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第八十八話「鞄の受け渡しと次なるステップ」

「おかえりなさい!」


 私が玄関に顔を出しながらそう言うと、中に入る途中だった偵察隊の面々は少し驚いた顔を浮かべてからすぐに「ただいま」と返してくれる。


「出迎えてくれるなんてどうしたの?」


 ティアナの言葉に私はにんまりと口角を上げた。


「鞄が完成したんだ~!」


 ちょっと得意げにそう言うと、ティアナは一瞬きょとんとした後で、ぱあっと明るい表情になった。


「わ~! やったぁ~!」


 喜ぶティアナの声に、彼女の後ろから「なになに?」と声が聞こえてくる。


「鞄できたんだってー!」


 私よりも前にティアナが言うと、「本当か! 俺のは!?」というマリウスの声が聞こえてきた後で、本人が中に入ってきた。


 私は笑いながら「三人の分ができたんだよ」と教える。


「待ってた!」


 いつの間にか室内に入っていたイリーネも、いつもよりはっきりとした表情でずんずんと応接間の方へ進んでいく。


 本来ならイリーネの鞄を一番に作るはずだった。


 いや、完成させたのはイリーネの物が一番早かったが、説明を一気にした方が時間節約になるので渡すのは三人一緒にとしてもらった。だから、イリーネの鞄は先に完成していたけれど、我慢してもらっていたのだ。


 鞄のできあがりを楽しみにしてくれていた三人の期待が嬉しい反面、プレッシャーでもある。


 気に入ってくれたらいいんだけど……。


 そう思いながら、我先にと応接間に入っていった三人を追うように私も戻る。


 その後から、微笑ましげな目をしているディートリヒとシルヴィオがやってきた。


 三人が応接間のソファに座ったところで私は作業をしているダイニングに鞄を取りに行く。


「ミナお姉ちゃん、鞄を渡すの?」


 自分の課題に取り組んでいたエルナは騒がしくなった応接間に偵察隊が返ってきたのを察したらしい。


「そうだよ」


「エルナも見ててもいい?」


「もちろん!」


 私が答えると、エルナは嬉しそうな顔をする。


 エルナはタイミングが悪く、完成した服やアイテムの引き渡しになかなか立ち会えないでいた。


 今日は偵察隊の帰りが割と早いこともあり、エルナはまだ帰る前。いいタイミングだった。


 マリウスの鞄をエルナに持ってもらい、私はイリーネとティアナの鞄を手に応接間に向かう。


 応接間のソファに座る三人は私とエルナが持ってきたものを見て、目を輝かせた。


「ミナ、早く早く~!」


 待ちきれないらしいティアナに急かされるように私とエルナはテーブルに鞄を置いた。


「まずイリーネさんの鞄から説明しますね」


 私は持ってきた鞄の一つをイリーネに差し出した。


 イリーネとティアナ、おそろいの鞄はヒップバッグだ。イリーネに向けての説明は、すなわちティアナも同様なのだが、彼女たちがじゃんけんで決めた制作順に則って話すことにする。


「動きが阻害されず、さらに中身を取り出しやすくということだったので、ヒップバッグ――腰に付ける形の鞄にしました。鞄の形も体に沿うように側面から見るとマチが小さい逆三角の形状なのが特徴ですね。ベルト式なのでサイズ調整はできますが念のため付けてみてもらってもいいですか?」


