第八十二話「効果の検証」
『――「状態保存 時間経過率:七割」が付与されました』
三つの効果のうち、最後の付与が終わったのを確認して私は刺し終わりをしっかりと留めた。
「できた……」
縫うときにくしゃっとしていた布を伸ばして形を整えると、私は鞄を両手で持つ。
黒い布地に赤、白、緑の刺繍糸が鮮やかに映える。チロリアン柄のような模様になった刺繍の出来に私は小さく頷いた。
そして、集中するうちにつめていた息をふうと吐き出し、一度深呼吸すると顔を上げる。
「おつかれ~」
「……っうわ!」
私は至近距離にある顔に驚き、声を上げながら仰け反った。
にこにこと私を覗き込むようにしていたのはディートリヒだ。さらに周りを見回してみると、偵察隊の他の面々も応接室の方に揃っていた。
「えっと、おかえりなさい」
びっくりして早鐘を打つ心臓を抑えながらも声をかけると、彼らからも「ただいま」と返ってくる。
「いつの間に帰ってきてたの?」
私が聞くとマリウスは苦笑する。
「少し前に戻ってきたんだけど、集中してたみたいだからな」
「声かけてもミナってばまったく反応しないからびっくりしちゃったよ。マリウスがスキルを使ってるときはいつもこんな状態だって言ってたから終わるまで待ってたんだ」
ティアナの言葉に私は目を丸くする。たしかに特殊スキルを使っているときはいつも以上に集中しているけれど、声が聞こえないほどだとは思わなかった。
「物作り系の特殊スキルはそういう人が多いね~。かなり無防備になるから気をつけた方がいいよ」
ディートリヒの言葉に私はハッとする。周りの声が聞こえないくらい集中しているならそれは無防備にもほどがある。
今日はエルナがお休みだったこともあって、一人で作業をしていた。頻繁にお客さんが来るお店じゃないけれど、お店自体は開けていたので誰でも入ってこられる状態だったのだ。
これがもしエルナがいたとしても、彼女はまだ子供。お客さんとして来る人のことを疑いたくはないが、万が一のことがある。
「それはちょっと気をつけた方がいいですね……」
午前中だけお店を開けるとか、考えた方がいいのかな。特に今は鞄の製作を立て続けにしなければならないから集中して作業をする時間が多くなる。
ただ、最近のアインスバッハは、冒険者の数がとても少なくなってしまったので、お店を開けている必要性があまりないような気もする……。
「ねえ、それでその鞄はできたの?」
ディートリヒは私が持っている鞄を指さした。彼は好奇心いっぱいのわくわくした顔をしている。
さっき至近距離に顔があったのも、私が鞄を作っているところを近くで見ていたからのようだ。
「ちょっと確認しますね」
私は自分の冒険者カードを取り出すと、鞄を持ったままカード表面にある丸い部分に指を当てた。
すると、カードのから飛び出すように情報がホログラム状に出てくる。
アイテム:容量拡張バッグ
製作者:ミナ・イトイ
所有者:ミナ・イトイ
効果:容量拡大 三倍増
重量軽減 三割減
状態保存 時間経過率:七割
「試しに作ったものにしてはいい感じ……?」
効果の付与状態をカード上で確認したところで、実際に中に手を入れてみる。
「おお……! 本当に広くなってる……!」
予想していた位置に底がなく、私は肩まで手を差し込んだところで行き止まりに指が触れた。
今回作った鞄は、B5サイズほどのポシェット型。マチも十センチ付けた。それが三倍ということはかなり内容量が多くなった。
「どうやら付与は成功したみたいだね」
見守っていたディートリヒが私のリアクションから察したらしい。
「容量は三倍になっていると思います。ただ、軽量化と状態保存は、今は確かめてないのでなんとも……」
というか軽量化はなんとなく調べられるけど、状態保存はどうやればわかりやすいのか……。
確かめる方法を想像していると、ディートリヒが「見せてもらってもいい?」と手を出したので私は「どうぞ」と鞄を渡す。
魔法使いの目から見て、私の作った鞄はどうなのか確かめてほしいと思った。
「ちゃんと容量拡大してるね。なるほど……この刺繍模様がミナちゃんのスキルと結びついてるのか」
さすが希少な魔法使い。私の特殊スキルでの付与方法をすぐ見抜いたようだ。
「この刺繍模様であればどんな布でも付与できるってことかい?」
「いえ、私が成型した服じゃないとダメみたいですよ」
「そうなんだ~。そううまいスキルはないよね、残念」
ディートリヒはそこまで惜しくなさそうな顔で肩を竦める。特殊スキル自体、割と珍しいもので使い方も能力も千差万別らしい。
