第八十三話「重さの軽減と価値の上昇」
作ったバッグの効果を検証するため、私は偵察隊の面々と共に冒険者ギルドにやってきた。
いつもなら夕方のこの時間帯は、依頼の達成報告をする冒険者でギルドが混み合うのだが、冒険者ギルドは閑散としていた。
私は隣のマリウスの服をちょんちょんと引っ張ってから小声で話しかける。
「ギルドって最近こんな感じなの……?」
「ああ。冒険者がいないからなぁ。依頼自体も内容が制限されてるし。討伐やアイテム採集の依頼は受け付け停止にされてるらしいぞ」
「そうなんだ……」
「町の中でできる力仕事とかの依頼はあるから、朝はそれを受けに来る冒険者もいるけど、前に比べたら少ないな。それも早い時間に終わるだろうから」
以前はとても賑わっていた冒険者ギルドがほぼ開店休業のような状態。
仕方ないことではあるけれど寂しく感じてしまう。
アインスバッハに長く住んでいるわけではないけれど、それでも数ヶ月過ごした町だ。初級冒険者が集う町ということもあって、冒険者ギルドが町の中心だった。
それが今やこんなに静かで……。
人がいると諍いもある。私とマリウスもいちゃもんを付けられたことがあった。
しかし、ここまで人がいなくなり、閑散とした光景を見るとそれさえも名残惜しい気がしてくるのだ。
「ミナちゃん、こっち」
ガラガラの冒険者ギルドに一人もの悲しさを感じていると、先にいるディートリヒが私を呼んだ。
足を進めたのは鑑定部門のカウンターだった。
そこには部門長であるライナーが一人椅子に座り、鉱石のような石をルーペで覗き込んでいた。
私たちがぞろぞろとやってきた足音に気付いたのか、彼は顔を上げる。
「おや、偵察隊の面々にミナも揃ってどうした?」
「ライナーさん、計りって使ってもいい~?」
ディートリヒの言葉にライナーは不思議そうに首を傾げる。
「いいが……何に使うんだ?」
「ミナの作った鞄の効果を確かめるためにね」
「ほう、今度はどんなもんを作ったんだ? よかったら見せてもらってもいいか?」
ライナーは興味を惹かれたのだろう。食いついてきた。
「私の方こそライナーさんに鑑定してもらいたいです!」
鑑定部門長を務めているライナーは鑑定のスキルを持っている。
私が効果の付与結果を確かめるのは冒険者カード越しで、しかも自分が作ったもの単体でしか見ることができない。
だから、たとえば同時装備によるセット効果なんかは私の方では確認できないのだ。
「おお、いいぞいいぞ!」
快諾してくれたので、私はまず鞄をライナーに手渡す。
「見たところ容量の拡張効果のある鞄か?」
「そうです。はじめて作ったので効果がちゃんと付与されてるかどうか確かめたくて……」
「容量拡大が三倍に、重量が三割減、状態保存の時間経過が七割、ってとこか?」
「私の付与結果も同じでした!」
ひと目見ただけでライナーはあっさりと付与されている効果を言い当てた。さすが鑑定部門長だ。
「計りを使うのは、重量軽減がされてるかどうか確かめるためだな。他のは確かめたのか?」
「はい、だいたいは」
「鑑た感じ大丈夫だと思うが、実際にやってみたほうがいいだろう」
そう言って、ライナーは計りの準備をはじめる。
ギルドで使っている計りは吊り下げ式だ。目盛りが付いている部分の下に大きいフックがあって、ものを載せやすいような浅めのトレーが吊り下げられている。
「まずはものを中に入れずに計ってみるぞ」
私が作った鞄と一緒に拳サイズの重りをトレーに載せる。フックに重さがかかると目盛りが動いた。
「この目盛りの位置を覚えておいてくれ。次だ」
トレーから鞄と重りを降ろすと、今度は鞄の中に重りを入れる。そして、再びトレーに載せた。
「おお!」
目盛りの針は先ほどよりも軽い位置を指していた。おおよそ三割ほど減っている。
「本当に減るんですね……!」
自分で作った鞄ながら不思議だ。
状態保存に関しては、元の世界に保冷バッグや魔法瓶があるので、同じようなものと捉えれば良かったし、容量拡張に関してはシルヴィオの鞄で体験していたため、自分で付与したものもそこまで驚きはなかった。
しかし、重量軽減に関しては、まるで手品を見ているような気持ちになる。重さの三割はどこに消えてしまったんだろうか?
「すごい……」
私が鞄と重さの目盛りをまじまじと眺めながら呟くと、ふふっっと笑うディートリヒの声が耳に入った。
「ミナちゃん、自分で作っておいてすごいって……」
「いや、あっ、違くって……! 付与効果がすごいって意味で!」
改めて考えるとまるで自画自賛しているような言葉だと気付き、私は慌てて否定する。
「まさか本当に付与できるとも思ってなかったし、効果が発揮されてるのもはじめて見たから……」
「おいおい、よくそれでこんな大層なもん作れたなぁ」
ライナーが若干呆れたような声で言う。
「それもそうよね!」
「うん」
ティアナとイリーネがしきりに頷きながらライナーの言葉に同調する。
「え? ダメだった……?」
みんなの希望があったから私はそれを盛り込んだだけだ。
「いや、ダメじゃないけどさ、作ろうと思ってすぐ作れるのがすごいんだよ」
マリウスが苦笑しながら続いた。
「そう、なのかな……? でもこの効果が付与されてたら便利だよね?」
ものがいっぱい入って、軽くて、状態も変わりにくいバッグはとても役立つはずだ。
「っあははは! ミナちゃんは最高だね! いいよいいよ~! 君はそのままでいてね」
「は、はぁ……」
突然爆笑しだしたディートリヒに私は呆気にとられる。よくわからないけど、まあ、便利なアイテムがあるに越したことはないだろう。
というか、この鞄はあくまで私用に作ったお試し品なので、冒険者の彼らに作るものはもっと効果を上げるつもりだ。
あっ、でもあまり効果を上げすぎたら商品価格が上がっちゃうから、ギルドからの経費を心配してるってことかな?
せっかく作っても私に収入がないのは困るし、それぞれオーダーした意味がなくなってしまう。
「……これから作るみんなの鞄の費用はギルドに請求するって言ってましたよね? ……あまり効果を盛りすぎたら価格も高くなると思いますけど、大丈夫ですか?」
私がおずおずと切り出すと、マリウス、ティアナ、イリーネの三人はハッとした顔をした後で、一斉にシルヴィオに視線を向ける。
不安と期待の入り交じる目を向けられたシルヴィオは、ややあってハァ、と息を吐き出すと「交渉する」と呟いた。




