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第八十四話「他の町の冒険者」

「ライナーさん、ありがとうございました」


「おう! 注文分を作り終わったらギルドに卸してくれてもいいからな?」


「考えておきますね」


 思いがけずライナーに鑑定してもらうことができ、本来の目的以上に明確な結果を知った私は、偵察隊のメンバーを連れてギルドを後にすることにした。


 日暮れも間近なこともあり、少し早めに晩ご飯を食べることになったのだ。偵察隊のみんなは明日も魔物の討伐をしなければならないので、休めるときに休んでおくに限る。


 シルヴィオが予想以上に高性能になった容量拡大鞄の製作費をギルドに交渉してくれると請け負ってくれたことで、イリーネ、ティアナ、マリウスの三人はホッとしたらしい。今は三人とも上機嫌で歩いている。


 ギルドの建物を出ると、空が赤く染まりはじめていた。


 ティアナがうきうきと歩きながらイリーネに「今日のご飯、なんだろうね?」と話すのを聞いていると、突然「シルヴィオ?」と横から声がした。


 私たちは足を止めて声の方を見るとシルヴィオと同年代くらいの男女がいた。


「やっぱりシルヴィオだ! 久しぶりだな!」


 シルヴィオの顔を見るなり、男性はにこやかな表情で駆け寄ってきた。


「……エアハルトか」


 どうやらシルヴィオと彼らは知り合いらしい。女性の方も「久しぶりー!」と声をかけている。


「新しくダンジョンができた町がシルヴィオの出身地だって聞いた時、もしかしてと思ったがやっぱりいたか! 心強いな!」


 そう言って、彼は陽気にシルヴィオの肩を叩いている。


 まるで夕焼けが映ったかのようなオレンジ色の髪をした男性。体格や格好からして冒険者だというのが一目でわかる。


 装備も使い込んではいるが、しっかりと手入れされ大事に使われているようだ。


 私はそこまでたくさんの冒険者を見てきたわけではないけれど、この人はきっとすごい冒険者なんだろうと思う。立ち姿や雰囲気が、以前アインスバッハに大勢いた新人冒険者とはまったく違っていた。


「そっちはシルヴィオのパーティーメンバーか? 紹介してくれよ」


「まあいいが……」


 男性がシルヴィオと一緒にいた私たちに好奇心いっぱいの目を向けてくる。紹介を迫る彼にシルヴィオはやや困惑気味に顔を曇らせる。


「あー、ここじゃなんだから飯でも食べながらの方がいいんじゃない~?」


 見かねてディートリヒが提案する。


「それもそうだ! 俺たちもさっき着いたばかりなんだ! しばらくは宿を取ろうと考えているからおすすめのところがあれば教えてもらいたいしな!」


 ちょうど私たちも食事に行こうとしていたところだったので、彼らを連れて宿屋アンゼルマに向かった。



「いらっしゃい~! あら今日はやけに人数が多いね」


 ぞろぞろとやってきた私たちを見て、宿の女将であるアンゼルマは少し驚いたように目を見開いた。


「八人ですけど大丈夫ですか?」


 マリウスが言うと、アンゼルマは嬉しそうに笑うと「もちろんさ」と全員を室内に招き入れる。


「今日はなんとシュニッツェルの日だからね! うちの看板料理の日だから大歓迎だよ」


「やった!」


 マリウスは大好物のシュニッツェルが出てくる日だと知ると小さくガッツポーズする。宿屋アンゼルマで人気の料理であるシュニッツェルは、薄く叩いて伸ばした肉に衣を付けてあげた料理だ。いわゆるカツレツである。


