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第九十話「集いはじめる冒険者」

 採寸をして、その後パターンをおこすのをエルナに教えているうちに、時間はあっという間に過ぎた。


 窓から差し込む日が茜色になった頃、ガヤガヤとした声が玄関先から聞こえてきた。


「ただいま、ミナ~」


 そう言いながら応接間に入ってきたティアナがぐったりとソファに座り込む。その隣には静かに「ただいま」と呟いたイリーネも腰を下ろした。こちらも力ない様子でぼんやりとした顔をしている。


 その後でマリウス、シルヴィオ、ディートリヒの男性三人がやってきた。


「おかえりなさい」


 声をかけると三人にも疲労が見えた。


「大丈夫? ダンジョンの入り口を開通させるって話だったけど……」


「それは無事にできたんだけどね……予想以上に魔物が詰まってたっていうか」


 ディートリヒがうんざりしたような声音で言う。


 とりあえず全員が椅子に腰を落ち着けたところで、話を聞くことにした。


「それで、どうだったの? ダンジョンの入り口は開けることができたんだよね……?」


「ああ、やっかいなポイズンビーの討伐までは問題なくいったんだが……」


 シルヴィオがやや疲れた表情で話し出す。あとを次いだのはディートリヒだ。


「散布した毒が収まったところで中に入ったんだけど、そしたらびっくりなことにスライムまみれでさぁ~……」


「え? スライム?」


 聞き慣れた魔物の名前に私は首を傾げる。


 スライムは弱い魔物だ。運動音痴で戦闘力がほぼゼロに近い私でも倒せるいわば雑魚。それなのになぜみんなはこんなに疲れているのかと私は不思議に思った。


 私のリアクションにマリウスはため息を吐く。


「話だけじゃそうなるよな……。数が尋常じゃなかったんだよ。ダンジョンの床が見えないくらいたんだから……」


「思い出すとぞわぞわする! 気持ち悪っ!」


 ティアナが自分の肩を抱きしめて体を震わせる。


 たしかに地面が見えないくらいの量のスライム、というのをちょっと想像すると私も鳥肌が立ってくる。


 簡単に倒せるスライムでもそんなに大量にいたらそれは大変だ。


 でも、私はあれ? と首を傾げる。


「はじめのポイズンビーだっけ? それに使った毒はスライムには効かなかったの?」


「あー、ミナは知らないのか。スライムには毒とか魔法とかの攻撃は効かないんだよ」


「え、そうなの!?」


 ティアナの言葉に私は驚く。あんなに弱いのに、毒が効かないとは思いもしなかった。


「だから、直接攻撃して倒すしかなくて。次から次へと湧いてくるから、それを倒し続けないと入り口の固定作業もできないし……。スライム一生分倒した気がする……」


 マリウスはそう言って、ソファに沈み込んだ。


 事前に聞いていた今日の計画は主に二つ。


 ダンジョンの入り口に巣くっているポイズンビーの討伐。そして、その後の入り口の固定だ。


 固定というのは、人が通れる大きさに入り口を拡張し、崩れてこないようにするというもの。


 簡単な土木作業だ。


 しっかりしたものは後日、ギルドで手配した職人がしてくれるから、今回はあくまで簡易的なものでいいらしい。


 しかし、次から次へと湧いてくるスライムがいたらできない。


 弓を使うティアナと、魔法使いのディートリヒが入り口の固定作業をして、マリウス、イリーネ、シルヴィオの三人は作業の邪魔にならないようにひたすらスライムを狩っていたようだ。


