第九十一、五話「進んでいくダンジョン攻略」
エアハルトのパーティーが揃った頃から、徐々にアインスバッハの町には冒険者が増え始めた。以前いた冒険者の数にはまだ遠く及ばない。しかし、やってくるのはかつて多くいた新人冒険者とは一線を画すようなレベルの冒険者たちだった。
ダンジョン誕生の噂を聞きつけやってきた彼らはみな、冒険者としての野心に燃えていた。
未開の地である新しいダンジョンは可能性を秘めている。
もちろんめぼしいお宝がなにもないという可能性もあるが、それでも多少の先行者利益はあるだろう。
何より、未踏のダンジョンを自分たちの力だけで進み攻略していくということは、冒険者であるからこそ追い求められるロマンだろう。
その新たなダンジョンに偵察隊としていち早く足を踏み入れられる俺はとても幸運だ。たまたまAランク冒険者であるシルヴィオと知り合いで、なおかつアインスバッハに高ランクの冒険者がいないという消去法で選ばれたのかもしれない。
それでも、選ばれたのだ。
これをチャンスと言わずしてなんというのか。
さらに、ミナの存在も大きい。
ミサンガに効果の付与された服。
加えて最近作ってもらった容量拡大の鞄。
駆け出しの冒険者は手に入れることさえ難しい貴重なアイテムばかりだ。
作った本人が効果付きのアイテムを簡単に作ってしまうため、俺も最近は少し麻痺していたが、他の町から来たエアハルトさんたちパーティーの人に言われてやっぱりすごいんだなと再認識したものだ。
正直、偵察隊に必要だからという理由で製作費用を冒険者ギルド持ちにしてもらわなければ、容量拡大の鞄は手に入れられなかったと思う。
……金額を聞いたときはびっくりしたからな……。たしかに性能を考えたら当然なんだけど。
ミナは鞄を作ったことで新しい付与の方法を編み出したらしく、それで服を作って見たらもっといいものが作れるかもしれないと今実験しているようだ。
俺もそれで三着目を作ってほしいと考えている。
これまでの二着は、ミナの好意で作ってもらった。一着目は、出会ったときにいろいろ助けてくれたお礼。二着目もその延長だ。
ミナはほぼ材料費しか受け取ってくれない。
助けてくれて、今は護衛として住んでもらってるから、と。
どう考えても俺の方が得をしている。しすぎていると思う。
ミナは別の世界から来て、何もわからなくて困っているところを俺に拾ってもらえたと思っているけど、もう困ることなくこちらの世界で生活できている。
むしろ現状、お金には困ってない。効果を付与できる特殊スキル持ちだから、この先もそれを活かしていけば仕事に困ることもないだろう。
なのに出会った時の恩からずっとサポートしてくれている。
あきらかに俺の方が助かっている部分が多いことが少しだけ引け目に感じないこともない。
だから、早く稼げる冒険者になって、ミナが一方的にサポートするのではなく、俺を頼ってくれるようになりたいと強く思う。
そうじゃなければ、ミナに異性として意識してもらうのも難しい気がするのだ。
アインスバッハの冒険者の不足やミナのアイテムのおかげで偵察隊に選ばれたのだとしても、結果を残せれば関係ない。
新しいダンジョンに最初に足を踏み入れられるメンバーにいるのだから、先行者利益をしっかりと上げたいところだ。
「最近、人増えてきたねー」
ティアナが室内にいる人の多さに呟く。
朝、偵察隊の集合場所である冒険者ギルドに立ち寄ると、冒険者ギルドの中にいる冒険者の数が昨日よりも格段に増えていた。
相変わらず依頼が貼り出される掲示板の前は閑散としているが、冒険者たちは気にしていない。この町に移動してきたてなのか、受付で手続きをしたり、ダンジョンについての情報を集めたりと精力的に行動している。
彼らはダンジョンが出来る前にいた新人冒険者たちとはあきらかに立ち振る舞いが違う。
しっかりした目的を持ち、そのために何をするべきなのか最適な行動を知っている。そんな人たちの動きだ。
