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第九十一話「今のうちにやっておくこと」

 私の必死な思いが伝わったのか、シルヴィオは騒ぐエアハルトたちを一瞥する。


「エアハルトにはこの前話しただろ」


 よく通るシルヴィオの声は、それほど大きくないがしっかりとエアハルトに聞こえたらしい。


 エアハルトは記憶を探るように顎に手を当て、片眉を上げる。


「そんなこと言ったか?」


「ミナが冒険者の服を作ってるとも、今は鞄を作ってるとも言った」


「……それでわかるかっ! まさか効果付きだとは思わないだろ! しかも作った相手は新人だしよ」


「だが、偵察隊のメンバーだ。冒険者歴と実力が必ずしも等しいわけじゃない。そもそもダンジョン偵察のために作っていたんだ。察しろ」


「……あー! まったくお前ってやつは……!」


 シルヴィオの物言いに思うところがあるのか、エアハルトは少し苛立たしげに頭を掻く。


 私が効果の付いた服や鞄を作れることを直接は言っていないものの、冒険者ならば察しろというのがシルヴィオの主張らしい。


 乱暴だけど、思い返せば繋がらなくもないその言論に、エアハルトも強く言えないようだ。


 すると、エアハルトのパーティーメンバーは、エアハルトに向かってじとっとした視線を向ける。


「これはエアハルトが悪い」


「俺か!?」


「先にアインスバッハに来てたんだから、そういう情報を集めるのもエアハルトの仕事!」


「そうだそうだ」


 後から町にやってきた三人にエアハルトは批難される。


 ただ、それも冗談めかした声音のため、エアハルトはすねたような顔で「ちぇー」と肩を竦めた。


 パーティーリーダーだけど、いじられ役でもあるのだろう。エアハルトのリアクションに場の空気が和らいだ。


 おかげで私に迫っていた人たちの勢いはなくなり、ホッと息を吐いた。


 直接ではないものの、結果的にシルヴィオは助けてくれたようだ。


 ちらりと彼を見ると、目が合う。私はお礼も込めて目礼すると小さく頷きが返ってきた。


 わいわい騒ぐ食堂の中、他の人には気付かれないさりげないアイコンタクトのやりとり。


 秘密を共有しているようなその一瞬が、私にはとても嬉しくて、にやけそうになる口元をうつむいて隠した。



 それから間もなくして、その場はお開きになった。


「ミナちゃん、今度服頼みに行くからね」


 ユッテとイルザは、ティアナとイリーネの服を見て、さらに二人からも付与効果の話を聞いて、私の作る服を気に入ってくれたらしい。私に服のオーダーをしたいと言ってくれた。


「ミサンガはとても興味深いので、また話を聞かせてください」


 トビアスはミサンガにかなり興味津々だ。彼が言うには、革や金属の腕輪に効果が付与されたものは見たことあるが、刺繍糸で作られた腕輪に効果が付いたものを見るのは初めてらしい。


 革や金属に比べ、軽く肌に馴染み、そして安いミサンガはとてもいいアイテムだと熱弁を振るった。


 作った本人である私は、そこまでとは思ってなかったので「はぁ」と若干引きながら聞いていたものの、他の町で活躍していた現役の冒険者にそう言ってもらえるのは嬉しいことではある。


「俺らも明日からは拠点に移るから宿屋アンゼルマにお世話になるのは今日で最後だし、冒険者もじわじわ移動してきてるからな。ダンジョン攻略も本格的に始まるな」


「ああ。ダンジョンの中はまだどうなってるかわからないからな。頼りにしてる」


 エアハルトの言葉にシルヴィオが返す。


 宿屋アンゼルマから出るのであれば、彼らとはあまり会わなくなるかもなぁと思いながら私は彼らと別れた。





 ダンジョン攻略が本格的に始まるのであれば、冒険者向けの服やアイテムの需要が増えるだろう。


 そう思った私は自分の服の完成を急いだ。


 マーメイドスカートが気になるエルナのために、型紙を作りつつ説明していく。


「今回はあまりタイトにしないで、お尻の下あたりからフレアを出していこうと思って」


「タイト? フレア?」


 独特の用語にエルナは首を傾げる。服飾は専門的な用語が多い。こちらの世界ではどう言うのかわからないから、それも解説しながら続ける。


「タイトっていうのは、きついとか隙間のないってことね。ぴったりしてることを言うんだよ。こちらの世界ではあまり着ないのかもしれないけど、タイトスカートっていうスカートもあるんだ。こんな感じの」


