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第七十三話「自分勝手な主張」

 翌日。


 私は朝一で冒険者ギルドに向かっていた。普段は自宅ででかけるのを見送っていたマリウスと一緒である。


 昨日マリウスから夕食時に、伝言をもらった。


 ダンジョンの偵察隊用に冒険者ギルドがミサンガを買い取りたいという。


 ダンジョンが発生したとわかる前からミサンガの需要が高まっていたので、こまめに作っていた。昨日も冒険者ギルドを訪ねたのは、ミサンガの納品に行ったからだ。


 ……ダンジョンが見つかった騒ぎで結局納品できずに終わったが。


 そのおかげもあり、『回復』の効果が付与されたミサンガもそれなりの数が手元にあった。


 それを持って、冒険者ギルドに向かっているのである。




 一夜明けても落ち着かない雰囲気の町を歩く。


 あと少しで冒険者ギルドが見えるという辺りにさしかかった時、私とマリウスは「おい、あんた!」と呼びかけられた。


 聞き覚えのない声に振り返ると、冒険者らしき男性がいて、私とマリウスに駆け寄ってきた。


「あんただよな! ミサンガとかいう回復アイテムを売ってるの!」


 てっきりマリウスに声をかけたのかと思っていたが、どうやら彼は私に用があったようだ。


「はい、たしかにミサンガを作って売っているのは私ですけど……」


「それを今すぐに売ってくれ!」


 彼は私の言葉に食い気味に語気を強めて言う。あまりの剣幕に私が半歩後ろに下がると、マリウスが庇うようにさっと前に出てくれる。


 マリウスの行動に彼はたじろいで見せた。


 その隙に私は口を開く。


「今、販売できるミサンガは手元にないんです。少し時間をもらえたらギルドに納品できると思うんですけど……」


「それじゃあダメだ! 俺は今すぐ欲しいんだよ!」


「そう言われても……」


 今持っているミサンガは、これからギルドに納品しに行くものの、売店での販売用ではなく、ダンジョンの偵察隊用に冒険者ギルドが買い上げる予定のものだ。


 昨日マリウスから言付けをもらったが、今あるだけ全部持ってきて欲しいというので、余ることはないだろう。


 でも時間さえあれば作ることは可能。欲しいならそれじゃダメなのかと思うけど、男は切羽詰まっているように私とマリウスに迫る。


「もうすぐ北門から隣の町に行くんだよ! だから今すぐ欲しいんだ!」


 男の主張はこの町から出て行くから、今すぐミサンガが欲しいと……。


 そんなこと言われてもこっちは困る。アインスバッハの町を出て行くのは男の都合でこちらは全然関係無い。


 それなのに突然呼び止めてミサンガを今すぐ売れとは、傲慢が過ぎるのではないか。


 ミサンガを欲しいと思ってくれることについては嬉しくないわけじゃないが、それにしても男の主張に呆れてしまう。


「そんなに欲しいなら、なぜある内にギルドの売店で買わなかったんだ」


「それは……」


 マリウスの問いに男が言葉を濁らせる。


 ミサンガをギルドの売店に販売委託してだいぶ時間が経っている。品薄になることもあるが、定期的に補充をしているのでまったく手に入らないという状況ではなかった。


 それこそ冒険者をしているなら毎日のように冒険者ギルドに行くだろうし、在庫がある時に買えるチャンスはたくさんあったはずだ。


 それなのにこんな急にミサンガが欲しいなんてどういうことだろう。


「……ミサンガを買うくらいなら他のものに金を使いたかったんだよ! そういうのあるだろ!?」


 ミサンガを買うくらいならって……。


 もうこの時点で私の中で彼にミサンガを売ろうという気持ちはなくなった。


 私の中で、冒険者の基準はマリウスやシルヴィオだ。彼らはとても真剣に誇りを持って冒険者という仕事をしている。


 そんな彼らが絶対欠かせないものが、回復用のアイテムだ。


 基本的にはポーションと、そして私が作ったミサンガ。


 依頼中、何があるかわからないから、必ず備えとして持っている。ポーションもミサンガも彼らの生命線だ。


 ポーションに比べてミサンガそのものは高い。ポーションを数個買うのと同じ値段だ。


 けれど、その効力を考えるとミサンガ値段は決して高くはないだろう。


 何しろ一度使ったらなくなってしまうポーションに対して、ミサンガは切れない限り半永久的に使える。


 これまでマリウスが使用していた例を見ると、命に関わるような大怪我をしない限り、ミサンガがすぐ使えなくなることはないはずだ。


 それなのにこの男はミサンガを買うのを渋った。


 私なり考えて、冒険者の人に行き渡るようにとこまめに作って納品していたのに……。


 呆れるとともに、やるせない気持ちがわき上がる。


 マリウスの口からもため息が零れた。


「ないものはない。そんなすぐに剣や防具ができあがらないように、『回復』の効果が付与されたミサンガがそう簡単にあると思うな。これまであった機会を逃した自分の行いを恨むんだな」


 マリウスはすげなくそう言うと「行こう」と私の腕を引く。


 チラリと彼の方を見ると、悔しげにこちらを睨み付けている。


「いいの? あれ……」


「……ミナはあんなやつにもミサンガを売ろうと思っていたのか?」


「いや、そういう気持ちはまったくなかったけど、なんか自分勝手すぎてこっちを恨んできそうだなって……」


「ミサンガの情報を知っていながら買わずにいたんだったらこれから先、冒険者を続けて行くなんて無理だろう。それにこの町から出ていくって言ってたし、もう会うこともないだろうさ」


「まあ、そうかもしれないけど……」


 変に恨まれていたら嫌だなと思う。


「そういえば北門から隣の町に行くって言ってたけど、大丈夫なの?」


「ダンジョンができたのは南門の方だから、まだ北門は安全という判断なんだろう。昨日、ギルドで低レベルの冒険者たちが集団で隣の町に行くと話し合ってた」


「そうなんだ……」


 アインスバッハは、新人の冒険者の町として有名だ。それは町の周囲にいる魔物がそれほど強くないからだ。冒険者入門にちょうどいいのだろう。


 けれど、ダンジョンができてその環境は一変した。


 もはやアインスバッハは新人冒険者にとっては厳しい環境になっている。


 だからまだ腕に自信のない冒険者は町を出て行くのだろう。


 ダンジョンの攻略のことを考えると、ギルドやこの町の領主にとっては冒険者が出ていくのは避けたいと考える。しかし、冒険者を縛ることはできない。


 リスクが高い職業であるが、一方で自由な職業でもある。


 どこで活動するか、何をするかは、冒険者個人に委ねられる権利なのだ。


 きっとマリウスのように、新人だけどここに残るという冒険者の方が少数派なんだろうなと思う。


 そして、もしマリウスがアインスバッハを出ていこうと言っていたら、私はどうしたんだろうとふと思った。

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