第十三話 入学式放課後~卑怯と言われようとも私は勝ちに行きます!~(白水望)
※一試合全部細かく書き綴ってしまうとそれだけで何万文字行くか分からない為、グダるの回避で少々端折って行く予定です。
※今回はノーアドバンテージ方式の為、通常のテニスのルールとは少し違います。
ゲーム数が5-5からでも次のゲーム取った方が自動的にそのセットの勝利者です。また、40-40からでもレシーバ側がサービスを受けるサイドを選んだ後、そのポイントの勝者がそのゲームの勝利者となります。
※要は、タイブレークになる様なプレイングを全て省略と言う形の試合です。
用語解説(前回分も含む)。テニスを理解している方であれば見る必要はありません。
・リターンエース→相手のサーブを相手コートに打ち返し(リターンし)てそのままポイントにする事。
・サーブ&ボレー→サーブを打った後に、ネット際へ近付いてボレーやスマッシュを使って戦うプレー(又はスタイル)の事。
・ブレーク→ここでいうブレークとは、サーブを受ける側がゲームを取る事。
・キープ→サーブを打つ側がゲームを取る事。
※ブレークとキープは同時に起こる事はありません。
・ライジング→テニスボールの跳ね際を、通常よりも早いタイミングで打球する事。そのショットをライジングショットという。
・フラットサーブ→横回転の極めて少ないサーブの事。 横回転が少ないために、スピードが速いサーブになり易い。
・ハードヒット→テニス的には余りいい意味では使われません。ハードヒット=手応えが重いという意味にとらわれがちなので。この場合のハードヒットは、強襲の様な意味合いを持ちます。
第1ゲームをストレートで落とした私は、コートチェンジをしながら頭の中で考え事を展開する。
私が彼女のプレーに対して興味を持った事と言えば、矢張りサーブの質だろうか。
事前に彼女の1stサーブの平均が、175キロ程度というのはデータとしてあったのだけど、実際に受けると数値以上に速く感じる。
そして、球速自体は男子を相手に練習をさせて貰う時に、似た様なサーブを良く受けるので。対応自体はそう難しい事ではない筈なのだけど。それでも彼女のサーブが非常に対応し辛いと感じるのは、男子のサーブとは違う何かがあるからなのかと思う。
これに関しては彼女の次のサーブの時にでも、詳しく調べる必要がありそうね。
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「白水 トゥ サーブ!」
2ゲーム目開始の合図が、校長先生の口から言い渡される。今日の私の最初のサーブだ。
私は毎試合、サーブの出来を調子のバロメーターとして、とても大事にしている。
だからこそ、最初のサーブは出来るだけきちんと決めたい。
幾つもあるサーブの中から、自分が今一番使いたいと思ったサーブを選択する。
「ふっ!」
彼女の意表を突く様に、クイックサーブを若干スライス気味に。これで相手のリターンエースを確実に防ぐ。
案の定、彼女は右手を精一杯伸ばして当てると、何とか此方のコートに返球してくる。明らかなチャンスボールだ。
サーブ&ボレーの為、私は前へ出る。次に彼女が扱うのは左手。
弱点を突かせて貰う!
打つ直前、私は頭の中で思い描く。あくまで描くだけ。
そんな私の見かけ上の動きを察したであろう彼女は、動く直前に矢張り右足に体重を掛ける。
予想通りの動きをしてくれた彼女を出し抜く様に、私は敢えて彼女の右側を素直に狙ってハードヒット。
その打球を返す事が出来ないと悟った彼女は、早々に諦めてボールに触ろうとする事無く見送ったのだった。
「やっぱり私が弱点を突こうとするのを予測してたわね」
次に起こそうとした動作を途中で止めた私は、その場で立ち止まり額の汗を手の甲で拭う。
彼女は確かに今、私がボールを打とうとしている時、右足に体重を乗せた。それは詰まり、自分の弱点を突くだろうと左に動こうとしていた事に他ならない。
それと同時に、相手のプレーが良く見えている自分は矢張り絶好調かもしれないと。私は自分を客観的に見て改めてそう感じた。
自分自身割とギャンブルに近いプレーをしているのは自覚しているけど、今日の私は調子が良いしボールが良く見えているから有りかも知れない。
元々勝ち目の薄い試合だと言う事は十分承知の上。だから、勿体ないミスを出来るだけしない様、心に刻みながらプレーをするのだった。
*********
第3ゲームが終了して2-1。お互いサービスゲームを確実に取り合いインターバルを迎える。
先程の件。彼女のサーブに関して幾つか分かった事がある。
第3ゲームで私は、リターンエースを毎回狙いに行った。基本的に彼女のサーブに対してサイドラインぎりぎりのリターンエースを狙ったのだけど。その打球は、毎回毎回相手のコートへ着弾する直前に外へ不自然に逸れてアウトになったのだ。その後、何度も同じ様に不自然な打球になる事から、彼女が何らかの手心を加えているのは明らかだった。
「うーん。相手の心を読んでくるからと言っても、流石に相手の打球を操るなんて…」
現実的には不可能なんだけど。彼女と私の実力差はかなりの物があるから、何らかの秘密があるのかしら。
…そういえば、そう言う時に限って毎回打ち返す時に打球が重く感じるけど。私が現状考えられる事なんて、スピンの掛け方を工夫する事ぐらい…。
そう考えた時、他のプレーを思い返してみると色々と心当たりがあった。
