第九十二話「完成と切り裂かれた服」
藍色の布が独特のラインを描きながらふわりと広がる。その上は、白地に色鮮やかな刺繍が施されたブラウス。腰はサッシュベルトを巻き、メリハリを付けている。
「わ~! すごい! 見たことがない服に見たことがない着方だ……!」
エルナが興奮した様子で、私の周りをぐるぐる回る。
少し前から作りはじめた自分の服が完成した。それを着てみせるとエルナは見慣れないスカートの形やサッシュとの組み合わせに目を輝かせる。
作り方は見せていたので、そこから最終的にできあがったものを目に焼き付けているのだろう。
いろんな角度からエルナが見つめてくる。
その視線を感じながら、私は自身の冒険者カードを取り出した。
右下の丸部分に指をのせると、カードからホログラムのようなものが飛び出してくる。
私の名前などのパーソナルプロフィールに加え、私の外見をそのまま映し出している精巧な3D。
そちらを見ると、もちろん表示の3Dも私が今着ている新しい服と同じものを身に纏っていた。
そして、その自分の3Dに軽く触れる。すると、服の情報が出てくる。
ミナの服 第一セット
集中力 +2
防塵 中
疲労軽減 小
いつもながら服にシリーズ名が付いている。
そして、付与されている効果については、狙い通りに付いた。セットで着用するとボーナスで「疲労軽減 小-」が加算され、今着ている実際の効果は「疲労軽減 小+」になっている。
今回は鞄作りで学んだ方法を試してみた。刺繍によって効果を付与するやり方だ。
デザインをいつも以上に練らないといけないけど、これまでより強い効果を安定して付与できるメリットがある。
なにしろ、今回作った服には、効果増幅効果のある月ツユクサの露は使っていない。それなのにどの効果も割と高めの数値だ。
マリウスやティアナ、イリーネの服のように、冒険者に合わせた効果とはまた違う種類だけど、それでも製作者の贈り物が言うには、汎用性がある効果は付与が難しいらしい。
今回付与した中では「疲労軽減」が割とレアなんだそうだ。
たしかにこれはどんな人でもあれば嬉しい効果だろう。冒険者向けの服に付与してもいいかもしれない。
お試しではあったが、十分に他の服にも活かせそうな出来になって良かった。
そう思いながら、自分のホログラムの後ろ側もおかしくないかしっかり確認する。
不思議な感じだけど、自分を全方向からリアルタイムで確認できるのはとても便利だ。
冒険者じゃないから、使うことがそう多くない冒険者カードだけど、作って良かったと心底思う。
ひとしきり確認すると、カードから指を外し、ホログラムを消す。
すると、それまで黙っていたエルナがタイミングを見計らっていたらしく質問してくる。それに、私は一つ一つ答えていった。
「わ、もうエルナ帰らないと!」
気が付けは外は夕焼けに染まっていた。
「わぁ! すっかり!」
私に声をかけられて、エルナは慌てて帰り支度をはじめる。
そんな時、玄関の方から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「ミナ……!」
応接間に駆け込んできたのはマリウスだった。
「どうしたの?」
なんだかただならぬ様子のマリウスに私は目を瞬かせる。しかし、続いてやってきた人物を見て、私はぎょっとすることになった。
「え、シルヴィオさん、その服……!」
トレードマークのような黒い服。
その背中の部分がパックリと切れていた。
明らかに何かに切られないとこうはならない。
「怪我は!?」
こんな大きく切れているのであればそれなりに怪我をしたはずだ。
驚いて詰め寄る私に、シルヴィオは落ち付けと言わんばかりに私の前に手のひらを出した。
「怪我は大丈夫だ。薄皮一枚切れたくらいだからミサンガでもう回復している」
シルヴィオの言葉に私はホッと胸をなで下ろす。私のミサンガが怪我の回復に貢献していて良かった。
シルヴィオの言うとおり、切れた服の間から見える地肌には傷はない。怪我がもう回復しているのは本当らしい。
「それにしてもこれ、どうやって……?」
そんなに強い魔物が出たんだろうか? と不安に思いながら口に出すと、マリウスが顔を曇らせる。
「俺のせいだ。シルヴィオさん、俺をかばって……」
悔しそうにマリウスは唇を噛んだ。
「あれは仕方ないよ。死角だったし……」
ティアナがフォローするように言う。しかし、ディートリヒは厳しい表情を浮かべる。
「でも、代償は大きいよ。シルヴィオの装備がなくなるのはこれからのダンジョン攻略を考えると進みがグッと下がる。無理もできなくなったしね」
ディートリヒの痛烈な一言にティアナも黙った。
「……ミナ、どうにか直すことはできないか……?」
マリウスはおずおずと聞いてくる。
「うーん。直すレベルにもよるね。ただ形を戻すっていうのであれば繕うことはできるけど、効果もってなると難しいかも。私が作った服じゃないから……」
前にマリウスの服も魔物によって切られてしまい、それを直したことがあった。
効果は少し落ちてしまったけど、それでも私が作ったからか修繕はできた。
でも、シルヴィオの服は違う。
見た感じからして、まず私が知らない素材を使っている。どういう構造で、どういう効果を付与しているのかわからないし、そもそも元の状態を知らない。たとえわかっても元のように付与できるとは思えなかった。
がっくりとうなだれるマリウスにも当のシルヴィオにも申し訳ないが、私もスキルに関しては未知の領域過ぎて、簡単にできます! とは言えない。
「ミナ」
「はい!」
シルヴィオに急に名前を呼ばれ、私は背筋をピンと伸ばす。
「すまないが、この切れた部分を縫い合わせてもらうことはできるか?」
「それはできますけど、効果とかは……」
「効果のことは気にしなくていい。たぶん効果が消失していると思うからもうどうにもならないだろう。ひとまず着られるようにしてくれたら大丈夫だ」
「わかりました」
「それと……」
シルヴィオは私の目をじっと見つめて再び口を開いた。
「急で悪いが、代わりになる服の制作を頼めるか」
その言葉に私は息を止めた。
シルヴィオが私に服を依頼している……?
もしあったとしても彼に服を頼まれるのはまだまだ先のことだと思っていたのに、こんなに早いタイミングで依頼されるとは予想していなかった私は、急なことに戸惑った。
でも、シルヴィオに服を頼まれたという嬉しさがじわりじわりとこみ上げてくる。
「……私でいいんですか?」
つい確かめるように聞く。
「この町でミナ以上に作れる職人はいないだろう。……それとも無理か?」
「いえ! やります! 作りたいです!」
私はシルヴィオにキッと視線を向けて言い放つ。
Aランク冒険者であるシルヴィオの服の製作。
それは始めとても素っ気なく、私のことをまったく認めていなかったシルヴィオが、今は私を信頼して仕事を任せてくれるということだ。
そうは直接言わなくても、危険と隣り合わせである冒険者業で身を守るために重要な装備の服を任せてくれるということで十分に察せられる。
たまたまの巡り合わせかもしれないけれど、頼まれたからには満足してもらえる服を作らなくては……!
私は高揚感に心を踊らせた。




