第八十七話「スキルの効率的活用法」
容量拡大の効果を付与した鞄を一度試作してみて、工夫できそうだと思った点はいくつかある。それを踏まえて、冒険者三人の鞄を作ろうと考えている。
まずは素案として考えたデザイン画を見直す。
イリーネとティアナにヒップバッグ、マリウスにホルスターバッグを作ろうと思っている。
中の容量を拡大するなら箱形の方がいいと考えていたのだが、実際作ってみるとそうでもないらしい。私の試作の鞄はわざとマチをなくしたのだが、それでも中の空間は広くなっていた。
ただ、鞄の入り口の大きさは見た目と同じ大きさにしかならない。
なので、マチを薄くして入り口のサイズはそのままにデザインを描き直す。
イリーネとティアナのヒップバッグは、体のくぼみに沿うように横から見ると三角になるような形にする。これなら入り口は横長で広くなるので、アイテムを取り出すのも楽だろう。
マリウスのホルスターバッグは腰から太股にかけて、沿うようにする。体の片側に着ける分、鞄は縦長になってしまうが、バッグの口のサイドを蛇腹にすることで、開けた時に口が開きやすいようにしようと思う。
この上で必要になってくるのは、拡大率をさらに上げること。
私が使うのなら、ポシェットの三倍の大きさの容量で十分便利だが、冒険者の三人にはそれでは足りないだろう。
鞄が小さくなったからといって、元々持っていた鞄と持てる量が変わらないというのは微妙だ。
そのため、もっと強い効果を付与する必要がある。
「効果を強くするとなったら、刺繍の範囲を広げるか、素材をもっといい物にするかだよね……」
『効果を上げる場合はその方法が有効です』
私の独り言に特殊スキル・製作者の贈り物が答えてくれる。
ただ、手芸用品ならともかく、こちらの世界特有の素材知識に乏しい私の手札はそう多くない。
「ひとまず月ツユクサの露を染みこませた刺繍糸を使えば、確実に効果は強くなるからそれでいこうかな」
私は月ツユクサの露を染みこませてある刺繍糸を準備する。効果の強いミサンガを作る時に使っているので、ある程度ストックしているのだ。
しかし、在庫がすごく多いわけではない。現在、月ツユクサの露の入手が困難なため、慎重に使っている。
ダンジョンの出現もあって、冒険者であっても月ツユクサの群生地に軽々とは行けなくなった。
以前、私がマリウスと一緒に採取に行った時にもダンジョンの影響の片鱗なのか、はぐれサンドジャッカル数匹と遭遇した。そんな場所だ。今はダンジョンの影響でどんな魔物がいるかも不明である。
それに、今のアインスバッハには、依頼を出しても受けてくれる冒険者はいないだろう。ダンジョンの影響で町の外で活動する必要がある依頼は相場が狂っている。
月ツユクサの露は中級ポーションの素材でもあるので需要が高いアイテムだということもあり、もしも今依頼をしたらいくらかかるのか……。
ダンジョン攻略が進んで新しい素材が手に入るようになったら、月ツユクサの露のようなものがあればいいなぁ。
そしたら、偵察隊の面々の服もグレードアップできるようになるし!
ただ、今はそう言っても仕方がないので、できうる限りの方法で最大限の効果を付与した鞄を作るんだ!
順番は多少前後するが、形がおそろいのイリーネとティアナの鞄の生地を裁断し、鞄の形に縫い合わせていく。
マリウスのも続けて作っていく。
この時に効果を付与しないように気をつけなければならないのだが、試作の時はひたすら「効果を付与しない~」と心の中で唱えるように縫っていた。
しかし、これは結構効率が悪い。「付与しない」というのがあまり良くないっぽいのだ。
あくまで私の感覚の問題なんだけどね。
こういうことは製作者の贈り物はピンとこないらしくて助言は期待できないので、私がいいように考えるしかない。
製作者の贈り物はイエスかノーかの二択であれば答えてくれる。
そこで、私は考えた末に「効果を付与しない」ではなく、「効果を付与する器を作る」というイメージに変更した。
これがどうやら最適解っぽくて、製作者の贈り物からも『付与効率が上昇します』という答えが返ってきた。
試作の時は、鞄を作りながらも気を抜くと『効果が付与されそうです』とたびたび注意が入っていたが、「効果を付与する器を作る」というイメージにした途端、それもなくなった。
ほんの少しの考えの差で変わる特殊スキルっていうのは、とてもデリケートなんだなと再認識した。
そうして、製作に丸三日をかけ。
「できたー!」
私はバキバキに凝った肩を伸ばすように、両手を大きく伸ばす。
目の前の作業台にはできあがったイリーネ、ティアナ、マリウスの鞄が並んでいた。
「わ~! ミナお姉ちゃん、お疲れ様ー!」
「エルナも手伝ってくれてありがとうね!」
鞄作りに集中するため、いろいろな雑務をしてくれたエルナにも感謝だ。端布や糸くずの掃除や、飲み物の補充などをしてくれただけでも大助かりだった。
そんなエルナはできあがった鞄をキラキラとした目で見つめている。触っていいと言うと嬉しそうに刺繍を撫でている。
私の刺繍の腕も今回の鞄作りで上がった。
こちらの世界に来て不思議なのは、通常スキルが上がるとそれに比例して技術もちゃんと上がるのだ。
今、私の通常スキルは
編み物 Lv.5
縫い物 Lv.5
そして、刺繍をしたことによって、縫い物スキルから派生した
刺繍 Lv.2
というスキルがいつの間にかできていた。これによって刺繍の腕が上昇したようだ。
未だによくわからないスキルシステムに若干の不気味さはあるものの、悪いことではないのでポジティブに受け入れようと思う。
そのおかげもあって注文の鞄も無事できあがったことだしね。
そんなことを考えていると、玄関の方が騒がしい声が聞こえてくる。偵察隊のみんなが返ってきたようだ。
鞄の完成を待ち望んでいた三人のリアクションに期待をしながら、私は彼らを出迎えに玄関へ向かった。