次で決めようとする欲求が私の中で生まれた時、大抵妙な手応えの打球が彼女から返って来ているのだ。これも翌々考えれば、私に対して何らかのスピンを掛けた打球を私に打たせては、動きを封じている様にも感じる。
サーブの時も、そうした気になる場面でも、何方もスピンが関係しているだろうという事を考えると。私のこの見解はそこまで間違っていないのだと思う。
この事から導き出される答えは、彼女の読みが非常に鋭い事だ。ここぞという時に予め自分で細工をするというのは、危険察知というよりは勝負勘と言った方が良いだろう。それが彼女の中に強く備わっているのだ。
正直言って、暗黙とはいえ大きなハンデを貰っていなければ、勝負にはそもそもならずとっくに私の心は圧し折られて諦めていただろう。
現状、彼女がハンデを背負っている状態であれば、サーブ以外は私とそう大差は無い…と思う。
だからこそ。そこに私が付け入る隙があるのだと思っている。
*********
「ふー…」
第6ゲームが終わった直後。私は今一度大きな息を吐く。
まだ体自体は大して疲れてはいないんだけど、頭が何となく重い。
あれだわ。普段のゲーム中は、こんな先の事まで何度も考えたりなんてしないからそのせいだと思う。
さて、そんな事も言ってられないわ。考える考える。
お互い3ゲームずつサービスゲームをキープしてのこの第7ゲーム。
ここが私にとっての第1セットを取れるかどうかのターニングポイントだ。
元々このセットの第7と第11ゲームは、私おいてとても不利なゲーム。
なぜなら。
・第1セット
※☆は視界が眩しいコート、★はサーブ権
①☆★塩沢ー私
②☆★私ー塩沢
③☆私ー塩沢★
④☆塩沢ー私★
⑤☆★塩沢ー私
⑥☆★私ー塩沢
⑦☆私ー塩沢★
⑧☆塩沢ー私★
⑨☆★塩沢ー私
⑩☆★私ー塩沢
⑪☆私ー塩沢★
と言う事があるからである。
第11ゲームに入っている時はお互い5-5。そこで相手にサーブ権と私が不利なコートを持っている事を考えれば、私の勝ちは必然と厳しくなる。
詰まり、この第7ゲームが私にとっては、このセットの勝敗を決める一つの要因になるのは間違いないだろう。
裏を返せば、相手からすればここは必ず落とせないゲームであり、それと同時に私がこのゲームを落とすのは半ば必然に近いという事になる。
だからこそこの第7ゲームは、何としてもブレークしたい。
*********
そして第7ゲームが開始。彼女の最初のサーブは左手。
左手のサーブの特徴は、これまでを見る限り、球速が遅くその代わりに不規則なバウンドをする。
その為、私はバウンド直後に着目しながら待つ事にした。
しかしその直後、何とも言えない弱々しいサーブが私のコートへとやってくる。
私は一瞬、新手のまた妙なバウンドをするボールかと思ったが。流石に何の変哲もない普通のサーブだと瞬時に判断。
流石にサーブミス?
若干拍子抜けをした私は、バウンドしたボールに対しリターンエースを狙いハードヒット。
「あちゃー…」
私は打った瞬間そう呟く。
手応えが余りにも軽すぎて、どう見てもアウトになるのが分かったからだ。彼女もそれを見越してか、私が打った瞬間ボールから目を逸らしてさっさと休憩モード。
テニスを始めたての小学生が、取り敢えずサーブを打ったら入りましたという様な。そんなサーブをまさかこんな所で打ってくるなんて、度胸があるよほんと。
あれだけこのゲームを取ると考えた直後に、決定的なチャンスボールをミスるとか。ほんと自分が嫌になる。
こういうときは、頬でも叩いて忘れるべき!
…ちょっと痛い。強く叩き過ぎた。
悪いプレーをした時は反省をするべきだけど、今はゲーム中。本格的な反省は試合後に、次のプレーにはそれを持ち込まない。
「15ー0」
その言葉に反応する様に、私は再び体を揺さぶらせながら次の彼女のサーブを待つ。
ボールを真上に高く上げた、彼女の次のサーブは…。
「フォルト!」
早い。フラットサーブをセンターラインの僅か外に着弾して辛うじてフォルト。
反応は出来ていたけど、僅かに届かなかった?
仮に今のがきちんと入っていたら、間違いなくサービスエースになっていた?
「ラッキー、ラッキーっと…」
今のが入っていなかった事に幸運を感じつつ、次のサーブを考える事にした。
次は2stサーブで左手。必ず打球の遅いサーブで来る筈。
そう思っていた次の瞬間だった。
ちょっ!
私は心の中で思わず叫ぶ。
だってそれは、私がさっき見せたクイックサーブそのものなんだから。
でもそれが功を奏した。そのサーブの弱点を私自身は知っている。
意表を突くのには良いのだけど、きちんとした前動作がないと女子が使うには打球が軽くなり過ぎるのだ。
私は反射的に手を出していた。そしてその打球は、上手くライン上を掠め、結果的にリターンエースとなった。
「しゃっ!」
殆ど反射的なプレーだったけど、今の取られていたら30-0で相当厳しかったし、15-15に出来たのは凄く大きい。運が良かった。
それにしても危なかったわ。あのサーブが威力を出せる本当の打ち方をされていたら、さぞ厳しかったでしょう。
幾ら彼女が凄いといっても、左手の器用さが限度を超えているし、きっと私達が思っているだけで彼女は実は両利きなのかもしれない。
「15ー15」
校長先生のその言葉で、私は直ぐ切り替えて構え直す。
集中集中。先の事を考えるのも良いけど、ここで取られたら意味がない。
次は右手。言わずもかなフラットサーブがある。
際どいコースを決められて、サービスエースを取られるのだけは避けなきゃ。
私はその事だけを考えて挑むのだった。