に暮らしたいな、小市民だからね、ぼくは。どこか小さなアパート借りて、バイトで食いつないで、そんで」
太郎はそんなちまちましたもの思いにふけりながら歩いておりました。
下り坂にさしかかった時です。
太郎は、前方からだれかやって来ているのに気づきました。
それは、身のたけ二メートル以上、プラチナブロンドのみじかい髪を四方につんつんと立て、黒いサングラスをかけた、こわそうな大男でした。ぜんしん、黒づくめです。
黒いロングコートが風にはためき、黒いワークブーツで上り坂などものともせず、大またに、こちらに向かってきます。
よけるにはもう間がありません。
「んっ」
太郎は思わず力みました。すると、
しゃららららん、しゃららららん
かろやかな音がひびきわたり、しりからももがどんどん生まれていきました。
ももは緩めのカーゴパンツの内部をつたわって、すそから地面へと落ちていって、次から次へと男のほうにころがっていきます。
男のくつのつま先に、ももが当たって止まりました。男は立ち止まり、目の前のももを拾い上げました。
太郎が息をつめて見守っていると、男はももをコートのそででかるくふいてから大きな口でかぶりつきました。しばらくは、ももにむちゅうになっているようです。
急に男が顔を上げて、さけびました。
「うんめえ!」
ものすごいいきおいで、坂をかけ上がって太郎のところにやってきてこうたずねました。
「オメエか? 今、ももを落としたのは」
こわくて声も出なかったのですが、太郎はうんうんと小きざみにうなずきました。
男はさらにたずねます。
「このもも、どこで手に入れた?」
「ぼくが……うみました」言い終わらないうちに男が大声でさえぎりました。
「ああん? 生んだ? マ、ヂ、かよ」
「まじです」太郎は、んっ、とまた力をいれてふんばりました。すると
しゃらららん
またもや、ももが生まれてきました。
男はぽかんと口をあけたまま、そのようすを見ていましたが、太郎がももをひろって自分に手わたすと、しげしげと見つめてから、また、そででかるくふいて、がぶりとかみつきました。
「やっぱ、うんめえ!」
大男が言いました。ちょうどメッチャ、のどがかわいていたところに、ももがころがってきて、つい、かぶりついてしまった、と。
それから大男は、太郎についていくことにきめました。
自分からもぎ取る者ではなく、ただあたえてくれる者に出あったのが、生まれてから初めてだったのだそうです。
男の名まえは、イヌカイ、といいました。めんどうなので、太郎は『ワンチャン』とよぶことにきめました。