「わかった」


 イリーネはソファから立ち上がると鞄を腰に当てる。これまで使っていた鞄はリュックだったので多少手間取っていたが、無事に付けることができた。


「おおー! いいね!」


 イリーネが鞄を付けた姿を見てティアナが褒めるように言った。


 それに少し嬉しそうにしながら、イリーネは首を後ろに捻り、腰にある鞄を見ている。


「付けた感じも大丈夫そうですね」


「うん! 体にぴったりしてる」


 付け心地は良さそうだ。


「中も見てみてください」


 私が勧めると、イリーネは背中側にあった鞄を体の右に回して、鞄を開ける。今回三人に作った鞄はどれもフラップトップと呼ばれる蓋布が開口部を覆うように付いている。


 こちらの世界には、ファスナーやスナップボタンがないので、ベルト二カ所で蓋を止めている。


 それを外して蓋を開けたイリーネは鞄に手を入れた。


「……!!」


 イリーネはびっくりしたように大きく目を見開くと、一度手を鞄から抜いて、右腰にあった鞄を回して体の正面に持ってくる。


 そして、上から覗き込みながらもう一度手を入れた。


「すごい……! 広い……!」


 イリーネが感動したように呟く。


 私は彼女の反応に口元が緩む。驚いてもらえて嬉しい。


「この前作った試作品より容量拡大の効果が強くなってるんです! 詳しい効果は冒険者カードを見てもらってもいいですか?」


「わかった」


 イリーネは気になるのか即座に冒険者カードを取り出す。他の面々も効果の内容が気になるのか、イリーネにじっと視線が集まっている。


「……容量拡大、七倍増……!?」


「「七倍!?」」


 ティアナとマリウスが声を揃えて同時にソファから立ち上がる。


「いろいろ工夫した結果どうにかこの数字までできました!」


 私はちょっとだけ得意げに言った。


 鞄の成型をする段階でのイメージを変え、さらに刺繍糸をより付与効果の高いものにしたことで、効果の強さを引き上げることができた。


 ただ、月ツユクサの露の在庫が限られているので、付与効果の高い刺繍糸を使ったのは容量拡大の部分だけになってしまった。


 でもイメージを変えたことで他二つの効果も微増はしている。


 「重量軽減」が三割から四割、「状態保存 時間経過率」が七割から六割、と若干引き上がっているのだ。


 イリーネの鞄と他の二人の鞄は同じ効果になっているので、そのことを教えるとティアナとマリウスは「おおー!」と喜びの声を上げた。


「容量拡大の効果に比べて、重量軽減の効果はそこまでじゃないので、もし鞄が重くて腰に下げられない時は、こんな感じで肩から斜めにかけるようにすれば便利だと思いますよ」


 私は、ティアナの分の鞄を借り、ボディバッグのように体に対して斜めになるように肩からかけて見せる。


 マリウスの鞄も腰に付けるホルスターバッグなので、同じようにできる。


 それを言うと、三人ともなるほどと言うように頷いた。


 マリウス、ティアナにも重複した説明は省きながら、鞄を身につけてもらい、出来を確認する。


 三人とも鞄を付けて嬉しそうにしているので、満足してくれているように思う。


 気に入ってもらえて本当に良かった。


 興奮冷めやらない三人を微笑ましく眺めていると、シルヴィオが「ミナ」と話しかけてくる。


「三人の鞄代金は俺が代わりにギルドに請求しておく」


「お願いします」


「それで、鞄の金額だが……」


「あー……」


 正直なところ、効果付きの鞄の相場がわからない。


 でも自分なりに考えてみる。


 付与効果の価値が、高級ブランドのバッグと同等くらいの価値になると置き換えてみる。ブランドによるが、数万から数十万という感じなのかな……?


 それを踏まえて、シルヴィオに相談してみる。


「えっと、千マルカから五千マルカくらいかなって考えてるんですけど、どうですか……?」


 千マルカは元の世界ではおよそ十万円にあたる。


 シルヴィオは私の考えを聞き、少し考えてから口を開く。


「容量拡大の効果の強さと、さらに二つ効果が付与されていることを加味すると五千マルカでも高くはないな。個別の注文であればさらに高くてもおかしくはないだろう」


「ゼクスベルクなら即売れるだろうね~」


 シルヴィオの言葉にディートリヒが同意するように言った。


 五千マルカは私の中でも結構強気な感じで言ってみたんだけど……。


 予想した以上の価値に私は少し戸惑ってしまう。


 それは私だけじゃなく、さっきまできゃっきゃと喜んでいた鞄の持ち主になる三人も驚いたようだ。


 「五千……!?」と愕然とした声で呟いているのが聞こえてくる。


「どうせ冒険者ギルドが払ってくれるんだし、ふっかけたらいいよ~」


 ディートリヒはにこにこしながらそんなことを言うので、私は慌てて両手を振った。


「いやいやいや、ただでさえダンジョン攻略で大変なのにそれは……」


 タダでというのはさすがに無理だが、ぼったくりのようで本意ではない。


 シルヴィオも同じ考えらしく、ディートリヒを呆れたように一瞥して「五千マルカが妥当だな」と呟く。


「では、それでお願いします」


「了解した」


 シルヴィオが請け負ってくれて私はホッとする。


 容量拡大鞄を納品し、代金もシルヴィオが請求してくれる。


 ここ最近集中して取り組んでいた物が無事、お客様の手に渡ったことで私の仕事が完遂したのだ。


 シルヴィオは「さて」と言って、鞄を手に入れた三人に視線を向ける。


「これで全員容量拡大の効果ある鞄を持ったところで、いよいよダンジョンの入り口をこじ開ける」


 その一言で偵察隊の空気がピリッとしまった。


 鞄の付与効果と価格の高額さに一喜一憂していた三人も真剣な表情になった。


「明日はアイテムの準備をして、明後日からダンジョンの入り口のポイズンビーの掃討をする。その心づもりをしておくように」


 シルヴィオの言葉に偵察隊の全員がしっかりと頷いた。

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