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第七十九話「鞄の容量と性能」

「今日はとにかく討伐証がすごい数でさぁ。私の鞄もすごくパンパンだった!」


「サンドジャッカルの尾、かさばる……」


 ティアナの言葉に頷きながら、イリーネがぼそりと呟く。


 今日、偵察隊が遭遇したのはサンドジャッカルの大きな群れだったらしい。以前、私がマリウスと一緒に遭った五匹の群れとは規模が全然違うものだ。


 熟達したシルヴィオとディートリヒがいる上で、五人のパーティーということもあり倒せたものの、そのあと落ちた討伐証を集めたところ、マリウス、ティアナ、イリーネの鞄はあっという間にいっぱいになってしまったらしい。


 偵察時の収集物は、ダンジョン発生前と差異がないか比較するために、すべて冒険者ギルドで買い取りをするので、すでに鞄の中身はなくなっている。


 でも話を聞く限り、鞄の容量ギリギリだったのだろう。


「今日はとりあえずいいけどさ、いよいよダンジョンの中に入ったら、今の鞄じゃ厳しいかなって思ったんだよね。ドロップアイテムを拾うこともそうだけど、何かあったときに備えて持参するアイテムの量も増えそうだし」


 回復やダンジョン攻略に必要なアイテムを持ちつつ、討伐した魔物からのアイテムを入れていく。ダンジョンの攻略が進むにつれて鞄に入れるアイテムも種類も量も増えていくだろう。


「だからといって鞄を大きくすると今度は動くときに邪魔でしょう? 私の場合はただでさえ矢を持ち歩かなきゃいけないから、これ以上大きな鞄にするのは難しいんだよね……」


 ティアナの武器は弓だ。弓本体の他に番える矢が必要で、いつも腰に矢筒を装備している。だから、槍を使うイリーネに比べて荷物が多いという印象が私にもあった。


 イリーネはティアナの話を聞きながら、しきりにこくこく頷いている。


 アイテムをたくさん入れたいけど、鞄を大きくはしたくない。


 それは、鞄を持つどんな人も思っていることだろうけど、冒険者の彼らからしたらとてもシビアな問題だった。


 ふとマリウスが何かに気付いたのか、シルヴィオとディートリヒに視線を向ける。


「シルヴィオさんとディートリヒさんは鞄小さいですよね。そんなに小さくて必要なものとかちゃんと入ります?」


 その言葉に、私も二人を見る。


 シルヴィオは腰のベルトにポーチのようなものをつけている。ディートリヒもローブの下に隠れてはいるが腰に同じようなサイズのものをつけていた。


 思えばシルヴィオとディートリヒの二人は、マリウスたちに比べて荷物が本当に少なく見える。


 ベテランの冒険者だから、新人や中堅に比べて回復アイテムを多く必要としないのかとも思ったけど、ベテランだからこそそういう類いの備えはしっかりしてそうだ。


 じゃあ、なぜシルヴィオをディートリヒは軽装なのか。


 その答えはシルヴィオ自身が答えてくれた。


「俺の鞄には、容量が増える効果が付与されている」


「え、そんなのあるんですか!?」


 マリウスは驚いた声を上げた。


「ああ。見た目はこうだが、中には見た目の数十倍は入る」


「僕のもそう。ある程度の冒険者ランクになると、魔物だけじゃなく増える荷物との戦いになるんだよねぇ」


 ディートリヒは自身も経験があるのだろう。しみじみとした様子で言った。


 一方私はマリウスたち以上に驚いていた。


 鞄の中が広くなっているなんて……!


 そう言われてもにわかには信じがたい気持ちだった。


「あの、お二人のどちらかでいいんですけど、鞄の中がどうなってるか見せてもらえらた嬉しいなあなんて……」


 気付いたらそう切り出していた。


 シルヴィオとディートリヒは一瞬視線を合わせると、シルヴィオがベルトから鞄を外してくれる。それを私の前に差し出した。


「ありがとうございます」


 私は鞄に目を釘付けにさせ、お礼もそこそこに鞄を手に取った。


 ボタンではなく、ベルトを差し込んで止めている蓋を開ける。


 すると、目が錯覚を起こしたような光景が広がった。見た目から想像する鞄の中の大きさと、実際の中の状態が全然違うのだ。


 思わず、許可を取りもせず鞄の中に手を入れていた。


「うわ……!!」


 見た目は深さ二十センチもないはずなのに、私の肘までがすっぽり鞄の中に入る。むしろそれでも鞄の底に手が届いていない。


 ありえない光景に私はただただ驚愕した。


 でも一方、深さと広さは大きいものの、口の広さに関して見た目と同じだった。


 なので、物をいれるにしてもこの鞄の口よりも大きい物は入れられないのだと思う。


「すごい! なにこれなにこれ! これも付与効果なんだ……」


 私は腕を抜くと、どういう構造なのか鞄をじっくりと見つめる。私が作ったものじゃないので、どうやって効果を付与しているのかはさっぱりわからない。


 鞄としてはごくごくシンプル。だいたい縦十センチ、横二十センチ、深さ二十センチのサイズで、箱形に蓋が被さっているものだ。ベルトを差し込んで蓋を留めるようになっている。


