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第七十二話「閑散とした食堂」

 ギルドから自宅に戻った私は、それから少しだけミサンガ作りに精を出した。


 しかし、ギルドに向かった時点で夕方だったため、日没まではすぐ。完全に日が落ちる前に、私はいつも晩ご飯を食べている宿屋アンゼルマに向かった。


「こんばんはー」


 私は宿屋アンゼルマの一階にある食堂に入る。


 いつもより少し遅い時間だったので、店内は混み合っているかなと思いきや、食堂内にお客さんは少なかった。


「あら、今日は遅かったんだね」


 そう言って声をかけてきたのは、この宿の女将であるアンゼルマだった。


「はい、いろいろ作業してたらこんな時間になってしまって……。マリウスはまだ来てないみたいですね」


 食堂内にはマリウスの姿はない。まだギルドから帰ってきてないのだろう。


 自宅で料理をしない私とマリウスは毎日この食堂に夕食を食べに来ている。


 日が落ちてから私一人で町を歩くのは少し危ないので、まだぎりぎり日没前に宿屋へ来た。もしマリウスと行き違いになっても、自宅に私が居ないとわかればこちらに来てくれると思う。


「マリウスはまだだね。先に食べるかい?」


「いえ、少し待ちます」


「そうかい。好きなところに座ってな」


 テーブルに着いた私に、アンゼルマは水を出してくれた。


「聞いたかい? ダンジョンができたって話」


 お客さんが少ないから仕事もないのか、アンゼルマは私のテーブルに寄ってきて話し出す。


「ちょうどその時にギルドにいたので……」


「そうだったのかい! もう町ではその話しで持ちきりだね。おかげでお客さんも今日は少なくてねぇ……」


「どうりでいつもより混んでないと思いました……」


 食堂がいつもと違い閑散としているのは、ダンジョンの噂が広まったかららしい。悪いビッグニュースに外食という気分にならない人が多かったのかもしれない。


「町を出る冒険者も少なからずいるだろうね。うちでも明日チェックアウトするって冒険者が何人かいるし……。どうなっちまうのかねぇ」


 アンゼルマは不安を滲ませながら言った。


 違う世界で育った私にとって、ダンジョンとはゲームやファンタジーの世界の話だ。この世界にいきなり来ちゃった現状がファンタジーではあるけれど、それでも馴染みのないダンジョンという存在が未だにピンときていない。


 ダンジョンができたことで、ここまで冒険者も町の人も動揺して不安になるなんて……。


「ダンジョンってそんなに怖いところなんですか……?」


「そりゃそうだよ! 何しろ核を取るまで魔物が際限なく溢れてくるんだからね!」


「え、そうなんですか!?」


「そうだよ! ミナはダンジョンの知識がまったくないのかい?」


「はい……。魔物がいる地下迷宮? ってことくらいで……」


「まあ、ダンジョンは地下迷宮だけじゃなく、塔だったり洞窟だったりいろんなタイプがあるけどね。……とは言っても、ダンジョンが何であるのかは私にもわかんないけどさ。ダンジョンは突然出現するんだよ。今回みたくね」


「本当にいきなりなんですね……」


「多少の予兆はあるみたいだけどね。最近、町周辺の魔物の分布が変わってきたって言うし、それが予兆だったんだろう」


「そうなんですね……」


 マリウスが出現するはずのないシザーマンティスに襲われたのは記憶に新しい。私も本来安全なはずだった採取中にサンドジャッカルに襲われた。


 この世界に来てまだ少ししか経っていないから、私が異変として感じることはなかったけれど、町に住んでいる人にとっては明らかな異変が起きていた。


 その間、地中では着々とダンジョンの出現が準備されていたのかと思うとゾッとする。


 アンゼルマとそんな話をしていると、食堂のドアが開いた。


「いらっしゃい。……ってマリウスかい。お疲れ様」


 やってきたのはマリウスだった。


「こんばんは。遅くなった! 先に食べてても良かったのに……」


「アンゼルマさんとおしゃべりしてたから大丈夫だよ」


 マリウスは私の向かいの席に座る。


「ギルドからまっすぐ来たの?」


「ああ、もうミナはこっちに来てると思って」


 ギルドで会った時と同じ格好だし、荷物もそのままだからそうかなと思ったが、やはりギルドから宿屋アンゼルマに直できたらしい。


「おまちどおさま。今日はフリカデレだよ」


 マリウスも揃ったから、アンゼルマが夕食を持ってきてくれる。


 今日のメニューはフリカデレだ。フリカデレは、所謂ハンバーグだ。


 ただ、日本で馴染みのあるハンバーグとは少し違う。


 ソースはかかってなくて、フリカデレそのものが割とスパイシー。お好みでマスタードを付けて食べる。


 食感はハンバーグよりもっとずっしりしていて、肉汁たっぷりというより、中までしっかり火が通っていて身がぎゅっと詰まった感じ。


 大きな肉団子のような印象だ。


「「いただきます」」


 フォークとナイフで切り分け、一口頬張る。


 相変わらず宿屋アンゼルマの主人であるローマンの料理はおいしい。


「それで、あの後ギルドでは何か進展あった?」


「お、それは私も聞きたいね」


 私が切り出すと、アンゼルマも興味津々の様子で近くにやってくる。


 マリウスは咀嚼していたフリカデレをゴクリと飲み込むと話し出した。


「俺はダンジョンが現れるところを見ていたから詳しく事情を聞かれて――」


「マリウスは見てたのかい!?」


 アンゼルマは目を丸くして驚く。ダンジョンを実際に見た人物がこんなに身近にいるとは思わなかったのだろう。


「見たっていっても遠目からだったけど、地面がぱっくり割れてその間から魔物が溢れてきたから間違いないと思う」


「さぞ恐ろしい光景だったろう……」


 アンゼルマは顔を顰める。私も想像しただけで悍ましさがわかった。


「で、それもあってギルドの上層部と話し合いに少しだけ参加させてもらったんだけど、明日偵察隊が組まれることになった」


「偵察隊?」


 私が首を傾げながら聞くとマリウスは説明を続ける。


「まずダンジョンが出現したっていう正確な確認と、溢れてきてる魔物の調査だな。それをしないとこれからの行動方針を決められないって」


「まあ、当然だね。ダンジョンによって魔物の強さが違うらしいしね」


「みたいですね。……あ、そういえばギルドマスターからミナにお願いがあるって伝言を頼まれてたんだ」


「え、私に?」


 ギルドマスターのハーラルトとは、以前サンドジャッカルに襲われた際に少しだけ会ったことがある。個人的に何か頼まれるような関係ではないから、直接の指名に内容が思い浮かばない。


「偵察隊用に回復のミサンガを融通して欲しいって。費用はギルドから払うからって」


「ああ、そういうこと。明日の朝一でミサンガを持って行けばいいのかな?」


「その方がいいだろう」


「わかった」


 ギルドがわざわざお金を出してミサンガを装備させる偵察隊。


 偵察だけといえど、今後この町がダンジョンに対してどういう方針をとるかの重要な依頼になるだろう。


 その偵察隊に確実に組み込まれるだろうシルヴィオ。彼の顔が不意に頭に思い浮かんで、私は今更ながらじわりじわりと不安な気持ちが湧き上がってきた。

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