第六話 入学式当日朝①~出来ればもう少し寝たかったかも~(塩沢優理)
話がちょっと長いので2~3回に区切る事にしました。
その時私は、眠りについていた。
「すー…ん…んう…」
日課のトレーニングが次の日まで及び、やっと睡眠にありつけてから約4時間後。
朝5時前の事だった。
「…ん…な、なんなのよー朝早くから…ねみゅぃ…」
私の顔の横に置いてあるスマホから、着信音が聞こえて来たのである。
私が普段設定している、用事がある時にあまり出たくない人向けにだけ設定している着信音だ。
「ふぇ…校長先生? …出にゃいと」
スマホの画面を見ると校長先生と表記がされている。
こんな朝早くからの電話なんてどう考えても非常識だ。
正直な所、通話に出ないで知らんぷりして寝ても良かったのだけど。
「テニスの試合中か緊急時以外は必ず儂の電話に出るのじゃ!」
推薦面接の時に、自分の携帯番号を教えて来てはそんな事を言っていた。
私にとっての睡眠って、割と緊急時なんだけど…。
取り敢えず出なければという結論に至った私は、まどろみたいのを堪えながら、鳴りやまない着信音を不快に感じながらも、通話ボタンを押してスマホを耳元に当てるのだった。
”グッモーニン優理君”
直前まで寝ていた私の事など、お構いなしのとても大きな声。朝からあなたの声なんて別に聞きたくないです。下の名前で呼ぶのは辞めて下さい。
「あのー…今5時なんですけど…ふあぁ」
なんて私は言えず、素直に迷惑だという事を悟らせる様に、さり気無く眠さをアピール。
”そんな事儂には関係ないわい。早起きは良いぞい、人間早寝早起きが一番じゃ。あっ、今から一時間後の6時に、6時に! 校長室に来る様に。じゃあの! プツッ ツーツーツー”
このお爺さん、私が今まで出会った人の中でダントツに変な人。今からでも転入先を考えようかしら…。
”心の声が聞こえとるぞ”
「ぎゃー!」
私は通話が切れたと思っていた所に聞こえたその声に、思わず驚きながら今度こそ通話を切ったのだった。
流石に次寝ると起きれないと思った私は、勢いを付けてベッドから起き上がり、寝癖を直しにパジャマ姿のまま洗面所に行く事にした。
「あれ? お母さんって今日仕事なの?」
するとそこには、既に仕事用のツナギを来たお母さんが居た。
今日は私の入学式なので、有休を使って休んでくれた筈なのだから、どうにも不思議だった。
「本当は休みなんだけど、早出の人がなんかトラブっちゃって、さっきどうしてもって連絡来たから少しだけ出勤するの。入学式にはちゃんと出席するから気にしなくて良いわよ? それより優理はもう起きるの? 随分早いわねぇ」
社会人って大変なんだなぁとつくづく思ったけど、高校生という身分の私も一応は社会人だった。
「うん…。なんか今、校長先生に6時に校長室に来いって行き成り電話が…」
「あー…段松先生ねぇ…。うん、頑張って!」
校長先生の事を話した途端、お母さんは関わりたくないのか簡単にあしらわれた。
うちの校長の元教え子だからなのか、そのあしらわれ方一つで、昔あの校長に無茶振りされて巻き込まれた事があるんだなぁと、察するには余りにも十分な素振りが感じられた。
「6時ってあまり時間が無いわねぇ、ちょっと早くなるけどお母さんが車で送ってあげようか?」
「大丈夫…。軽く運動がてらジョギングしながら行くから。それより、仕事行く前に何か食べる物だけでも用意して欲しい…」
元々軽くジョギングしながら早めに登校するつもりだったし、登校が早まった事に関しては別に良いのだけれど。私は料理があまり得意じゃないから、せめてそれだけは用意をして欲しかった。
「はいはい。それじゃあ卵焼いてお野菜何か切るわね」
そう言うとお母さんは、さっと台所に向かい冷蔵庫を開けては、少し考えた後直ぐに朝食の準備をしてくれる。