 全体を見ようと私はそれを持ち上げてみる。


 しかし、それは予想以上に重かった。


「重い……」


「中に入れたものの重さはそのままだからな」


 私が呟くとシルヴィオが答えた。


「じゃあ中が広いからといって、際限なく入れられるってわけじゃいんですね」


 どんなにたくさん入っても重さがそのままなのは、若干の不便さがある。


 ――これで容量が大きくて、軽くなればめちゃくちゃ便利な鞄になるのになぁ……


 私はシルヴィオの鞄の惜しい点にそう心の中で思った。


 

『容量拡大、軽量化の付与は可能です』



 突然、脳内に響いた音声に私は持っていたシルヴィオの鞄を取り落としそうになった。


 この声は、私の特殊スキル『製作者の贈り物(ルビ:クリーエイターズギフト)』である。


 私が考えていることに対して勝手に答えてきたのだ。


「ていうか、私にもできるの!?」


 驚きのあまり私は声に出して言っていた。


「ミナ? 私にもできるって……」


 ティアナが様子のおかしい私を少し訝しそうに窺っている。


 その言葉にハッとして周囲を見ると、全員が私に視線を向けていた。


 そこでようやく周りの状況を考えず、シルヴィオの鞄に夢中になっていたことに気付いた。


「わ! ごめんなさいっ! つい熱中してしまって……」


 慌てて謝り、遠慮の欠片もなく触りまくっていたシルヴィオの鞄を彼へ返した。


「それよりミナ、もしかしてミナのスキルで鞄に付与できるってことか?」


 マリウスが私の言葉から察して聞いてくる。


 彼は私が自分の特殊スキルと脳内で会話をしていることを知っている。


 『製作者の贈り物』が声でいろいろ言ってくれるようになったころから、制作中、私の独り言が増加した。それがまるで相手と会話しているようだったから気になって問われたのだ。


 特に隠すことでもなかったので、マリウスに正直に言ったところ「へー、不思議だなぁ」程度の反応だった。


 なのでマリウスは私がさっき言った言葉が『製作者の贈り物』と話しているんだと思ったようだ。


「えっと、私の効果を付与する特殊スキルには自我のようなものがあって、それで付与できる効果は強さを教えてくれるんです」


「ミナちゃんの特殊スキルはそういうタイプなのか~」


 ディートリヒが興味深そうに相づちを打つ。彼の話しぶりからすると特殊スキルを使うにしても、他にもいろいろタイプがあるようだ。


 気になるところだが、とりあえず今は話を続ける。


「それで私のスキルが言うには、容量拡大と軽量化を付与できるらしくて……」


「本当かミナ!」


「え、本当、ミナ!!」


 マリウスとティアナが前のめりになって食いついてくる。イリーネは無言だけど、目が爛々と輝いていた。


「う、うん……」


 勢いに推されつつ、私が頷くと二人は競うように口を開いた。


「俺の鞄に付与してくれ!」


「私の鞄に付与して!」


 冒険者にとって常に持ち歩く荷物の問題は大きい。それが軽量化し、さらにたくさんの物が入るのであれば、行動の幅が広がる。


 特にこれからダンジョンの偵察に関わっていく彼らには、あるだけでとても助かるものになるに違いない。


「でも、本当にできるからは作って見ないとわからないんだよ?」


「それでもいいからほしい」


 それまで黙っていたイリーネが目に強い力を込めながら私に言う。


「……わかった。作ってみるよ!」


 私の言葉に三人がわぁ! と喜びに沸く。


「ただし、作る順番は三人で相談して決めてね」


 この感じだと、誰の鞄から作るのかを私に委ねられたら面倒な気がした。


 すると、案の定、三人の目に闘志が宿る。


 お互いに引く気はないようで、三人とも自分が一番に作ってもらうと主張する。


 そして、三人は声を合わせて一斉に手を前に突き出す。


 指をいろんな形にしているところを見ると、じゃんけんをしているらしい。


 鬼気迫る形相で拳を繰り出す三人を私はこの世界にもじゃんけんがあるんだなぁと思いながら見つめていた。

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