第七十四話 偵察隊の人選
途中、冒険者に絡まれたものの、私とマリウスは冒険者ギルドに到着した。
中に入ると、いつもと明らかに雰囲気が違っていた。
普段、冒険者たちは依頼が張り出される掲示板や受付の前に集まり混雑しているが、今日はとある場所に長蛇の列ができていた。
それは支払いのカウンターだ。
冒険者ギルドで受けた依頼は報酬が支払われる。しかし、それは支払いカウンターで手続きしない限り現金として引き出すことはできない。
その場合、自動的に貯め込まれる。
要は、冒険者ギルドは銀行のような役割も担っているのだ。支払いカウンターで自分の冒険者カードを見せて手続きするといつでもお金を引き出せるのだが、そこに今冒険者が殺到している。
おそらく理由はダンジョンができたらからだと思う。ダンジョン攻略に備えて装備を新しくしたりアイテムを買ったりするからだろうか。
支払いカウンターを見つめていると、私の視線の先を追ったマリウスが「町から出るんだろうな」と呟いた。
「え、なんでわかるの?」
「あんな大荷物、依頼を受ける格好じゃないだろう。現金が必要なのも路費としてだろうしな」
「なるほど……」
マリウスの言葉を聞いて、改めて並んでいる人たちを見ると、たしかに大荷物だ。
さっきギルドに来る間に引き留められた冒険者も町を出ると言っていたが、同じことを考えている人は多いのかもしれない。
ぼーっと支払いカウンターの列を眺めていると、私の視線に気付いたのか何人かの冒険者がこちらに視線を向けてくる。
そして、私とマリウスを見るなり「あっ」言っているのだろう。口を開き、このまま列に並ぼうか抜け出そうか逡巡しはじめる。
「ミナ」
「うん」
きっと彼らもミサンガが目当てなのかもしれない。列に並んでいなければすぐこちらに駆け寄ってきそうな素振りを見て、私はマリウスに隠されるようにして受付へ進む。
「あの、ハーラルトさんに呼ばれて来たミナといいますが」
受付の中で忙しなく働いているギルド職員に話しかける。
「ミナさんとマリウスさんですね! 聞いてます。こちらにどうぞ」
すでに話が通っているのか、私とマリウスはすんなりと別室に通された。
部屋に入ると、そこには見知った顔が並んでいた。
「二人とも来たか」
入ってすぐの席に腰掛けていたアロイスが私とマリウスを見て言った。
部屋の中を見回すと、一番奥にギルドマスターのハーラルト。その隣にシルヴィオ。逆隣にはディートリヒ。そして、ディートリヒから一つ席を空けて、ティアナとイリーネが座っていた。
「ミナ、おはよう」
「おはよ」
ティアナがいつもより控えめな声量で声をかけてくる。イリーネはいつも通りだ。
「おはようございます」
二人も呼ばれたんだろうかと思ったけど、ここで明け透けに聞くのもなんだか憚られたので、私は黙った。むしろ冒険者の中に私が呼ばれていることの方が不自然だしね。
それにこの部屋の空気がとてもピリピリしていて、気軽に会話ができる雰囲気じゃない。
「さて、全員揃ったところではじめましょうか」
ギルドマスターのハーラルトがそう言って、立ったままでいた私とマリウスも座るように促した。私たちは空いていたシルヴィオの隣に並んで座った。
「では今日集まってもらったのはご存じのとおりダンジョンの件です。まずは偵察隊を組んで、ダンジョンの周辺の調査からはじめていこうと思っています」
まず偵察隊をというのはマリウスから聞いていたことだった。しかし、私はミサンガは提供しても偵察隊に組み込まれることは万に一つもあり得ない。
足手纏いにしかならない。
正直、この場にいていいのかと思う。
話に水を差すのは悪いので、黙っているけれども。
「シルヴィオ、ディートリヒ、マリウス、ティアナ、イリーネの五人には偵察隊としての特別依頼を受けてほしいと思う。この場に来てくれているというのは、答えはおおむね了承と捉えているが、どうだろうか?」
