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肝試し〜行く夏

「それでは、今回の肝試しの説明をします」


 胸に大きく『MIKOROみころ』、背中にやはり大きく『STAFF』と白い文字がプリントされた黒いTシャツ。七分丈のスキニーパンツも足元のスニーカーも、黒づくめ。

 そんな出で立ちのあたしは、10名の参加者を前に、肝試しの進行を始める。


「この学校は、不幸な事故があり、その後――不可解な現象が相次ぎ、廃校になりました……」


 参加者は、在校生減少のための統廃合で、5年前に閉校した小学校の体育館にいる。

 昼間の暑さが残る、淀んだ空気に、あたしの声はじんわりと溶けた。


「これから、当時を知る、かつての教員に――廃校になった経緯を語って貰います」


 語り部は、婦人部のトシ子婆さん。教員ではなく、現役当時は看護婦長だった。

 白髪を後頭部でくるりと纏めて、地味な紫紺の着物姿の彼女は、体育館中央に設けられたステージに上がると、ちんまりと座布団に正座した。参加者達は、ステージ前に並べた学習椅子に腰掛ける。


「……あれは15年前、夏休みが始まる直前のことじゃった……4年生のクラスに、都会から『間宮まみや君』という転校生が来たのじゃ……」


 トシ子婆さんは、今春行われた「語り部選抜大会」の優勝者だ。如何に効果的に、聞き手の恐怖心を煽るか――お膳立ては大変重要である。


「その日、体育の授業は、ドッジボールじゃった。偶然、ボールが間宮君の顔面に当たってしまった……」


 ダン、と参加者の背後でボールが跳ねる。

 カップルで参加している女性の幾人かが、肩を竦めて小さな悲鳴を漏らした。


「鼻血が出たものの、大した怪我ではなかった。保健室で治療し、ベッドに寝かせると、間宮君は直ぐに眠りに落ちた。その後、養護教諭は別の用事で保健室を離れてしまった……」


 興が乗ってきたトシ子婆さんは、緩急自在な語り口で盛り上げてくる。


「間宮君は、糖尿病1型患者で、定期的なインスリン注射が必要じゃった。体育の時はいつも、割れるといけないので、注射が入った黒いポーチを、体育館の片隅に置いていたのじゃ……」


 パッと小さなスポットライトが、体育館のステージ上に置かれた、黒いポーチを照らし出す。


「……やがて、目覚めた間宮君は、黒いポーチが無いことに気付いた。注射を打たなくては――間宮君は焦った。『先生、先生!』養護教諭を呼ぶが、返事がない」


 トシ子婆さんは、一気に畳み掛ける。


「『先生、注射――注射を……誰か……』――間宮君は意識を失い、数日後、意識が戻らないまま、亡くなってしまったのじゃ……」


 しばし、余韻を味わう為の沈黙を挟む。

 シンと静寂が訪れた体育館の外から、やけに虫の音が聞こえてくる。まるで悲劇を悼むかのような、もの哀しいレクイエム。


「悲しみが癒えぬ内に、更なる悲劇が訪れたのじゃ。間宮君の前の席だった女生徒は、給食を喉に詰まらせて死んでしまった。喉元に、後ろから絞められた指の後が付いておった。また別の生徒は、階段の上から落ちて死んでしまった。遺体の足首に、捕まれたような手形があったそうじゃ。この子は、間宮君にボールをぶつけた生徒じゃった……」


 間宮君の魂は、まだ校内をさ迷っている。体育館に忘れてきた、インスリン注射が入った黒いポーチを探しているのだ。


「皆さんは2人1組で、保健室にいる間宮君に、このポーチを届けていただきます。ポーチを渡すと、間宮君は児童玄関の鍵をくれます。体育館を出てから30分以内に、この学校から脱出してください」


 トシ子婆さんと入れ替わり、あたしは黒いポーチを各ペアに渡す。


「もしギブアップの時は、そのポーチの中にブザーが入っていますので、鳴らしてくださいね」


 参加者に笑顔を向けると、どの顔も悠然とし、中には薄ら笑いを浮かべる者もいる。まだ余裕なのだ。


 実は、この5組の内、人間の参加者ターゲットは1組――4番目のペアだけだ。残る4組は、あたしが特訓した、妖かしのバイトさん達である。


 ペアは、5分置きに1組ずつ体育館をスタートする。薄暗い廊下に記された順路の矢印を辿り、幾つかの教室を経由しながら保健室を目指す。4番目が行程の1/3、図書室前を通過すると――今年のメイン企画、ゾンビの襲撃が始まる。バイトさん達の腕の見せ処だ。


 最初のペアが叫び声を上げ、「何か」が起こる。次に2番目のペアからも、叫び声。何が起きたのか分からないまま、4番目のペアの元に、3番目のペアが血だらけで駆け戻ってくる。「噛まれた」と告げて1人が倒れ、もう1人が介抱していると――倒れた方が突如ゾンビ化し、ペアの相手を貪り喰う。

