第十一話 入学式放課後~試合前の準備は丁寧に丁寧に~(白水望)
特別難しい用語はないと思いますが、どうしても分からない時はぐぐるなりなんなり調べてみると良いと思います。
極力テニスが分からない人でも楽しめる様には書くつもりです(つもりはあくまでつもり・・・)
追記:一部修正しました
「失礼致します」
テニスコートの傍にある女子テニス部の部室に来ていた私は、軽いノックと丁寧な挨拶をする事にした。
返事が特に無いので恐る恐る中に入ると、椅子に座りながら持っている紙をじっと眺めている一人の少女が居た。
「おはよ~。ってあら、白水さん?」
「そ、そうですけど…」
幼い顔立ちが目立つけど、堂々としている感じから自分よりは年上なのでしょう。
「あっ、ごめんね~。私、3年で部長の早川智恵美です。宜しくね!」
「よ、宜しくお願いします」
私がそんな事を思いながら手をこまねいて居ると、向こうから気を使われてしまった。ちょっと反省。
「いやいや~、今年の新入生で白水さんと塩沢さんが来るって言うのは顧問から事前に聞いていたからねぇ。昨年は個人も団体も誰もインターハイに出られなかったから、今年こそ出たいのよ~」
団体かぁ。私は中学自体、硬式がまともにないから部活には入って居なかったし、シングルスが専門だからちょっと興味はあるかも。
「そうなんですか。あ、私お昼まだなので…」
「は~い。そこの机陣取って食べちゃって良いからね。それじゃあ頑張って!」
そう言い残した部長は、早々に部室を出て行ってしまった。
やっぱり試合の話は部長にはわかってんのね。そりゃそうか、朝イチに校長先生に放送で呼び出された唯一の女子があの人だった筈だし。
となると、朝放送で呼び出された沢山のメンツって。もしかして各部の部長?
「っと、時間そんなにないんだからお昼食べなきゃ…。お母さんのお弁当軽い物なら良いなぁ」
試合をするかもしれないから軽くつまめるものでとお母さんにはお願いしたけど、一体何が出てくるのかしら。
「わぁ、これは助かる」
そして出て来たのは、一口サイズに作られたサンドウィッチの詰め合わせだった。私は思わず声を漏らす。今一番欲しい部類の食べ物が出て来たからだ。
うちのお母さんは、普段あまり料理をしない。夕食はいつもお父さんに任せるから、きっと料理自体はあまり得意ではないんだと思う。それでも私のお弁当とかテニス前の軽食は、コンビニで買って食べてとか一切言わずにきちんと作ってくれる。きっと私へのささやかなエールなのだろう。
一度消えかけたテニスの情熱を、再び持ち始めてから幾度となくスランプを経験した私。
そんな私がずっとテニスをここまで継続出来たのは。間違いなくお母さんのお陰だと思う。
最近その事で感謝をする事が多くなった。きっとこの感情は、私なりの大人になる前段階のステップなのだろう。私はこの気持ちを大事に、これからもテニスを頑張りたいと思う。
「とはいうものの、13時迄そんなに時間が無いから軽く…」
13時の試合まで後50分少々。試合開始の30分前からはいつも決まったものを食べるから、今は三個程お腹に入れて、いつも持ち歩いているゼリー飲料を飲むことにしよう。残りは試合後に…。
「あんたの表情を見てると面白いねぇ。見てて飽きないわ」
そんな時、部屋の片隅から日に焼けた長身の女子が、私に声を掛けて来たのである。
「い、何時からそこに…?」
私はまずその子が行っている行動が疑問に思った。並べてあるロッカーの一番奥に僅かなスペースがあるのだけど。そこに挟まる様にその子がじっと居て此方を見ているのだから。
「君が来るずっと前からだよ。あ、あたしは副部長の神杉佳夏だよ。あたしよく癖でこういう狭い場所に入り込んでるから余り気にしないでね!」
見た目はとても窮屈そうに見える副部長のその行動は、罰ゲームでもなんでもなくて自分で言う様に好きでやっている事の様だった。何か猫みたいな人。
「気にせずお昼食べて食べて」
「あ、はい」
さっさと食べなきゃ。
時間もあまりないのでさっと口にサンドウィッチを放り込む。中身はアボカドだった、中々美味しい。テレビでアボカドが体に良いという番組を見たせいで、お母さんがやたらと最近アボカドを食べさせてくる。
最初は見た目が微妙だと思って敬遠していたのだけど、調理の仕方次第なのだと思う。森のバターというぐらいなのでカロリーがちょっとだけ気にはなるけど。
「…少し食べます?」
「いいの!? ・・・じゃあ取り敢えず一つ。むぐむぐ。おぉ、うまっ!」
ロッカーの所で挟まれている副部長の視線が何となく気になるので、勧めて上げると案の定喜んで食べてくれた。
*********
肩と足を柔らかくして、アキレス腱を伸ばす。あ、つま先タッチを忘れる所だった。
時刻は12時35分過ぎ。時間はぎりぎりかな?
まぁ、本格的にウォーミングアップを始めましょう。
腿上げとレッグロール。そしてバックキックと最後にフロントキック。
前に進みながらフロントランジとレッグマーチの組み合わせの連続。
うん、今日は比較的足が上がる方。私は徐々にペースを上げる。
トランクツイスト、サイドステップをゆっくりとゆっくりと。
次にクロスステップ、キャリオカステップ。バランスを崩さず理想的なフォームを意識して。
もっとやりたいけど時間が迫ってるからここらへんで終わりかしら。
「集合して貰えるかのー」
丁度良いタイミングで校長先生の声が掛かる。その為私は、テニスバックから出して置いたテニスラケットを持って集合する事にした。
「それじゃあ先ずはコイントス。それで権利を決めたら打ち合いの練習時間を5分程与えるから、各々練習しなさい。練習終了後にゲーム開始じゃ」
「あ、校長先生」
「む? なんじゃ塩沢君」
「いえー。何かやたらとギャラリーが集まっちゃってますし、他の部活動の妨げににもなってますから。早く終わらせるためにタイブレークを無くして、追加でノーアド方式でやりません?」
「む、ノーアドバンテージ方式かの? 儂は構わんが、白水君はどうかの?」
テニスにおいて40-40なった時に、レシーバーチョイスを使って試合を長引かせることなく進行を進める方式がノーアドバンテージ方式。私はテニスを始めた頃に数回しかした事が無い特殊なルールだ。
「私はそれで構いませんよ」
「それじゃあ、それでおーけーじゃな。ではコイントスを始めるとするかのー。では白水君」
「…表」
何となく表の方が好きかなぁ。
そしてコイントスの開始。校長先生が軽く上方へ弾いたコインは…。地面に落ちて表が上になる。
「白水君の権利獲得じゃ。さてサーブを取るかコートを取るか、それとも相手に譲るか。どうするかの?」
太陽が現在南の方角で高々と昇っている為、明らかに眩しいコートが有るからこの場合は。
「塩沢さんに権利を譲ります」
これが正しい選択。
「…サーブでお願いします」
「じゃあ、私がこちらのエンドを使います」
そうして私が指を差したのは、太陽を背にするエンドの方だ。
「それじゃあ、スコアラーの生徒に追加のルールを伝えておくから、二人はこのまま練習に向かいなさい」
そう言うと校長先生は、数メートル先に置いてあるスコアラーの傍にいる早川部長の元へ歩いて行く。それを私達二人は見届けると。
「それじゃあ始めましょうか」
彼女のその言葉を皮切りに。
「ええ」
私達はお互い普段通り、試合前のラリーで調整を始めるのだった。