私の場合、服作りに活かせるスキルなのでいろいろ利用できているものの、中には何に使えばいいんだろう? と思うような謎なスキルもあると以前聞いたことがある。
だから、ディートリヒもできたら便利かもくらいでそれほど期待していたわけではないのだろう。
「うん。効果はちゃんと付与されているね。実際に効果が発揮されているかは検証しないとってところだけど……。そうだ、ミナちゃん」
「はい」
「カッフェーを二杯淹れてくれる?」
「カッフェーですか? いいですけど……」
唐突なリクエストに私は首を傾げながらも席を立つ。ついでに、他の人にも「飲む人いますか?」と聞くと全員が頷いたので、併せて淹れることにした。
手が空いていたイリーネが手伝ってくれる。
「早く鞄ほしい」
「明日から作りはじめるからね」
「うん」
今日作ったものは、お試しだからあげられないが、効果が付与できたのが確かめられたらそれを活かして彼女たちの鞄を作ろうと思っている。
熾烈なじゃんけん争いの結果、一番最初に手に入れられるのがイリーネのため、待ち遠しいようだ。
そんな話をしつつ、カッフェーが人数分に加え二杯分淹れ終わる。
「ディートリヒさん、これをどうするんですか?」
「一つはここ。もう一つは――」
ディートリヒはミナが持ってきたカッフェーのカップの一つとテーブルに置き、もう一つを鞄の中に入れた。
「これで冷め方を見れば状態保存の効果が発揮されてるか確かめられるよ」
「なるほど……。あ、でも布に包むこと自体冷めにくくなるんじゃ……」
ディートリヒは状態保存の効果があるなら、ただ置いておいたカップのものよりも鞄に入れたカッフェーの方が冷めないのでは、と思ったようだ。
ただそれには難点がある。ティーカップのお茶が冷めないようにかぶせておくティーコージーのように、物理的に布に包むと冷めるのを防ぐことができる。だから鞄に入れること自体温度を保っていることになってしまう。
「鞄に使ったのと同じ布に包んだらどう?」
ティアナの言葉に、私は「それがいいね!」と頷くと同じ布を取り出した。
表地と裏地を重ねたものを折りたたんで袋状にすると、その中にカップを置く。カッフェーがこぼれないようにそっと布をかぶせた。
「これなら差がわかるかな」
「うん、いいね~!」
あとは布に包んだカッフェーの方が冷めるのを待つのみだ。
各々に淹れたカッフェーを飲みながら、今日の偵察の様子を聞く。
「今日はダンジョン周辺の魔物の討伐だな」
「ひたすら狩って狩っての繰り返しだったよ」
シルヴィオの言葉に、マリウスがちょっとだけげんなりした表情をしながら続く。
「楽と言えば楽だけど、同じ魔物を延々倒すのは飽きてくるよね……」
ティアナもマリウス同様、うんざり気味の様子だ。
「ダンジョンの方はいいんですか?」
「そっちは特殊なアイテムがないと討伐できない魔物がいるから、それが揃うのを待っているところだ」
ミナの問いにシルヴィオが答える。補足するようにディートリヒが口を開いた。
「その間に障害になりそうなダンジョンの外の魔物をできるだけ少なくしておこうってわけ」
「なるほど~」
ダンジョンに到着する前に魔物との交戦が少ない方が体力的にも時間的にも楽なはずだ。ダンジョン攻略が始められなくても、やることはいろいろあるんだなぁと私は納得した。
そうこうしているうちに、布で包んだ方のカッフェーが冷めたようだ。
私が試しに飲んでみると人肌くらいの温度になっている。
「鞄の方はどうかな?」
こぼさないように鞄の中から取りだしてみると、カップはまだ温かかい。
そっちも一口飲んでみると、明らかに温度が違っていた。
「すごい! こっちはまだ温かいよ!」
ティアナとイリーネも試してみたいというので、それぞれのカッフェーを飲んでもらう。
「本当だ! 鞄の中に入れた方も冷めてはいるけど、こっちより全然温かい!」
「違いは歴然」
二人の言葉もあり、見ていたディートリヒ、シルヴィオ、マリウスの三人も納得したような表情を浮かべた。
「残る軽量化は計りがあれば一目瞭然だけど……」
「あー、うちにはないですね……」
ディートリヒの言葉に私は横に首を振る。
元の世界では身近にあった計り。体重計や料理用の計量器は家庭にあっても珍しくないが、こちらの世界ではそうではない。
量り売りの商売をしている人や、料理屋さんであれば持っているが、一般家庭にあることはそうないものなのだ。
「じゃあ、ギルドに行って確かめてみるしかないか」
冒険者ギルドならば、素材の重さを量るために使用しているのを度々目にしてる。
ディートリヒの提案で、私たちは冒険者ギルドに向かうことになった。