 4番目のペアがパニックになった所で、後ろから来ているはずの5番目のペアからも叫び声が上がり、ゾンビに襲われたことをアピールするのだ。


 4番目のペアは、ゾンビ化した8人からの襲撃を避けながら、間宮君のミッションをクリアしなければならない。ゾンビに捕まれば、即ゲームオーバーだ。


「――うわああああ! 何だよ、お前ら?! 助けてくれぇー!!」


「いやああ! 来ないで! 来ないでよぉ! やだあぁ!!」


 全参加者が体育館を出てから15分。4番目のペアの叫び声が、校舎の中から断末魔のように響き渡った。


 今宵のターゲットも、ミッションクリアとはいかなかったようである。


-*-*-*-


「この夏も、盛況だったなあ」


 離れまで、枝豆と数本のビール瓶を運んで来た尚ちゃんは、やれやれと縁側に腰を下ろす。

 夕陽の終わった紫色の残照が残る、夏の名残の宵。ソリストの虫達が庭のあちこちから奏で始めて、いつしか華やかな合奏になっている。


「課長さん、お疲れ様」


 冷えたビールを注ぎ終わった途端、尚ちゃんはあたしの手から瓶を取り上げて「梗子も」と勧めてきた。


「おい、尚。梗子は――」


「いいよ、和ちゃん」


 下戸のあたしを気遣ってくれる和ちゃんに頷くと、にっこり笑顔で尚ちゃんのご相伴に預かる。


 今日は8月21日。みころ村主催の肝試しも、昨夜が千秋楽。20日間に及んだ「大人が本気で泣く、肝試しツアー」は、先程の尚ちゃんの言葉通り満員御礼、札止めとなった。参加者が落とした宿泊や飲食・遊興費が、村に与える経済効果は計り知れない。地域振興課で「肝試し実行委員長」の尚ちゃんも、面目躍如である。


「無茶させるなよ、尚」


 一方の和ちゃんも、このひと月の間、棚経たなきょうを上げに檀家さんを回ったり、盂蘭盆会うらぼんえというお寺での法要を行ったり、更には墓参りに来た檀家さんの対応なんかに追われていた。昨日、二十日盆が終わり、ホッと一息といった具合だ。


「まあまあ。和も付き合えよ、打ち上げだ」


「……少しだけだぞ」


 和ちゃんは、真面目な表情のまま、あたしの隣にスッと腰を下ろして、グラスを手にした。


「じゃ、お疲れ様でしたー!」


 3つのグラスが、祝杯に変わる。両隣が一気にグイと空くのにつられて、あたしも小麦色の液体を飲み干した。


「お、いい飲みっぷり」


 尚ちゃんが、あたしの髪をくしゃりと撫でながら、2杯目を注ぐ。


 この時間、2人との生活が、ずっと続けばいいのに――ううん、続くんだ。でもそれは、1年に約1ヶ月だけ、肝試しに協力するための時間だ。

 胸の奥がキュッと苦しくなって、思わずグラスをカパッと空けた。


「おい、大丈夫か」


「うー……和ちゃーん……」


 早くも全身をふわふわとした酔いが巡る。それをいい口実に、あたしは隣の鉄鼠の浴衣に抱き付いた。

 彼が纏う穏やかな磁場があたしを癒し、彼の大きな掌があたしを素直にする。


「俺、ビール持ってくるな」


 多分、気を利かせて、尚ちゃんが縁側を立った。


「梗子。やはり、九尾必要なのか?」


「……うん」


 妖孤の最高位が九尾だ。そうなれば、頭の硬い長老達も口出しはしない。仮に――妖かしと人間の僧侶が添い遂げようとも。


「俺は短気じゃないが、生きている間に頼むぞ」


 ツイと顎を捕らえられ、あたしは息を飲む。長い睫毛の涼しげな眼差しが熱を持つ。どんな妖かしよりも強い妖力に魅了され――世界が止まる。ゆっくりと唇が重なると、あたしはとろけ、何も考えられなくなる。

 唇が離れると、たまばぁに刺された釘がズキンと疼いたが、そんな痛みさえ、あたしを抱き締める彼の温もりが溶かしてくれた。


「待たせてごめんねぇ……」


 和ちゃんの胸に、身体を預ける。この瞬間があるから、また1年、頑張れる――。


 あたしは、明日、みころ村を出る。次の夏までの間、日本各地で妖かしのトラブル解決に協力しながら、亡者の魂を集めるのだ。


 尻尾は、あたしの妖力レベルが上がれば、自然と生えてくるものらしい。

 だから、頑張るから。あたし、絶対九尾になるから……お願い、尻尾が生えるまで、待っててね。



【了】


【あとがき】


ご高覧いただき、ありがとうございます。


このお話は、『夏が来た』というテーマのイベント参加作品として書きました。

文字数制限があり、以前書いた『降霊祭』の時より苦労しました。


とりあえず書きたいように書いたら、1000文字近く超えてしまい(笑)、推敲・削除では追い付かなかったので、一部ごっそり書き換えました。


このお話の世界観で、まだ盛り込みたかったエピソードが若干あるので、いつかロングバージョンとしてご披露できれば……などと思っています。(ショートバージョンとしたのは、そういう意味だったんです)



さて。

ホラージャンルでは取り上げたこともある、妖かしですが、今回は主人公となります。

人間と妖かしが共存共栄している閑村が舞台の現代ファンタジーです。


「みころ村」という架空の村では、毎夏「大人が本気で泣く、肝試しツアー」という村おこしのイベントが主催されます。

参加者の宿泊や飲食、オプショナルツアー等がセットになっていて、村の重要な財源になっているという設定です。


主人公の梗子は、まだ最低レベルの妖狐です。恋しい人間の僧侶と添い遂げるために、最高レベルの九尾になることを目指しています。


妖かしの長老達、猫又のたまばぁ、清行寺の清水兄弟やみころ村の人々、様々な関わりの中で、妖狐として成長する梗子の願いは叶うのか――?


この続きは、いつかロングバージョンでお会いできれば、と思います。


設定の入口だけではありますが、ショートバージョンにお付き合いいただき、ありがとうございました。


暑い日が続きます。

皆様、どうぞお身体ご自愛くださいませ。


2018.7.29.

砂たこ 拝



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