第八十九話「付与の汎用と自分の服」
一人朝食の片付けをしていると、玄関からノックする音が聞こえてくる。
「はーい」
解錠し、ドアを開けると、そこにはエルナがちょこんと待っていた。
「おはようございます! ミナお姉ちゃん!」
「おはよう、エルナ。さあ、入って」
朝から元気よく訪ねてきたエルナを招き入れる。
「マリウスお兄ちゃんはもう出かけた?」
「日が出る前に出かけたみたいだよ」
今日はダンジョンの入り口開通のための大がかりな討伐を行うとのことで、マリウスはすでに出かけてしまっている。
マリウスが出かける準備をしていたのだろう。階下からの物音で一瞬目が覚めた時、窓の外はまだ暗かった。
ダンジョンの入り口を塞ぐようにしているという蜂の魔物は昼行性らしく、活動がはじまる前に討伐するのが狙いなんだそうだ。
そして、討伐のためには毒を使うと言っていた。
作戦を聞く限り、殺虫材を噴霧して、出口を塞ぐんだそうだ。
蜂の魔物はたくさんの個体が群れになっているから、各個撃破という戦い方がとてつもなく大変らしい。
だから、一網打尽にする方法をとる。
そのやり方だとそれほど難しくはないが、使う毒の量が多いらしく、私の作った容量拡張鞄がないと道中が大変だということのようだった。
さっそく活用してもらえて嬉しい限りである。
「お姉ちゃん、私はブラウスの続きでいい?」
「うん! だいぶ形ができてきたから、あと少しがんばって」
「はい!」
エルナは私が与えていた課題の続きに取りかかる。
それを横目に見ながら、私は何をしようか考えていた。
シルヴィオとディートリヒも新しい鞄がほしいと言っていたから、それに取り組むべきか。でも、本人たちと相談なしにはじめるのは先走りすぎな気がするし……。
ミサンガは日課のような感じで進めている。冒険者ギルドに優先して納品する分は作り終えて、なんならストックもある。
一般販売用の容量拡張鞄を作ってもいいけど、月ツユクサの露の残りが心許ないから、それはシルヴィオやディートリヒの鞄のために取っておきたいし……。
「うーん……」
「どうしたの? お姉ちゃん」
悩んでいる私の様子が気になったのか、エルナが作業の手を止める。
「次は何を作ろうかなって悩んでてね。ミサンガはあるし、急ぎの注文もないから」
「そうなんだ~。……そういえば思ってたんだけど、お姉ちゃんは自分の服は作らないの?」
エルナの言葉に私はきょとんとした。
「自分の服?」
「ほら、今私が練習しているブラウスは私のサイズだからできあがったら着れるでしょう? でもお姉ちゃんは自分の分は作ってるの見たことないなぁって」
「たしかに、今着てるのも古着をリメイクしたやつだね……」
エルナに言われて、たしかにと思う。
こちらの世界に来てから、自分の服を作っていない。
元の世界でも自分で作った服は毎回自分で着るわけじゃなかった。勉強のために既製の服を買うこともあったし。
服を作り始めた頃は自分で着ることを考えて作ることも多かった。けど、服飾の専門学校に入学してからは人に着てもらうということばかりを考えて服を作るようになった。
作った服はサイズが合えば自分で試すこともあったけど、友人やモデルさんに着てもらうことを前提に作っていたりするので、それも多くない。
だからか、エルナに言われて初めて自分の服のことに気付いた。
「たしかに時間がある今のうちに自分の服を作るのもいいかもね!」
「わぁ! 楽しみー!」
私の言葉にエルナが笑顔を弾けさせる。振り返ると冒険者向けの服ばかり作っていたから、そうじゃない服を作って見せるのはこれが初めてになる。
今のところエルナは私のような特殊スキルを持っている訳じゃないから、将来は一般人向けの服を作ることになるだろう。
冒険者の服だけじゃなくいろいろな服を見て学ぶ必要がある。
そのためにも、私自身の服を作って見せるのはいい機会だろう。
それに、私もせっかく鞄作りで覚えた効果の付与方法を今度は服作りに試せる。
刺繍で付与できるのであれば、服作りにも利用できるはずだ。
私の服だから、付与する効果は冒険者向けのものとは違っていても、やり方は同じ。
方法さえ確立すれば、もっと効果の高い冒険者の服も作れるようになると思う。
そうと決まれば、さっそくデザインを考えないと!
私はデザイン帳を開くと、パッと思いついたデザインを描き込んでいく。
まずはトップス。
せっかくなら刺繍が際立つデザインにしたいから、白いシャツがいいかも。明るいはっきりした糸を使って民族衣装っぽいテイストにしてみようかな。
ボトムスはやっぱりスカートかな。
トップスは結構ボリュームがある感じにしようと思うから、スカートはすっきりめにしたい。
フレアスカートだと今とあまり変わらないからひと味違ったデザインにしたいんだけど、何がいいかな……。
マーメイド、ペプラム、エスカルゴ、ラッフル、ティアード……。
一口にスカートと言ってもいろんな形がある。
ざっと形を描いてみると、横から覗き込んでいたエルナが目を輝かせる。
「こんなにいろんな形があるんだ……!」
「そうだよ。こないだ教えたフレアスカートが基本の形で、そこからはぎ合わせる布の形を変えることでスカートのラインもいろいろ変わっていくんだよ」
「うわぁ……! すごい!」
ちょっとデザインを描いただけなのに、ここまで感激されると照れる。
せっかくだからエルナに聞いてみるのもいいかもしれない。
「エルナはどれがいいと思う?」
「え、私!? うーん……」
エルナは真剣な顔で悩み始めた。あまりに深く考えてしまったので、私は苦笑する。
「なんとなく、これ良さそうだな、気になるなって思ったのでいいから」
「えっと、それじゃあ、これ!」
そう言いながら指さしたのはマーメイドスカートだった。
「一番どんな風になるのか見てみたいと思ったから」
「なるほどね。いいかも!」
マーメイドスカートは、裾の部分が人魚の尾ひれのように広がったスカートだ。ウエストからヒップまでは割とタイトで、裾に向かってたっぷりとした生地を使い、広がりをもたせる。
上品で大人っぽいシルエットで、ウエディングドレスにもマーメイドラインとして取り入れられていたりもする。
「じゃあマーメイドスカートにしようかな!」
「いいの? やったぁ!」
「スカートはこんな感じにして……」
私はデザイン帳に改めてデザインを描き込んでいく。それを見たエルナはうんうんと期待するような顔で頷いた。
デザインが決まったところで、次は採寸だ。以前は古着をリメイクしていたので、採寸は必要なかったが、今度はパターンにおこして作る必要があるのでサイズをしっかり測らなければならない。
エルナに指導するためにも必要だ。
「それじゃあエルナ、採寸お願いします」
「はい!」
自分で自分の体を採寸するのは大変な部分もある。そのため、エルナに採寸の仕方を教えつつ、計ってもらうことにした。
つたない手つきながらも一生懸命サイズを測っていくエルナ。その顔は八歳ながら真剣だ。
普段は無邪気な女の子だけど、服に対する姿勢はいつも直向きで。
私も昔はこうだったのかな……。
かつての自分を重ね合わせながら、私はエルナの動きを微笑ましく見守った。