ハーラルトは五人の顔を順に見回す。私の隣に座るマリウスが頷いているのが視界の端に入った。
「あの、一ついいですか?」
ティアナがハーラルトに向かって手を挙げた。
「何かな?」
「今回の人選の基準はなんですか? 正直私らくらいの冒険者は他にもいると思うんですけど……」
イリーネもティアナを同じ考えなのか頷いている。
「偵察隊にこのメンバーを選んだのにはいくつかの理由がある。まずダンジョンができる前から調査をしていたシルヴィオ。そして領主のお抱え魔法使いとしてこの件を把握していたディートリヒの二人は確定していた。そこにシルヴィオと連携がとれるマリウス。そして、多少なりとシルヴィオとマリウスと関わったことのあるティアナとイリーネ、という具合だ」
「なるほど」
「冒険者の強さの尺度は基本的にはランクだが、それ以外の評価でいうとティアナとイリーネは高い。このくせ者三人と一緒のパーティーでもやっていけるという人選が他にないということもあるね」
「十分わかった」
蛇足的に言ったハーラルトの言葉に、イリーネがとても納得した様子で答えた。
「ティアナとイリーネも偵察隊に参加ということで大丈夫かい? もしも断るのであってもかまわないよ。冒険者として依頼を選ぶ権利はある」
ハーラルトが最終確認するために言うと、ティアナとイリーネはお互いの顔を見合う。
「受けます」
ティアナの言葉にイリーネが同意を表わすようにしっかりと頷いた。
「ありがとう。そして、ミナとアロイジウス様に関しては、偵察隊のサポートをしてほしい」
ハーラルトがティアナとイリーネに向けていた視線をこちらに寄越した。
「ミナには基本的にミサンガの優先的な納品をお願いしたい。それとダンジョンの調査に合うようなアイテムがあればその作成も依頼したいと考えている。もちろん報酬はしっかり払うから安心してくれ」
ミサンガをギルドで購入したいというのは聞いていたから、それに対しては了承している。ただ、〝ダンジョンの調査に合うようなアイテム〟というのが具体的になんなのかわからないため、不安ではある。
私に作れるものだったらいいけど……
「どうかな?」
「ミサンガに関しては問題ありません。ただ他の調査に必要なアイテムに関しては、未知過ぎてその都度相談という感じになりますが……」
「もちろん。その際はアロイジウス様にも協力してもらうことになるから、ミナだけに投げることはしない」
なるほど、アロイスがいろいろ助言してくれるのであれば、難しいかもしれないけど作れる可能性はある。
「それなら、大丈夫です」
「ありがとう。アロイジウス様もいいですか?」
「ああ」
元々そのつもりで異論はなかったのかアロイスは、あっさりと頷く。
「ディートリヒとシルヴィオからは何かあるかい?」
これまでのやりとりを黙って聞いていた二人に話を振る。
「僕からは特には。しいて言うなら魔法使いと一緒のパーティーを組んだことのあるのってシルヴィオだけだから、最初は大変かもしれないけど付いてきてね」
食えないにこやかな笑みを浮かべてディートリヒが言うと、マリウス、ティアナ、イリーネが少し怖気づいたような表情を見せる。
「おい、同じパーティーメンバーをビビらせてどうするんだ……」
シルヴィオがこんなときに何を言っているんだと言わんばかりにディートリヒに怪訝な目を向ける。
「念のための忠告だったのに~」
そう言ってディートリヒはおどけるように肩を竦めた。
冗談なのか本気なのか。こんなピリピリした空気が漂う中、こんなことを言えるディートリヒの神経がわからない。
シルヴィオははぁーっと深いため息を吐くと、私の方に視線を向けてくる。
「とりあえずミナ、今持っているミサンガを見せてもらっていいか?」
「あ、はい」
突然話を振られた私はハッとする。
慌ててバッグの中から持ってきたミサンガを取り出すと、テーブルの上に並べた。




