第八話 入学式放課後~ハンデ試合は爺さんの仕業か?~(桃野宏文)
あとがきに茶番があります(笑
テニスのスコアに投稿当初書き間違いがありましたー!現在は訂正済みです!
それは、俺達が午後の練習を開始して程無くの事だった。
「友達から電話来たんだけどよ。テニスコートで試合をやってるらしいぞ」
「は? 試合とか別に普通じゃん」
皆でキャッチボールをしていた時の事である。上級生の二人が突如そんな話をし始めたのだ。
「いや、それがさ。校長が立ち合いの試合らしいんだよ!」
その一言である。その一言で上級生が皆、キャッチボールを行き成り辞め始めたのである。
「校長が居んのか! 行くしかねーな!」
「キャプテン! 見に行っていいっすか!?」
新入生は皆上級生のその反応にぽかんとしている。俺だってそうだ。
流石にキャプテンは認めないだろう。そう思っていると。
「仕方がない。見に行きたい奴は見に行って来て良いぞ。その代わり終わったら直ぐ戻って練習再開だからな。そのままサボって帰るなよー」
「「「「イエッサー!」」」」
うわ、何か上級生だけ一致団結して同じ返事をするこの光景。無駄に訓練されてる。
大して強くも無いこの野球部が、無駄な所だけは訓練されてるこの光景を見て。俺はより一層不安を抱くのだった。
*********
「凄いギャラリーだな…」
「うん、きっと校長先生が居るからなのかな?」
基本的に上級生は休日なのだが、明らかに部活で来た連中以外の生徒も集まっている。なぜならその連中は、制服登校が必須なこの高校にも拘わらず、私服で集まっているからだ。
まぁそんなものだから、俺を含めて殆どの硬式野球部の連中が練習をサボって見に来ている事も大した問題にはならなそうで安心ではあるのだが。
それにしても、あの爺さんが立ち合いすると言うだけでこれだけの人数が集まるとか。爺さん、この学校で色々とやらかしてる臭いな。そうでもないとこんなイベントみたいな集まり方普通はしないだろ。
俺がそんな事を考えていると、ふと肩にポンと手が置かれる。正史の手だ。
「それにしても塩沢さん、今日は不調なのかな。それとも望が健闘しているのかな。随分接戦って感じがするんだけど、なんでだろうね」
ここに到着した途端、正史は試合中の二人をずっと観察していたようで。少し考えた後、二人の印象をそう話すのだ。
野球の情報しか耳に入れようとしない俺でも、日本の女子テニスと言えば塩沢というぐらい強いというのは知っているのだが…。
「んー…正史、悪いんだが。ちょっと塩沢の直近の試合の結果とスコアを調べてくれねーか?」
「えっ? まぁ良いけど…」
俺は、他のスポーツで参考になる動きを見つけては、参考にする時が時々ある。
その関係で、何度か塩沢のプレーヤーとしての動きを動画で見た事があるのだが。
よく観察してみると、動きが何か可笑しい。
本来するべき事をしていない。ここぞという時に選ぶショットが不自然。体重移動がおぼつかない。
思った事を羅列すれば大体そんな感じ。
「調べ終わったよ。えっと、直近の大会は3月2日に開催された、BNPパリバ・オープン女子。カテコリーがプレミアマンダトリーの大きな大会だよ」
「プレミア漫談? なんだそりゃ」
大体こうやってボケておけば正史の事だ。
「プレミアマンダトリー! 有名な4大大会のカテゴリーがグランドスラムっていうでしょ? あれの一つ下のカデゴリーの事! トップ選手は出場義務がある数少ない由緒ある大会だよ! しかも塩沢さん、WCで出場してる! 凄いよね、普通WCって主催者側とゆかりのある選手しか入れないのにさ!」
「わ、わかったから。ちょっと落ち着け」
やたらと情報を喋ってくれる。扱いが簡単で良い。
「で、準決勝の対戦相手がランク32位の選手でスコアは6-1、6-3。決勝の対戦相手がランク8位の選手で、スコアは6-3、4-6、7-6(17-15)。最後はタイブレークで1時間かかっての勝利、そして優勝。それで現在のランキングが21位に急浮上!」
「てことは、立ち上がりがそもそも悪いとかって訳じゃねーんだな」
「そうだね。寧ろ相当強い方だと僕は思うよ」
「じゃああのスコアボードは?」
そう、そこにあるスコアボードには。
塩沢と白水のスコアがそれぞれ。4-6で第1セットは白水の勝ち。そして現在3-3となっていて、現在第7ゲームを争っているのだ。
「どうみても白水って、世界のトップレベルの選手って訳じゃないよな」
「そりゃ確かに強いけど。あくまでアマチュアの範囲でって話かな~。世界ランキングで例えるなら…どれだけ強くても1000位とかって感じだと思うよ」
その時だ。俺達の話を聞いて居たのだろう。すぐ横でフェンスに寄っ掛かりながら喋り出す女子の集団が居たのだった。
「どうせあの校長が、塩沢さんに大きなハンデ与えてるんでしょ。うちらが見る限り、左右の腕交互に使ってラケットを使っているのを確認してるから…。塩沢さんがちょっと可哀相よ。入部してくれるって言うから騒いでた矢先なのに…」
どうやら上級生の硬式テニス部の連中らしい。
「いや、恐らくもう一つあると思うよ? 利き腕で打つ時の対処の仕方、良く見てみて?」
その時だ、正史が追加でそんな事を言い出すのだ。