「なんていうか……、お疲れ様」


 作業を進めるため仕方ないとはいえ、スライムを狩り続けるのは大変だっただろう。


 しかも、スライムを倒してもほぼお金にならない。お小遣い集めのために、子供が狩るような魔物なのだ。


「スライムを倒さないとせっかく倒したポイズンビーの討伐証も拾えなかったし。ここまでスライムがやっかいと思ったのは初めてよ……」


 ティアナがげんなりとした声で言った。


 毒で倒したポイズンビーは、天井に張り付くようにできていた巣から討伐証となって地に落ちた。


 ポイズンビーの毒針。


 中に毒液が入った針で、ポイズンビーの毒はいろいろなものに加工できるため、かなり貴重なアイテムだ。


 ただ、落ちた先が悪かった。


 地面にいたのはスライムの群れだ。


 独特の弾力あるスライムの体のおかげでポイズンビーの毒針が破損しなかったことは良かった点だが、そのスライムをどうにかしないことにはせっかくのアイテムを拾えない。


 しかも、固定作業の邪魔をしてくる。


 偵察隊はスライムを倒すという選択しかできなかったのである。


 ギルドから別料金で依頼料をもらっていたからいいが、普段ならタダ働きに近いスライムの討伐を請け負う冒険者はいない。


 体力面でも精神面でも疲労した一日だったようだ。


「イリーネ、ここで寝ちゃダメだって」


「眠い……」


 朝も早かったし、疲れ過ぎたイリーネはソファに沈み込んだまま寝そうになっている。ガクガクと揺り動かすティアナのおかげでどうにか重そうなまぶたを持ち上げた。


「早くご飯食べてみんな休んだ方がいいですよ。私もエルナを送って行きたいので宿屋アンゼルマに行きましょう」


 偵察隊の面々はのっそりとソファから立ち上がる。


 私の言葉に、空腹を意識したのか、至る所からお腹の鳴る音が聞こえた。





 宿屋アンゼルマに到着すると、賑やかな声が聞こえてきた。


 宿の外にまで漏れ聞こえる活気ある様子に、私たちは顔を見合わせる。


 何かあったのかと思いつつ、中に入るとそこにはエアハルトとユッテの他に数人の冒険者らしき人たちがいて、同じテーブルを囲んでいた。


「いらっしゃい、ってあんたたちか。今日もお疲れ様」


 アンゼルマがやってきた私たちを迎え入れる。その声に気付いたのか、盛り上がりの輪の中にいたエアハルトがこちらに気付いた。


「おお、偵察隊のメンバーじゃないか! 紹介したいからこっちに混ざらないか?」


 エアハルトの声に、テーブルを囲んでいた他の冒険者たちも視線を向けてくる。


 エアハルトとユッテの他に、男性二人に女性一人がいて、好奇心を覗かせた眼差しでこちらを見ている。


 人数が人数だけに、同じテーブルを囲むのは難しいので、隣のテーブルに私たちは着席する。


 ダンジョンが出来て以来、ここまで賑やかなのは久しぶりだからか、アンゼルマが上機嫌で料理を運んできた。


 料理を食べながらエアハルトの言葉に耳を傾ける。


 どうやら一緒にいるのは、エアハルトたちのパーティーメンバーらしい。今日、この町に到着して合流したようだ。


 紹介してくれたパーティーメンバーは、女性がイルザ、男性がトビアス、エーミールというらしい。


 パーティーリーダーであるエアハルトに似て、みんな気さくで明るい人柄っぽい印象だ。


 ご飯を食べると偵察隊のメンバーは元気を取り戻したのか、自然とエアハルトたちのパーティーメンバーと交流する流れになった。


 今日、ダンジョンの入り口が開通したこともあり、シルヴィオとエアハルトは今後のことを話し合いはじめると、席も入り交じり、情報交換が始まった。


 それを私はぼーっと眺める。


 冒険者ではないから、混ざるのも気が引ける。


 今日取りかかった自分の服に何の効果を付与しようかな、と考えていると私の隣の椅子が引かれた。


 そちらを見上げると、ふんわりしたアッシュブロンドの髪の男性だ。彼はにこりと笑って言った。


「隣いい?」


「あ、はい、どうぞ……」


 私が頷くと彼は隣の席に腰を下ろした。


「えっと、たしかトビアスさん、でしたよね……?」


 エアハルトの紹介を思い出して私は話しかける。


「そうだよ、よろしく。君はミナちゃん、でよかったかな?」


「はい、そうです」


 口下手なシルヴィオに変わって、ディートリヒがさらっとした紹介を覚えていたらしい。


 でも冒険者でもない私の隣にわざわざ来たのだろう?


