第五話 入学式後~宏文とは腐れ縁です~(星村正史)
それは、入学式後のLHRが終わり、下校する新入生が出始めた時の事だった。
「なぁ正史。あそこに行かね~?」
窓の外で練習している上級生の野球部員達を指差しながら、宏文が僕に話し掛けて来る。
「窓から見えるあの練習って硬式の方なの?」
「あぁ、ボールの縫い目がちゃんとあるからな」
「縫い目!? …うーん、僕には全く見えないんだけど」
因みにここは三階で、グラウンドは校舎の直ぐ傍。
かと言って練習している野球選手達とは、直線距離にして何十メートルも離れている。
それにしても宏文は、本当に目が良い。そう言えば先月、ポケットにスマホを入れ忘れたまま、公園にある野球場で練習をしていたら。
「正史、お前何でポケットにスマホ入れてるんだよ。投球中に鳴ったら気が散るからさっさと置いて来い」
なんてマウンドから大声で叫ばれたっけ。僕がしゃがみこんだ時の、不自然なポケットの膨らみ具合から判断したって言ってた。
うーん、確かに目を凝らせば僅かにボールの縫い目の色が…? いや、こんなボールを凝視するなんて労力は、女の子のスカートの中にでも使いたいんだけど正直。
「ところで貴方達。このまま野球をしに行くんでしょ? お母さん達このまま用事はなさそうだから帰るわね」
その時、僕の肩を叩きながら声を掛けたのは母さんだった。
まぁ僕らで勝手に話し込んでいるのだからその言い分は当然かも。
「あー、そうしてくれて良いよ。帰宅するのは何時になるんだろ…。帰宅する時に電話するかも。それじゃあ行こうか宏文!」
「ああ!」
こうして僕達は、教室に置いていた野球道具を取りに教室へ向かい、そのままグラウンドに向かうのだった。
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「相変わらず仲が良いわねぇ、うちの宏文とお宅の正史君って」
その時、一人だけ会話に入れず、無視された様な悲しさを覚えた宏文の母さんはそう声を漏らした。
「そうねぇ。野球をしている時は勿論一緒。野球以外も家族と居る時以外は殆ど一緒なのよね。これでどっちか片方女の子だったら後々の心配もしないのにね」
「「はー…」」
僕達が居ない所で母さん達は、僕達の仲がやたらと良いのを良く心配してはいつも溜息をついていたらしい。
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「それにしても広いなー。なぁ正史、ここって何坪ぐらいあるんだろう」
「うーん…2万坪ぐらい? ってか何で坪で数えるの…」
グラウンドに広がっているのは、校舎が高台にあるとはとても思えない。広大な運動場だった。
校舎側からみて左側の手前は野球場と隣接されている大きな室内練習場、そして奥側にはソフトボール場。中央には、400mリレーが出来るトラックがあり、その中央部分には走り棒高跳びが出来るであろう設備も見える。校舎側から見て右側には、恐らく砲丸投げやハンマー投げの出来るスペースだろう。更に校舎を挟んで反対側には、確かテニスコートが二面程あった筈。
仮にスポーツが盛んな高校のグラウンドってここが紹介されたとしても、普通に納得出来るレベルの設備だ。
「なぁ宏文。お前のお爺さんって、今のこの現状をみて何とも思わないのかな」
正直これだけの設備を見たら、流石の僕でも運動部をもっと盛んにさせたいって気がしてくるぐらいなのに、大のお祭り好きのあの爺さんだ。あの爺さんがそんな事を思わない筈がない。
ましてや、この学校にはソフトボール部も、ハンマー投げ選手や砲丸投げ選手も居る等聞いたことが無い。それなのに、今すぐにでも使える様に丁寧に清掃された直後の様に設備が綺麗だ。
「いやー、何となくだけど…。爺さんが入学式前に各部の部長を呼び出した本当の理由。それが分かったかもしれん」
その時ふと、宏文がその様な声を漏らすのだが。僕にはこの運動場の様子と、呼び出しに一体何の関係があるのだろうか、一向に繋がりが見えなかった。
「そういや、担任の先生が来る前にあのお爺さん、放送でやたらと人呼び出してたよね。流石に僕もあれは不思議に思った」
宏文が珍しく眉間に皺を寄せてまで、携帯で早打ちをしながらメモを取っていたのもあるのだが。
そもそも今日は入学式だ。在校生はそもそも休日なのだから、運動をするのには丁度良いこの環境で、運動部の生徒なら時間的にここで練習なりしていても良い筈なのだが、今ここの運動場で運動をしているのは硬式野球部ただ一つだけなのだ。
入学式の朝早くから、各部の部長だけを呼び出したにも拘わらず、他の運動部がここまで居ないのも不自然ではある。
「そうと決まれば、さっさと練習に混ざろうぜ。早い所自分の立ち位置を確保したい」
宏文はそう言い終わると、考え事をしていた僕の事など丸で気にせず、さっさと野球場へと走って行く。
「え? 立ち位置って何だよー! おい、宏文ー!」
対して僕は、宏文のその不可解な言動の意味を理解出来ずに、あたふたしながら宏文の後を追って練習場へと足を運ぶのだった。