第八十六話「ほろ酔いの帰り道」
宿屋アンゼルマを出る頃には、外はすっかり夜の帳が下りていて、月と星が綺麗に輝いていた。
宿の前で別れ、私はマリウスと二人で家に向かう。
「いや~、やっぱりAランク冒険者って違うなー!」
並んで歩いているとマリウスは上機嫌に言った。
蜂蜜酒を飲んだからだろう。頬は普段より血色が良く、ほろ酔いの様子だ。
アインスバッハにはシルヴィオ以外にAランク冒険者はいない。そこにやってきたエアハルト。
アインスバッハの周辺よりも格段に強い魔物が住んでいるというゼクスベルクから来たということもあって、冒険者としての経験値が高いようだった。
さらにシルヴィオも以前その町にいたことがあり、エアハルトとも付き合いがあったとなると、シルヴィオに憧れているマリウスは何時間でも話を聞きたかっただろう。
ただ、エアハルトたちも今日この町に着いたばかり。旅の疲れもあると思うし、荷解なんかもしなければならないはず。
また、偵察隊の面々だって明日もまたダンジョンの偵察を進めないといけない。
宿屋アンゼルマも店じまいの時間だということもあってお開きになったのだ。
「そんな人がダンジョン攻略に加わってくれるなら心強いじゃん」
「そうなんだよ! パーティーメンバーも後で合流するって言うしさ! 俺もいろいろ学ばせてもらおうと思ってるんだ!」
キラキラと目を輝かせて言うマリウスが微笑ましい。
いつもしっかりしていて年齢よりも大人びた印象のマリウスが、こうして子供みたいにはしゃいでいるのは珍しかった。
「いいとこ横取りされちゃわない?」
マリウスのテンションに合わせるように、いたずらっぽく言うと、マリウスはムッとした顔をする。
「たしかにその可能性はあるけど、俺だって偵察隊の一員だし、すぐBランクになってたくさん魔物倒して稼いでやるんだ!」
少し子供っぽい口調で目標を語るマリウスに私は自然と頬が緩む。
いつも前向きなマリウスを見ているとこっちも頑張ろうという気持ちが湧いてくる。
「そっか! 私も頑張らないとなぁ」
効果の付与もまだ手探りの部分があるし、それにもっといろんな服を作れるようになりたい。
鞄作りも大事だが、やっぱり服を作るのがデザイナーとして一番やりがいがある。
「……元気になったみたいで良かった」
「え?」
ぽつりと呟いたマリウスの言葉に私は驚く。
「なんかみんなでご飯食べてる時、元気なさそうに見えたからな」
周りにわからないように振る舞ってたつもりだったけど、マリウスは気付いていたらしい。
「あー、もう大丈夫!」
私はにっと笑って返すと、マリウスは心配そうな顔をする。
「何かあったら相談していいんだからな。……役に立てるかはわからないけどさ」
マリウスは優しいな……。
この世界に来てからマリウスには助けられっぱなしだ。もしはじめに出会ったのがマリウスじゃなかったらきっと私は今こうしていられなかったと思う。
マリウスの人柄に触れるだけで、たくさん力をもらっているからね。
「ありがとう! マリウスも冒険者頑張って! 私もいい鞄作るから!」
そう言ってマリウスの背中をバシッと叩く。
わざとらしく「いてっ」というマリウスだけど、全然痛そうじゃなくて……。むしろ鍛えられた背中を叩いた私の手の方がじんじんとした。
「おはようございます!」
直接ドアを叩く音に気付いて玄関に出てみると、エルナがいた。
「今日は早いね、エルナ」
「ミナお姉ちゃんの新しい鞄を早く見たくて!」
エルナには容量拡大鞄を作ることは話していた。エルナの休みである昨日作るということも言っていたので、できあがったものを早く見たくて今日はこうして早く来たらしい。
昨日、エルナの家である宿屋アンゼルマにも持って行ってはいたが、エアハルトや偵察隊の人たちと一緒だったこともあって邪魔しないようにしていたのだ。
それもあって余計に楽しみだったようだ。
「試作だからまだまだなところもあるけど、容量は大きくなったし、まあまあの出来かな」