 そう思っていたのが顔に出ていたのか、トビアスがふっと笑う。


「僕は君に興味があってね」


「私、ですか?」


「そう。ちらっと聞いたけど冒険者向けの服を作ってるんだって? あと、冒険者ギルドでミサンガっていう初めて見る回復アイテムを見つけてね。それってミナちゃんが作ってるんでしょ?」


「はい、私ですね。今は売店に並んでるんですよね」


 品薄になっていたミサンガもようやくある程度の在庫になったようだ。冒険者ギルドの方でも念のための備えとして確保しておくといっていたが、その数には達したからか、売店の方に列べられるようになったのだと思う。


「さっそく買ってみた」


 そういってトビアスは腕を見せてくる。そこには私が作ったミサンガがついていた。


「それはお買い上げありがとうございます」


「いやいや、かなりお得だったし、こちらこそ回復アイテムは欠かせないからありがたいよ。ちなみに他には何を作ってるの?」


「他ですか? メインは服ですね。オーダーになるので時間がかかっちゃいますけど……。あとは最近鞄を作りましたね。容量拡大の効果があるやつです。あの三人が付けてるのがそれですよ」


 私は鞄を付けているマリウスとティアナ、イリーネを示した。


 まだおろしたての鞄だが、今日から十二分に活用されている。製作者冥利に尽きるというものだ。


「は? 容量拡大……!?」


「はい、そうですけど」


 三人からトビアスに視線を向けると、彼はぎょっと目を見開いていた。


「……え、君、そんなものも作れるのか!?」


「ま、まあ、はい……」


 静かに、でも明らかに驚愕した様子のトビアスに私は顔を引きつらせる。


 そんなに驚くことだったのだろうか……?


「それじゃあ、服にも効果が付いてるってことかい?」


「そうですね……防御とか回避とか、そこは依頼者と相談してですけど……――あの、そんなにおかしいことですかね……?」


 偵察隊の人たちにも冒険者ギルドの人たちにも普通に受け入れられてたから、そんなに驚かれることだとは思っていなかったので、トビアスのリアクションに戸惑う。


「おかしいだって? おかしいのはアインスバッハにそんなスキルを持った人がいることがいることだよ! いや、ダンジョンの今後のことを考えたらそれはそれでありだな。むしろあってしかるべきだったのかもしれないな。うん」


「は、はぁ……」


 自分の世界に入っているのか、ブツブツ呟くトビアスに私はどうしようと思う。


 そんな私たちの様子を察したのか、他の人たちがなんだなんだとこちらに寄ってきてくれた。


「おい、トビアス、どうしたんだよ?」


 エアハルトが様子のおかしいトビアスに声をかけると、トビアスは勢いよく顔を上げた。


「エアハルト! ここに容量拡大の鞄を作れる職人がいるぞ! しかも服にも効果付与できると言うし!」


 トビアスの言葉を聞いたエアハルトたちパーティーメンバーは一瞬きょとんとした顔になった。


 しかし、次の瞬間、声を揃えて「は?」と言う。


「え、まじかよ」


「ミナちゃんってそんなすごい人だったの!?」


「いいな! 私の服も作ってほしい!」


 堰を切ったように私の方にエアハルトたちが迫ってくる。


「え、え、ちょっと……!」


 急に色めき立った彼らに私は動揺する。


 隅っこにいたはずがまさかこんな状況になるとは思わなくて、私は視界に入ったシルヴィオに助けを求める視線を送った。

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