第八十一話「新たな付与の仕方」
翌日から私は鞄作りを開始した。
まずは素材からだ。
鞄の素材はいろいろある。丈夫で手入れによっては長く使える素材といえばやはり革製。ただこれは素材の値段が高い上に、私にそれほど革加工の技術があるわけではないので除外する。
革の次に丈夫で加工がしやすいとなると合成皮革や人工皮革だ。これらはフェイクレザーと呼ばれているもので、ナイロンやポリエステル生地に樹脂をコーティングして作られている。
本革よりも手入れが楽な上に価格も安価なので、最近は鞄や靴を中心によく使われている素材だ。
……ただそれは元の世界では話。
こちらの世界にその素材があるはずもないので、却下だ。
残るは布製。
「さすがに帆布はあるよね」
私は布地のお店で求めていた素材があったことにホッとする。
どうやら服用の生地に比べたらやはり需要は少ないようだが、それでも活用の幅が広い帆布は売られていた。
帆布とはその名の通り、元は船の帆に使うための厚手で丈夫な布のことだ。キャンバス生地とも呼ばれ、油絵のキャンバスに張られているのもこの布だ。
非常に丈夫なので、鞄、靴をはじめテントの天幕などにも使われている。
色のバリエーションはあまりないのが残念だが、それでも黒、茶、紺の三色があったのでそれぞれ購入した。
そして、糸を取り扱うお店にも寄り、大量の刺繍糸を買った。
「またミサンガかい?」
店主がおまけをしてくれながら話しかけてくる。ミサンガの基本的な材料は刺繍糸。店主も私がミサンガの製作者だということは知っていて、いまではすっかり常連だ。
「今日は鞄作りに使うんです」
「鞄に? 装飾用かい?」
「そのようなものです」
「また凝ったものを作るんだね」
感心したように言う店主の言葉に私は曖昧に微笑みながら、購入した大量の糸を受け取って店を出た。
自宅に戻ると、作業テーブルに買ってきた材料を広げる。
「さて、やりますか!」
気合いを入れるように腕まくりをして、私は鞄の作成に取りかかった。
冒険者三人の鞄を作るよりも前に、まずは自分用を作ることにした。
何しろ鞄に効果を付与すること自体もはじめてだし、付与する効果もこれまでと違っている。
本当にできるかどうか試してみないことにはわからない。
『まずは土台となる鞄を作ってください。このとき、絶対に効果を付与しないでください』
「う……、わかった」
私のスキル『製作者の贈り物(ルビ:クリエイターズギフト)』の指示に従い、私はまず鞄そのものを作っていく。
鞄の構造はすごく単純だ。
斜めがけのショルダーバッグなのだが、袋状の部分に蓋をかぶせ、ベルトで留めるようにする。
なのだが――
「付与しない……付与しない……」
私はブツブツと呟きながら裁断した布を縫い合わせていく。
普段は付与するために効果に意識を集中して作っているため、それとまったく逆のことをしないといけないため、今回は結構大変だ。
集中すると効果が付きそうになるので、そのたびに『効果が付与されそうです』と製作者の贈り物から注意が入る。
そのたびにハッとして、集中力を散らすということを繰り返して、私はどうにか鞄を作り上げる。
できあがった途端、どっと疲れを感じながら製作者の贈り物に次の指示を仰ぐ。
『次は効果を付与するための刺繍です』
「刺繍……」
苦手なものがきて私はげんなりとする。できないことはないけれど、刺繍はとにかく大変なのだ。
特にこちらの世界には刺繍ミシンなんてないし。
たとえあったとしても、効果を付与するとなれば私の手作業でなければならないので、使うこともできないし……。
ここでうだうだしていても仕方ない。
マリウス、ティアナ、イリーネのためにも作らないと。
ぐったりと力を抜いていた姿勢を正し、意識を切り替える。
「それでどうすればいいの?」
『色や模様、どちらでもいいですが、付与したい効果を紐付けます』
「紐付ける?」
『効果一つ一つに特定の色や模様を決めていくのです。それを組み合わせて付与していきます』
「なるほど。それは私が決めていいのね?」
『はい。効果を認識しやすくすることが目的なので大丈夫です』
はじめてのやり方だけど、要はこの模様の場合はこの効果が付くよ! というのがわかりやすくなるということか。
色に紐付けると、その色しか使えなくなるので今後を考えるとあまり良くないだろう。
となると刺繍の模様に紐付けるという方法になる。
私はデザイン帳を取り出すと、刺繍の柄を描いていく。
刺繍は一つの模様を連続して装飾していくことがよくある。組み合わせができるようなものを考えていく。
容量拡大の効果は蔦。
軽量化は格子。
状態保存は小花。
とそれぞれ決めた。
『それを一つの柄ごとに刺繍していきます。その際は必ず鞄の周りを一周させてください』
「一周するのね……。一カ所に縫うだけじゃ付与されないってこと?」
「その通りです。刺繍が鞄を一周してはじめて効果が付与されます」
思えばミサンガも腕に結んではじめて、回復の効果が発揮される。刺繍をする場合も、同じように効果を付与したものの端と端が合わさることで効果が出るようだ。
「とりあえずまず一つ作ってみよう」
私は先ほど作ったなんの効果も付与されていない鞄を手に取ると、刺繍の模様の下書きを書き込んでいった。