私がテニスで遠征に行く時も、大抵お弁当を作って渡してれるお母さんは、私を産んで少ししてから栄養士の資格を取ったらしく。
「人間は健康が一番。病気の一番の予防は日々の食生活」
そんな事を普段から思っているらしい。
ここ数年、プロに転向してからは更に泊りがけでテニスの遠征に行く事も増えたせいか、外食がどうしても増える。
その為、どうにも娘の栄養状態が最近の心配事の一つであるらしく。市販で売っている野菜ジュースよりも、遥かに栄養価が高く美味しい飲み物を作って持たせてくれたりと、私の体をとても心配してくれている。
自分の仕事でいつも忙しい筈なのに、本当にご苦労様ですと言いたくなります。感謝感謝。
「そういえば。ちょっと前までは、自宅でツナギを着たまま出勤する事って無かったよね? どうしてなの?」
そんな時、折角なのでふと前から疑問に思っていた事を、お母さんに聞いてみる事にした。
「あれ~? 言ってなかった? うちの事業所、先日から女子更衣室無くなったのよ」
「え? なんで…」
私はとても驚いた。昨今の女性の社会進出の事情なんて私にはさっぱりだけど。完全に男性だけしか居ない職場でも無かったはずなのだ。
「うちの事業所がちょっと狭くてね。外に晒して置けない部品とか機材とか結構あるんだけど、室内に置き場が全く無いの。で、丁度良いタイミングで女性の整備士が私だけになっちゃって、私一人であの大きな更衣室使い続けるのは悪いからって、新しいプレハブが出来るまでは一時的に女子更衣室を資材置き場にして更衣室を無くして貰ったのよ」
私は取り敢えずセクハラとか、そう言う事になっていないのだけは分かったので、ほっと胸を撫で下ろした。
仕事場からうちはとても近いので、先方もそれで渋々納得したのでしょう。
うちのお母さん。見た目とは裏腹に、行動力は凄く男っぽい所があるし、物事をごり押すのは得意中の得意って前に自慢してた。
「なーに? 朝からぼーっと考え事なんて子供らしくない…。子供は自分のしたい事だけ考えてなさい。朝から悩むのは大人の仕事よ?」
そう言いながら、軽く焦げ目のついたスクランブルエッグと細かく刻まれた千切りキャベツの横にハムとミニトマトをお皿に乗せたものを、私が待つテーブルに置くと。少ししてお茶碗にご飯をよそっては私に手渡して来た。
「毎回思うんだけど。お母さんって、良く私の食べたいものいつも分かるよね。私一言もこれが食べたいって言わないのに」
本日のスクランブルエッグを一口食べると、食べたい方の甘い味付けで、私は思わず声を漏らした。
何も今回に限った事ではない、お味噌汁は当たり前として出る物出る物の味付けが、食べる前にこうだったらいいなーって思う味が毎回そのまま出て来るのだ。気分によって、薄味濃い目の味。同じものでも私は結構食べたいものが変わる。
実際問題、凄い事だと思う。どれだけ気心が知れた間柄であっても、何でもかんでも相手の欲しい物を希望を聞かずに当てるというのは、明らかに無理があるからだ。
「そんなもの、あなたの顔に書いてあるじゃない」
でもうちのお母さんは、その一言ですんなりと片付ける。
お母さんはそれを私だけに限らず、お父さんは元より、赤の他人が相手でさえも平気でやってのけるのだ。
相手の顔を見て相手の欲しい物が何となく分かると言う私の能力は、きっと母親譲りなのだろう。
私はこの時、改めて思うのだった。
その朝食って私のこの前の朝食…(どうでも良い
ちなみに、優理のお母さんは自動車整備士の仕事をしています。
※文章的な表現の補足(一応念の為)
文章中の「だけど」と「だけれど」をどっちで書こうか一時期迷っていた時期があります。
しかし翌々考えれば、今回の物語に限っては自分視点の話で自分の考えを述べているだけの文章なので。本来は「だけれど」の方が丁寧な言葉となるので、小説的にもそちらの方が正しい様な感じがしますが、敢えて「だけど」と言う様な書き方にする事にしました。