第八十八.五話「入り口に巣くう魔物討伐」
夜が明けてないうちに、俺たちはアインスバッハを出発する。
今日はいよいよダンジョンの入り口に巣くっている魔物を討伐するのだ。
ミナがマリウス、イリーネ、ティアナに作っていた鞄が一昨日完成したことで、今日こうして掃討に乗り切ることができた。
なにしろダンジョンの入り口で待ち構えている魔物・ポイズンビーは討伐するのに大量のアイテムが必要だ。
ポイズンビーは巣を形成し、大量に出てくるのが特徴。倒すには一網打尽にするしかない。
そのために必要なアイテムを各々鞄いっぱいに持ち、さらには俺、マリウス、ディートリヒ、イリーネは長方形の盾を持っていた。
盾も掃討作戦で使うのだが、これは鞄には入り切らないので、それぞれ担いでいくのだ。
外門を出て、魔物に注意しながら進む。一昨日までこのあたりの魔物をあらかた討伐したので、足を止めるほどの魔物とは遭遇せずに済んだ。
そして、ダンジョンが見えた頃、遠くの山の空が徐々に明るくなってきていた。
俺たちはダンジョンより少し距離がある安全な場所で足を止め、事前に打ち合わせしていた通りに準備をする。
まず、口元を布で覆う。これはポイズンビーを倒すために使う毒を吸い込まないようにするためだ。
さらに手袋をして、手も保護する。
これから倒すのはポイズンビーという名の通り、毒を持っている魔物だ。しかし、弱点は別の魔物の毒なのだ。
全員が口と手を覆ったのを確認すると、俺は手で合図する。
ここからは気付かれないようにダンジョンの入り口に近づくことになる。
昼行性であるポイズンビー。
夜は動きが鈍くなるので、日が出る前が勝負なのだ。
ダンジョンの入り口は、まるで地面にぽっかり空いた穴だ。八十センチ四方くらいの大きさだろうか。人一人どうにか通れる程度のものだった。
耳を澄ませると中から時折羽音が聞こえる。ただ、そこまで活発ではなく、途切れ途切れなので、まだポイズンビーは活動していないようだ。
俺たちはダンジョンの入り口の穴を取り囲むように立ち、盾は一度地面に置いて、それぞれに配っていた必要なアイテムを手に持った。
取り出したのは丸いガラス瓶だ。中には薄青色の粉末がぎっしり詰まっている。
これはポイズンバットの毒を粉末状にしたものだ。ポイズンビーとポイズンバットはお互いが天敵。どちらも毒を持った魔物で、互いの毒に弱いのだ。
とはいっても、それを利用するのもそう簡単ではない。その毒は人間にも有効のため、取り扱いにはかなり注意が必要だ。
ポイズンビーの群れは数が多く、大群で攻撃してくる。倒すのであればその群れを一斉に倒さなければたちまち反撃されてしまう。
巣を一気に根絶やしにするのが定石なのだ。
両手にポイズンバットの毒の瓶を持ったところで、俺は全員の目を見る。準備はいいかと言うように視線を合わせると、それぞれから小さく頷きが返ってくる。
俺は一つ深呼吸をする。
そして――
「投げろ!」
俺の声で、全員が穴に向かってガラス瓶を投げ入れる。
ガラスの割れる音が聞こえたので、中ではポイズンバットの毒粉があたりに広がっていることだろう。
ただ、それだけだと中に十分に充満しない。
そのため、ディートリヒが風魔法を穴の中に向かって放つ。ディートリヒの風魔法に攻撃力はないが、それでも強風程度の威力がある。
今回の作戦には打って付けだ。
俺を含めた四人は、とにかく持ってきたガラス瓶を中に投げ入れていく。ポイズンビーの群れの規模はわからないため、念には念を入れ、相当な数の毒粉を用意した。
討ち漏らしが一番やっかいだからな。
ガラスの割れる音に混じり、ポイズンビーが惑う羽音が聞こえる。
中は毒粉が充満して酷い有様だろう。
毒で目覚めたポイズンビーは逃げ惑いながら、おそらく外に出ようとしてくる。その前にこの穴を塞がなければならない。