そんな冒険者の動向を眺めながらティアナとイリーネと待っていると、シルヴィオとディートリヒが連れ立ってやってきた。
「全員揃ってるな」
シルヴィオが俺たちの顔を見て言った。その後ろでディートリヒが眠そうにあくびをしている。
シルヴィオはいつも通りだが、ディートリヒの気の抜けた様子に少し呆れてしまうが、それでも彼は凄腕魔法使いだ。魔法使いであることがそもそも特別なのに、昔は冒険者としても活動していたからか、戦い慣れている。
シルヴィオとの連携も当然うまい。
飄々としていて、いまいち何を考えているのかよくわからないけど、彼自身の腕は確かだ。
シルヴィオも信頼してるしな。
付き合いの長さや立場もあって、シルヴィオが真っ先に頼るのはディートリヒなのだ。
それが少しだけ悔しい。
まだ俺はシルヴィオに頼られるほどの力量も実績もないから仕方ないんだけどな。
だからこそダンジョン攻略で、もっと力を付けて成長したいのだ。
「今日は昨日に引き続き、マップの作成だ」
「うぃー。今日こそ下の階に行ける場所が見つかるといいんだけど……」
シルヴィオの言葉にディートリヒが少しげんなりした顔で答える。
マップの作成とは、ダンジョン内部の地図を記録する作業だ。冒険者ギルドから借りた記憶アイテムを持って、ダンジョンの中を歩く。
今回はダンジョンの中の構造を調べるのが目的で、これは後に冒険者ギルドを通じて冒険者に開示される情報になる。
ダンジョンは、アインスバッハの冒険者ギルドの管理する場所になるのである。ダンジョンへ入るにも基本的にお金がかかるし、マップ情報もタダではない。
今はまだ整備されていないが、ダンジョンの入り口をしっかりと整備したりするのにもお金がかかるし、そもそも俺たち先遣隊も依頼料が発生している。
冒険者ギルドも営利組織なわけで、そのあたりはしっかりとした体制で取り組んでいるようだ。
軽く打ち合わせをしながら冒険者ギルドを出る。
俺たちが偵察隊という情報をすでに掴んでいるのか、数多くの視線を感じながら出発した。
町の門からそれほど遠くない場所にあるダンジョンに着く。
「五人ともおはよーさん」
そこにはエアハルトたちのパーティーが揃って俺たちを待ち構えていた。
「エアハルト、早いな」
シルヴィオはあまり驚いた様子もなく、声をかける。
「今日から俺らも参加するからな」
「ああ、ギルドの方から聞いている」
どうやらダンジョン攻略にエアハルトたちのパーティーも参加するらしい。冒険者ギルドのマップ用記憶アイテムを持っている。
シルヴィオとエアハルトは、現在すでに踏破しているエリアを確認し、担当する方向を決める。
シルヴィオとディートリヒが言うには、ダンジョンは下の階に行くにつれて一階の広さが狭くなっていくらしい。横から見ると逆三角形になっているようだ。
ゆえに一番広いのが地下一階。
まずそこを調べて下の階に繋がる場所を見つけなければならない。
それと同時にダンジョンの外核を見つけることも急務だ。ダンジョンの外核を取ることで、ダンジョンから魔物があふれてくるのを止めることができる。
ダンジョンの核を取ることでダンジョンが安定する。外核は浅い階にあるので、シルヴィオたちは地下二階あたりと目星を付けていた。
ダンジョンから魔物があふれてくるのが止まれば、ダンジョン攻略もいよいよ本格化する。ダンジョンの外の魔物の脅威が減るので、ダンジョン周辺も整備できるし、周辺の環境も元の状態に近い位に戻るらしい。
この数日、ダンジョンの内部に入って散策をはじめたが、偵察隊の一パーティーだけでは広すぎて時間がかかりそうだと思っていた。
エアハルトのベテラン冒険者パーティーが加わってくれたことで、さらに攻略が早まりそうだと思った。
シルヴィオとエアハルトは打ち合わせを終える。
シルヴィオを先頭に先に俺たちがダンジョンの中に進む。未知の場所に行く不安と期待、そして緊張感に俺は意識を引き締めながら、淡々と進んでいくシルヴィオの黒い背中を追った。




