第三話 入学式前(過去)~久々の担任なんだが、どうやらハードルが高そうだ~(須藤晃)
それは、私が校長に呼び出された昨秋の出来事だった。
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「失礼します」
私は今一度スーツの襟元を整え、ドアノブに右手を掛けた。
「眩しい…」
ドアを開けると隙間から日の光が差し込み、私の視界を遮る。
「漸く来たか須藤君」
野太い声で部屋の奥から私に語り掛けるその声の主は、私にとって恩師である学校長の段松先生だった。
もうすぐ還暦に差し掛かろうというのに、背筋を丸めた姿をこれまで只の一度も見た事がない。
貫禄とはこういうものだと体現しているに等しい為か、私も歳を取るならこう取りたいものだといつも思わせてくれる。
ただし、あくまで見た目だけの話ではあるのだが…。
「まぁそこに座りなさい」
「はい」
段松先生に座らされるよう右手で促され、私は入口とは反対側の奥側の席を選び腰を掛けた。
「ほう、須藤君。良く上座が入り口側だと分かったのう」
「これぐらい常識ですよ」
普通は入り口側が下座となり、必然と入り口側から遠い方が上座という認識が多い。
しかし、ここの様な校長室兼応接室かつ、部屋の奥の方に校長の机がある場合は全く別だ。この場合、入口に近い方が上座になる。
「うちの教頭も少しは見習って欲しいわい。彼奴、平気で上座に座りおるからのう。ふぉっふぉっふぉっ」
「校長、世間話は程々に。ご用件を伺います」
段松先生は話が逸れ出すと此方が止めない限りなかなか終わらない。私が先生の生徒だった時代に散々振り回された記憶がある。
「ふむ、それじゃあ先ず伺おうかのう。須藤君、君はテニスの世界ランキングについては知っておるかの~?」
「え? 行き成りですか? まぁ人並みには…」
行き成り何故テニスの話を…。相変わらず読めない人だ。
確かテニスのランキングには主に3つの世界ランキングがあったはず。
男子のATPランキング、女子のWTAランキング、後は特定の若い年齢層だけが登録できるジュニアランキング。
「それなら話は早い。この二つの資料の日本人に注目して見なさい」
「これは…現在のプロテニスのランキング表と大会の成績ですか」
段松先生は私に紙を二枚手渡して来た。
先ず最初の一枚目。これは今現在のランキング表だ。
「日本の男子は結構前から10位以内を常にキープしている人が一人だけいるんですよね。日本の女子は…お、一人だけ今5位にいるんですね。この女性は確か、二ケ月程前のテレビで男女通じて初の日本人での4大大会初制覇って話題になっていましたね。後は…91位にしおざわ…。あぁ、確か3年ぐらい前に女子テニスで話題になっていましたね。テニス界で日本人最年少でスポンサー契約結んだっていう選手で話題になっていた筈」
そういえば塩沢って確か来年には高校生になるんだったよなぁ…。
あれ、私が今日呼ばれた理由って…。
「ほう、途端に目の色が変わりおったのう。愉快愉快」
「ははは…じょ、冗談ですよね?」
手渡された二枚目の内容。うん、予想通り塩沢のこれまでの成績表の一覧だ。
アマチュア時代の大会の成績は、最初の頃の大会こそ準優勝付近で収まるものの、一度優勝し出した後はすべて優勝。
プロの成績は…ってプロでの公式戦は8大会に出て全勝!?
「校長。プロでもこれだけの大会の公式戦全勝って、ランキングもうちょっと高くならないですか?」
「ふむ、お主全然分かっておらんのではないか」
「すみません…」
えっと、どうやってみるんだ…? ITF女子サーキットとはどういう区分…。
「まぁ要約するとじゃな。女子テニスのプロツアーに参加出来るのがそもそも最年少で14歳。おまけに14歳でも出られるランクの大会と回数に制限があるのじゃ。そのお陰で、取れるポイントの最大値がそもそもかなり低い。ということじゃな」
「なるほど…。で、まさかですけど。この塩沢って子がここの高校に…?」
もの凄く嫌な予感がする。
大体こういう流れで呼び出される時って学年主任とかにされそうだ。
「そう言う事じゃ。因みにお主が担任な、はい決定。確かに言い渡したぞ撤回は認めん」
寄りによって担任…。先生、やっぱり貴方は自分勝手過ぎる…。
「それとじゃのう。もう数人分の資料が此処にあるのじゃが」
「まだあるんですか!?」
正直、この子を受け持つだけでも手一杯な気がする上に、40人の担任とか果たして勤まるのだろうか。
私はこの時、初めて教師という職になった事を後悔したのだった。
上座下座の話は事実です。
テニスの話も基本的には理論上可能(の筈)です。
一応補足を。
段松先生も人が悪いので、「この二つの資料の日本人に注目して見なさい」と言いながら、二枚目には塩沢優理さんの成績表しか用意しておりません。