「わぁ! 楽しみ!」
「ふふふ、ほら、入って」
家の中にエルナを招き入れる。エルナを伴い、いつも作業しているダイニングに向かう。
「エルナ、おはよう」
「マリウスさん、おはようございます!」
ダイニングではマリウスが朝ご飯を食べている最中だった。普段はマリウスが出かけた後にエルナが来るのだが、今日はエルナの方が早い。
マリウスは最後のパンを口に入れ、数回噛むとそれを流し込むようにカッフェーを飲んだ。
「うし、ごちそうさま! それじゃあ、俺は行ってくるな」
「いってらっしゃい、気をつけてね!」
「いってらっしゃーい!」
私とエルナに見送られ、マリウスは偵察隊の依頼に出かけていった。
「さて、私たちもやりますか!」
ダイニングテーブルの上を布巾で拭いて綺麗にしたら、私たちも今日の作業に取りかかる。
昨日は、エアハルトというすごい冒険者に会ったからか若干ネガティブなことを考えてしまったけど、私はやることがたくさんあるのだ。
「エルナ、これが新しい鞄の試作品ね」
「わあ! 見てもいい?」
「どうぞ~」
私が昨日作ったばかりの容量拡大鞄を渡すと、エルナは目をキラキラと輝かせる。
「この刺繍かわいいね! お姉ちゃん、あまり刺繍しないけど新しい鞄にはするんだね!」
「まあ、刺繍が効果付与の肝でもあるからねぇ。もっと練習しないと」
そこそこできるとはいえ、刺繍職人でもないので刺繍の腕はそんなによくない。これからこの方法で効果を付与することが多くなるのであればもっと刺繍の腕を磨かなければならない。
「中がたくさん入るようになってるんだよね?」
「そうだよ。手を入れたらわかると思う」
私の言葉にエルナは鞄の中にそっと手を入れる。
「うわっ! すごい! 鞄の底がずっと遠くにある!」
腕を肘よりもさらに入れてエルナが目を大きく見開いて言った。腕を抜くと今度は鞄の中を覗いている。
エルナの「底が遠くにある」というのは言いえて妙だ。一見したらわからないが、鞄の中をよく見ると実際にそうなっている。
鞄の外形から推測した鞄の内容と、実際の内容が違うからはじめて見たときは私も自分が作ったものながら頭が混乱したけれど。
「ミナお姉ちゃんは、この鞄をたくさん作るんでしょ? すごいなぁ!」
「エルナも今日から新しい服を教えるからね」
「本当!? がんばる!」
やる気十分なエルナに私は頬を緩め、今日からエルナに教える課題を準備する。
「今日から教えるのはブラウスの作り方ね。アンゼルマさんからエルナが着れなくなったブラウスをもらったからこれを使って教えていくよ」
「はい!」
こないだまではスカートの作り方を教えていたため、今度は上衣を教えようと思う。
私はあらかじめアンゼルマさんから譲ってもらったエルナのお古のブラウスをテーブルに広げる。
ラウンドネックにバルーン袖の子供らしいかわいいデザインのブラウス。
エルナも自分の着ていた服だから当然覚えているようで「去年まで着てた服だ!」と懐かしそうにしている。
私が一から型紙を作って教えても良かったのだが、元ある服を解いて構造を確かめた方がわかりやすい。
特に、以前実際に自分が着ていた服なら着用感も覚えているだろうし、思い入れもあるだろう。
また、子供用のブラウスは体に凹凸が少ない分、構造がシンプルだ。故に教材としてはもってこいだ。
まずここからはじめていろいろと応用をしていった方が学びやすいと考えた。
私もはじめて服を作った時は、自分の着ていた服をばらしてそれを元に作ったものだ。
はじめは型紙を見ただけではどう完成するか想像できない。でも、着用したことのある服ならば完成形がわかっているので、それを目指して作れるのだ。
「じゃあ、まずは縫い目の糸を全部解すところからね。ただバラバラにするんじゃなくて、どう
やって縫われてるかも見ながらね」
「はい!」
私の指示にエルナは真剣な顔で返事をする。エルナが作業に取りかかるのを見守りながら、私も私で鞄作りの準備に取りかかった。