 宿の主人であるローマンの作るシュニッツェルは絶品だ。シュニッツェルが献立の日は、いつも以上に食堂が混み合っていた。


 しかし、冒険者の数が少ない今は、最近の中では店内は人がいるが、それでも以前のように満席というわけではなかった。


 四人がけのテーブルを二つくっつけた席をアンゼルマが用意してくれる。


「こぢんまりとしているがいいところだな!」


 オレンジの髪の男性が席に座りながら言った。


「うちは家族でやってるからね。小さいけど料理のおいしさは保証するよ!」


 彼の言葉が耳に入ったらしいアンゼルマは気分を害した様子はなく、ウインクをしてから両手に持っていたお皿をテーブルに置いた。


 揚げたてのシュニッツェルにレモン、塩ゆでにしたじゃがいも。ライ麦パンが今日の夕食だ。


 おいしそうな料理を見た途端、私のお腹が空腹を訴えてきた。今日一日バッグ作りに集中していたからなのか、お腹がペコペコだった。


 全員に配られたところでまずは食べることにする。


 サクッと揚がった衣に齧りつくと、食べ応えのある肉の味が口いっぱいに広がる。カツレツは元の世界にもあり、たびたび食べていたので、とても馴染み深い料理だ。


 次にレモンを絞る。レモンの酸味がさっぱりとして、私はこちらの方がより好きだ。


 しばらく料理に舌鼓を打っていると、オレンジ色の髪の男性が咳払いをした。


「えーと、それでいつメンバーを俺は紹介してもらえるんだ?」


 シルヴィオは、もぐもぐと口を動かしながら、そういえばそうだったな、と言わんばかりにゆっくりとそれを呑み込むと口を開いた。


「……新しくできたダンジョンを一緒に偵察しているメンバーだ」


「おお!」


 シルヴィオの言葉に男性はさらなる紹介を期待するように言う。しかし、シルヴィオはそんな彼を見て、若干うっとうしそうな視線を向ける。


 嫌っているわけではなさそうだが、面倒だと思っているような空気をひしひしと感じる。


「シルヴィオに任せてたら夜中になっちゃいそうだから、勝手に自己紹介するよ~。僕はディートリヒ。領主のお抱え魔法使いで、シルヴィオとは昔パーティーを組んでたんだ」


「おお! シルヴィオが前に魔法使いとパーティーを組んだことがあると言っていたが、君だったのか!」


「へえ~」


 ディートリヒはニヤリと口角を上げて、シルヴィオに視線を送る。シルヴィオはしれっとした顔で塩ゆでのじゃがいもを頬張っている。


「じゃあ、お次はマリウス」


 ディートリヒが向かいに座るマリウスにパスする。


 すると、マリウスは口にあるものを慌てて飲み込んだ。


「あ、俺はマリウスです。まだ新人ですけど、シルヴィオさんにはいろいろとお世話になっていて……!」


「ほうほう! 新人だけどシルヴィオとパーティーを組んでるってことはそこそこのランクなのかな?」


「今はCランクです」


「新人でCランクはたいしたものだ!」


 男性の言葉にマリウスは少し照れたように口元を緩めた。


 すると、私を挟んでマリウスとは逆隣に座っていたティアナが「はいはーい!」と元気よく手を上げる。


「私とイリーネもCランクですよ~!」


「そうなのか!」


「私はティアナっていいます! 普段は弓を使います!」


「イリーネ。槍使いです」


 元々パーティーだった二人がまとめて名乗る。


 そして、最後に残ったのが私だった。


 男性冒険者とそのパートナーらしい女性の視線が私に向かってくる。


「えーっと、私は冒険者じゃなくてですね……」


 言いながらそれは格好を見たらわかるよなと思いながらも、どう話すべきなのか考えてしまう。


 シルヴィオは私のお客さんではある。


 でもそれ以外の関係はなんと言っていいのか……。


 偵察隊に協力しているとはいえ、シルヴィオ個人との関係は改めて考えてみると言葉にするのが難しい。


 友達、ではないと思う。


 知り合い……? でもそれよりはもう少し親しいと思いたい。


 ひとまず名前と職業を名乗ることにする。


「ミナ・イトイといいます。冒険者専用の服を作っています」


「格好から冒険者じゃなさそうだと思ったが……。冒険者専用の服、とな……!」


 私の職業を聞いて、彼は目をキラリと輝かせた。興味があるようだ。


「偵察隊の人たちには、装備できるアイテム面で協力しているんです」


「おお、それは詳しく話を聞きたいな!」


 男性は私の言葉に身を乗り出すようにして食いついてくる。しかし、そこでシルヴィオが「エアハルト」と口を挟んだ。


「おっと、そうだった。こちらがまだ名乗ってなかったな」


 そう言って、彼は居住まいを正して口を開いた。


「俺は、エアハルト。ゼクスベルトを拠点にしているAランク冒険者だ」


「Aランク……!」


 マリウスが目を見開きながら、思わずといった風に声を上げた。ティアナとイリーネも驚いた様子だ。


「しかも、ゼクスベルトって上位ランクの冒険者が集まる町……」


 マリウスが独り言のように呟くと、エアハルトはにっと口角を上げた。


「ゼクスベルトのことを知っていたか」


 その言葉にマリウスはハッと自分が呟いていたことに気付く。


「あのっ、噂には……」


 そう言いながらちらりとシルヴィオに視線を向けたところを見ると、彼から何かしらの話を聞いたのだろう。


「そのゼクスベルトからダンジョン誕生の噂を聞きつけて駆けつけたんだ。パーティーメンバーはそれぞれ旅支度に時間がかかりそうだったから、先に拠点を探しておこうと俺とユッテが先行してやってきたんだ」


 エアハルトはそう言って、隣に座る女性に目を向けた。


「ユッテよ。Bランクね。エアハルトのパーティーメンバーよ。他に三人いて、あなたたちと同じく五人で活動しているわね。よろしく」


 くせのないキャラメルブロンドにエアハルトの髪色によく似たオレンジ色のメッシュが一筋入った長い髪をサイドテールにした女性。彼女・ユッテも冒険者だからか、すらりとしていながらも、健康的な体型をしている。


 エアハルト同様、明るくてはっきりとした印象を受ける。


 普通なら好印象しか抱かないはずだろう。私も彼女に対しての印象は悪くない。


 でも、彼女の言葉に少しだけ引っかかりを覚えた。


 『あなたたちと同じく五人で』


 それは偵察隊のことを指して言っているから間違ってはいない。


 偵察隊は冒険者五人のパーティーだ。


 ――私は偵察隊ではないから、その中には入っていない。


 私は冒険者じゃないから、至極当然のことなのだ。


 けれど……


 それを今日初対面の人に改めて言われ、私は小さな疎外感を覚えた。


 今も、このテーブルに冒険者じゃないのは私だけ。


 ミサンガや容量拡大鞄の製作もあって、偵察隊結成時から彼らに関わってきたし、打ち合わせを私の店でやっているからか、気持ち的には偵察隊の一員のような気分でいた。


 しかし、それを知らない人から見たら、私はただ知り合いの仕立屋さんでしかないのだろう。


 全員の紹介が終わったところで、さっそくと言わんばかりにエアハルトがシルヴィオにダンジョンのことを質問攻めにしていく。他のメンバーも加わり、冒険者談義がはじまった。


 賑やかなそれを聞きながら、私は一人取り残されたような気持ちになる。


 手持ち無沙汰に、食べかけのシュニッツェルを囓る。


 それは、すっかり冷めてしまっていて、いつもおいしいはずのそれが今日ばかりは味気なく感じた。

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