「「「え?」」」
流石にこれには俺も驚いた。
野球で言えば、ただでさえ一球一球打席を変えて打撃をする状態で、更にハンデを背負っている事になるのだから。
「そういや塩沢って、自己紹介の時に”スチール缶を潰しまーす”とか喋って右手で潰してたよな。て事は、利き腕って右腕か」
「そういや、そんな事をさっきしてたよね…あはは」
まぁ、そのせいで俺を含めてクラスの男子全員が、塩沢の事をゴリラ女って認識した訳だが。当の本人はそんな事全く気にしてないらしい。
っと、今はそんな事どうでも良い。塩沢のプレーを暫く観察してみるとするか。
*********
それから10分少々時間が過ぎた頃、漸く第2セットが終わる。
第2セットは塩沢が6-4で取り返し、セットカウントはこれで1-1。
次が最終セットとなる。
その時だ。俺は見ていたプレーを思い返して、漸くある事に気が付いた。
回り込まなくても普通に打てるのに、塩沢はわざわざ回り込んで打球を返している事に。
「…あー、もしかして。これって、あれか。なんつうか、こういう動作が一度もない」
あのショット名忘れた。なんつったっけ、右腕を使う時だけ殴りで言う裏拳でやるみたいなショットが一つもない。
ショット名が良く分からないので、俺は動作で取り敢えず示す。どうやら正史は、直ぐ分かってくれたようだ。
にしてもこの動作、運動会とかで応援団長が演説する時の動作みたいだな。
「正解。テニスではお馴染みのバックハンドショットだね。というか右腕の時はバックハンドの動作そのものを、僕達が来てからは一切使っていない。左腕の時も実はそうなんだけど」
これで俺達が分かったのは、二つのハンデを塩沢が背負っているだろうという事。左右交互の腕にいちいちラケットを持ち替えながらショットを打っている事、そして利き腕とは反対側に来た時に打つバックハンド系の動作を全て封じている事。
でも待ってくれ。もう一つ足りないというか何か変なんだよなー。まぁ良いか。
「特待生で来てる白水さんって、昔からミスが非常に少ないのが持ち味なのよ。だから、それだけハンデを背負った塩沢さんなら、白水さんとの勝負って相当キツいと思うんだけどねぇ」
「それだけ塩沢さんの方が強いって事なんでしょ? あはは…」
状況的に見て、普通であれば苦しいのは圧倒的に塩沢の筈なんだが。面白い事に、時間が経てば経つ程塩沢の顔色は赤みが増し、一方で白水の方は顔色が青ざめていく。
二人のその対照的な顔色だけで、既に俺から見れば勝負は付いているのが明白だった。
「さてと、勝負はもう付いたし。俺はさっさと練習に戻るからな」
「え? 宏文はこの試合、最後まで見ていかないの?」
「見るまでも無い。今言ったろ、勝負はもう付いたって」
俺にはこの時、既に予感がしていた。
こいつとは近い内に、何らかの手段で戦う事になるだろうという事を。
段松校長にお聞きします。
Q.なぜ塩沢さんにハンデを複数お付けになったのですか?
A.左右の腕で交互に打つぐらいなら対したハンデにならんじゃろ? だからテニスのショットを封じて…フガフガ!!!
Q.実際問題15勝出来ると思っています?
A.ゴホゴホッ…。儂を首を絞めるとか…お主、後で覚えておれよ? 先ず、儂も学生の頃に校長から同じような事を言われて、実際に塩沢君と同じようにやったことがあるのじゃ。その時の経験から言うとじゃな…。きっと8勝ぐらいじゃ!
Q.ちなみに、貴方がした時、本当は何勝しました?
A.むぅ……きゅ、9勝じゃ!!!
Q.本当ですか?
A.……ほ、本当じゃ!!!!儂は嘘はつかん!!!!
Q.ここに当時の様子を映像で編集されたビデオテープが当時生徒会長だったSさんからいただいておりますが?
A.じ、実は、6勝しかしておらんのじゃ…。
Q.それじゃあその映像今ここで流しま
A.ぎえええええええええええええ!!! 2勝しかしておらんのじゃ! すまぬ!
Q.わたしく実は既にビデオテープの中身を全てチェックしておられるのですが。貴方は当時先に1勝したあ
A.わ、わかった! 全部話すから! そうじゃよ。先に1勝した後連敗も連敗続きでのう。校長が「お前に頼んだ私の見込み違いだった」と散々罵られて儂は途中棄権したのじゃ。結果は1勝8敗で棄権したから正確には1勝14敗じゃのう…。
Q.だから定年時に部活動を盛り上げるだけ盛り上げて同級生に馬鹿にされない様頑張っているのですね?
A.そ、そうじゃよ…。グスン…。
Q.ちなみに、お手紙を一通頂いております。同級生で当時親友だったダイスケさんからです。「おう、断末魔。お前、あの当時散々周りに俺は凄いんだぞって威張り散らしてたのに。あの一件以来見る影も無かったが、まだちゃんと生きてたんだな。俺はてっきりあの後、外国に逃亡して傭兵にでもなってそのまま一生を終えると思ってたぜ。それが今や校長か、人生って本当に分からないものだな。あ、今度もしかしたら母校に行くかもしれねえから。つい口が滑って過去の話をお前の職場の連中にうっかり喋っちまった時はすまんな!それじゃあ断末魔校長!元気で頑張れよ!」
A.うぼあああああああああああああ!!!!!!!!!
Q.慰めた方が宜しいですか?
A.もう儂に構わんでくれい…。