 私はデザイン帳にタイトスカートを描いてみせる。


 マーメイドスカートの型紙はタイトスカートの型紙から派生させるように作るので、タイトスカートがまずどんなものかわからないとイメージしづらいだろう。


「……えっと、ズボンを一本にした感じ?」


「あはは、たしかにそうかも」


 エルナなりに想像したのか、独特の言い方がおかしくて笑ってしまう。


「もう一つのフレアは?」


「フレアは広がりってこと。前にエルナが作ったスカートあるでしょ? あれとか、私とエルナが今履いてるスカートはフレアスカート。裾に向かって広がってるからそう呼ばれてるんだ」


「なるほど……!」


 エルナが大まかに理解したところで、パターンを引いていく。


 立体裁断でもいいんだけど、型紙から作る平面裁断も大事だ。パターンから出来あがるシルエットを想像することは、完成イメージからパターンを想像する訓練にもなる。


 服のデザインによって、向き不向きはあるけれど、片方が出来て片方が出来ないというのは服作りの幅が狭まる。


 エルナには柔軟にどちらでも作れるようになってほしい。


 採寸した自分のサイズを元にパターンを引いていく。まずはタイトスカートの型紙を作る。


 前身頃と後ろ身頃分の長方形を描いたら、ヒップの丸みに合わせてウエストにダーツという三角に布を詰める部分を加える。


 ヒップの下に切り替え線を引くと、その位置から左右に広がるように線を延ばしていく。あまり広げすぎるとフレアスカートのようになってマーメイド感が出なくなるが、なさ過ぎてもダメだ。


 適度な角度で広げ、最終的には仮縫いで補正する。


「うん、こんな感じかな」


「おお~……!」


 まだ型紙を見慣れないエルナは、どれがどこに位置するかまだピンときてないと思う。けれど、やっていくうちにわかるようになるので、今はとにかくいろんなものを見ることが大事だ。


 質問に答えたりしつつ型紙を完成させると、今度は布の裁断だ。


 スカートはデニムのような藍色の布にした。トップスの刺繍糸にも藍色を使おうと思っているので、色の共通性を持たせようと考えた。


 作ったばかりの型紙を当てて、裁断していく。


 本当は本生地じゃなく、安い生地で作ってみてパターンを修正して……という工程を取るのだが、今回は自分の服だし、時間の短縮のため補正ありきで実際の布を使う。


 デザイン性の高いものはもちろん段階を踏んだ方がいいからケースバイケースだ。


 裁断したら、縫製だ。


 まずは仮縫い。


 しつけ糸を使い、出来あがりの形に縫っていく。


 それを試着して、サイズが合わない部分を補正していくのだ。


 補正の仕方にもコツがある。今回はスカートなので、そこまで大きく直すところはないが、トップスやズボンは体に沿った部分が多く、また稼働する場所も多いので補正が重要になってくる。


 今回は難易度が優しい補正なので、エルナに教えるにはちょうど良かった。


 裾の広がりとウエスト部分を修正したら、本縫いだ。


 ここからは効果の付与を考えて特殊スキルの出番だ。


 鞄作りで覚えたように、まずは効果を付与する器のイメージで縫い合わせていく。鞄よりも大きいので時間はかかったが、構造的にはそこまで難しくないので、問題なく出来あがる。


 ウエストは左サイドをボタンで留めるようにしたら、最後は効果付与のための刺繍だ。


 冒険者じゃない私の服なので、実用的な効果を付与しようと思ったのだが、これまで付与してきた効果はほぼ冒険者じゃなければ使わないようなものばかり。


 唯一エルナに上げたミサンガに付与されているものだけが「編み物 +1」だ。


 もっとこう、生活に使えるような効果はないのかなぁ……?


 うーんと唸りながらいろいろ考える。


 普段着に付いてて嬉しいのはやはり汚れないということだろうか。


 そしたら、防水? でも完全防水じゃない限りは汚れちゃうし、半端に防水になると今度は洗濯したときに落ちないってこともありえそう……。


 だったら防塵とか?


 それならいいかもしれない。


 決めると私は心の中で「製作者の贈り物(クリエイターズギフト)」と呼びかける。


「防塵の効果って付与可能?」


 質問をするとややあって『可能です』と返ってくる。


 ちなみに防水の効果もあるかと問うとあるらしい。アウターを作るときは防水の効果を付与してレインコートみたいにしてもいいかもしれない。


 日常生活にも役立ちそうな効果を製作者の贈り物に聞きながらいくつかピックアップする。


 真剣に見つめるエルナの視線を感じながら、私は自分の服を一刺しずつ縫い進めていった。

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