どんどん近づいてくる羽音に俺は投げ入れる手を止め「塞ぐぞ!」と次なる指示を出す。
地面に置いていた盾を穴の上に隙間なく重ねようとした時だった。
ブゥン、という音が大きく聞こえたと思ったら、盾と盾の間から一匹のポイズンビーが外に飛び出したのだ。
毒が効いているのか、そのポイズンビーはふらふらとしながらも、俺たちに気付いたらしい。
尻にある毒針で攻撃しようと体をくの字にして襲いかかってきた。
「俺がやる!」
真っ先に反応したのはマリウスだった。俺は今度こそ隙間がないように穴を盾で塞ぎながら、マリウスが討ち漏らした時のために、剣に手をかけた。
しかし、それは杞憂だった。
毒が効いて通常よりも動きが鈍いこともあったのだろう。マリウスは向かってくるポイズンビーを躱し、ショートソードで両断した。
二つに分かれたポイズンビーは地に落ち、やがて毒針だけを残して消えた。
「マリウス、ナイスー!」
ティアナが投擲しようと構えていたナイフから手を離し、マリウスに声をかける。
次の瞬間、マリウスと目が合ったので、俺は小さく頷くと嬉しそうに口角を上げた。
穴を盾で塞いだまましばらく待つ。
はじめは外に出ようと盾に向かって当たってくる手応えがあった。盾が押し返されないようにしっかりと上から押さえつける。
それも次第になくなり、さらに騒がしかった羽音が小さくなり、ついに止んだ。
「全滅したかな?」
ディートリヒの言葉に俺が「おそらくは」と答えると、他の三人の空気が緩む。
しかし、念には念だ。
盾を一カ所だけ慎重に外すと、ダメ押しのようにいくつかの毒粉のガラス瓶を中に投げる。ディートリヒにまた風魔法で中の空気をさらに奥まで押し込んでもらうと、かすかに羽音が聞こえた。
まだ息のあるものがいたらしい。
再び盾で塞ぐとそれが聞こえなくなるまで待った。
「今度こそいいだろう」
俺が言うと、マリウス、イリーネ、ティアナの三人はふぅ~と息を吐いた。
「これだけアイテム投げたのはじめてだよ、私……」
「いっぱいだったのがすっからかん……」
ティアナとイリーネは鞄の中身を見て、しみじみと呟く。
ミナが作ったばかりの容量拡大の鞄には、町を出る際には毒粉のガラス瓶がいっぱいに詰まっていたのだ。
むしろそれほど大量の毒粉をポイズンビー討伐には必要だった。
なので、ミナが作った鞄が大助かりだったのだ。
もしミナの鞄がなければ、盾を担ぎながら大量の毒粉も手で運ぶ必要があった。しかし、投げ入れることで割れるガラス瓶を持ち運ぶのはかなりリスクがある。
なにしろ中に入っているのは毒粉だ。
鞄の中ならば、万が一ガラス瓶が壊れても被害は最小限で済む。
割れないように布で保護をしたおかげで、道中割れたものはなかったようだ。
「シルヴィオさん、この針って拾っても大丈夫ですか?」
マリウスが自分が倒したポイズンビーが残していった毒針を指して聞いてくる。
「ああ、拾っておけ。ポイズンビーの毒は使い道が広いからな」
「おおー!」
マリウスは嬉しそうに毒針を拾い上げる。そのまま鞄に入れるのは危ないが、俺に言われずとも布に包んでから鞄にしまっていた。
「シルヴィオー、そろそろ盾どけてもいいんじゃない?」
「そうだな」
ディートリヒの言葉に俺は頷いた。
「え、塞いでなくて大丈夫なんですか……?」
ティアナが不安そうに口にする。
「ずっと塞いでいたら、毒粉が充満したままで俺たちも入れないからな」
「……そっか、たしかに」
ポイズンビーを倒したが毒粉はもう不要だ。おそらく中にはポイズンビーの残した毒針がたくさん落ちているだろうが、それも毒粉が晴れなければ取りにも行けないのだ。
時間がたち、空気が循環すれば毒粉の効果は消える。
それまではしばらく休憩を取ることにする。
盾を穴からどかすと、俺たちはダンジョンの入り口を離れ、安全な場所に移動する。
あたりはすっかり明るくなり、朝を迎えていた。




