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第七十話「胎動」

「じゃあ、いってくる」


「いってらっしゃい。気を付けてね……!」


 今日から復帰するマリウスを私は玄関先で見送った。


 体は回復し、マリウスはいつもの調子を取り戻したようだった。


 ――いや、顔つきが少し変わったかもしれない。


 前はもっとふわりとした雰囲気だったのが、今は緊張感がある。元々真面目だったが、最近はさらに真剣な顔をするようになっていた。


 マリウスの姿が見えなくなり、私は家の中に入る。


 今日は『ドラッヘンクライト』には私一人。ディートリヒの忠告通り、鍵をかけ閉店の札を出している。


 需要の高まりを受けて、今日はミサンガ作りに集中しようと考えていた。


 エルナも町が落ち着かないときに、通ってもらうのはと思い、少しお休み期間を設けた。幸い服の製作依頼も入っていないのでちょうど良かった。


 私は、作業テーブルに色とりどりの刺繍糸を用意すると、何パターンかに分けて色を組み合わせていく。


 適当な長さをとって束ねると、テーブルの端に設置しているフックに端を結びつけ、編みはじめた。



 夕方になり、ミサンガもある程度の本数ができたので、ギルドにやってきた。


 このくらいの時間から混み合ってくるはずのギルドは、普段より閑散としていた。


「ミナ」


 鑑定のカウンターに足を向けようとした時、誰かに呼び止められる。振り返るとシルヴィオがいた。


「シルヴィオさん」


「マリウスの様子はどうだ?」


 シルヴィオもマリウスのことを心配していたらしい。私は今朝のマリウスの様子を思い出して、顔を曇らせた。


「今日から依頼に行きました。体は大丈夫そうですけど、気持ち的に大丈夫かが心配で……」


「そうか。こればかりはマリウスが自身で乗り越えるしかないが……」


 目に見えない心の部分は私にもシルヴィオにもわからない。マリウスが話してくれるなら、いつでも聞くし、役に立たないかもしれないけど相談には乗るつもりでいる。


 けれど、マリウスはなにも話してくれなかった。


 シザーマンティスにふいを突かれたことだけが理由じゃないと予想しているが、真実は謎のままだ。


「俺も様子を見るから、ミナも頼むな」


「もちろんです」


 マリウスは大事な存在だ。勝手に弟がいたらこんな感じかと思ったりする。――マリウスに言ったら怒られそうだけど。


 何度も助けてもらったし、マリウスがいたから私はこの世界でこうして生活していられると思っている。


 まだ出会って数ヶ月だけど、時間には換算できない繋がりがあると思っていた。


「そうだ、シルヴィオさ――」


 私が発した言葉は、途中で途切れた。


 ズン、と下から突き上げるように地面が揺れる。


「ミナっ!」


 シルヴィオはぐらりと揺れた私の腕を掴むと、両手で囲うようにして抱き留めた。黒い服の中にしまい込まれるように、私は彼の胸にすがりつく。


 なおも揺れは続いている。


 縦揺れと横揺れが交互に続いているようで、シルヴィオに掴まっていなければ立っていられない。


 悲鳴と物が落ちる音が聞こえてくる。


 数十秒続いたその揺れは、次第に緩やかになり、そして止まった。


「この世界でも地震ってあるんだ……」


 私の口から出たのはそんな言葉だった。しかし、それはシルヴィオ以外には聞こえなかっただろう。


 揺れが止まると、パニックが起きていた。


 「天変地異の前触れ」とか「世界が終わる」とか大げさだなぁと言わんばかりの言葉を大声で叫んでいる人がいる。


 まるではじめて地震にあった外国人のようだ。


 そこでようやくハッとする。


 目の前の黒い服が覆うがっしりとした体躯はシルヴィオのものだと思い出した。


「あの、ありがとうございました……」


 そっと体を捩ると、シルヴィオが腕を緩めた。


「ああ、大丈夫か?」


「はい、私はなんとも」


 私を気遣ってか、ゆっくりと離れる体温に少し残念な気持ちになりながらも、彼の腕の中から抜け出した。


 すると、ギルド内の喧騒がハッキリと耳に届く。


「おい、シルヴィオ」


「シルヴィオ!」


 声の方を振り向くと、アロイスとディートリヒが駆け寄ってくるところだった。


「アロイス、ディート」


「ミナも一緒か。シルヴィオこれはもしかすると……」


 アロイスが険しい顔でシルヴィオに問いかけた。


「ああ、見に行ってみないことにはわからないが……」


 そう言って、なぜかシルヴィオは私に視線を向けた。


「ミナ、さっきこの世界でもどうのと言っていたな」


「え? 地震のことですか?」


「それは今起きたみたいな状態のことを言うんだな」


「そうです。自然の力で地面が大きく揺れる現象ですね」


 私が説明すると、シルヴィオ、アロイス、ディートリヒの三人は顔を見合わせた。


 そして、シルヴィオが再び私に向き直る。


「その自然の力とはたとえば?」


「基本的に地殻変動ですね。地面の層がずれたり沈み込んだりして起こります。あとは火山性地震っていうのもありますね」


 私の言葉を聞いてディートリヒが深刻そうな顔で口を開いた。


「これはほぼ間違いなく――」


 そこまで言いかけた時、ギルドの入口の方から大きな声が上がった。


 視線を向けると、そこにいたのはマリウスだ。


 膝に両手を置いて、喘ぐように呼吸をしている。よほど急いで帰ってきたんだろう。


 少しだけ落ち着いたマリウスは顔を上げる。


 そして、視線が合った。


 マリウスは人の間を縫うようにこちらに向かってきた。


「シルヴィオさ、アロイス、さんっ」


 まだ整わない息でつっかえながら、話し出すマリウス。その顔は深刻そうで、私はゴクリと唾を飲み込んだ。


「さっき、俺、見たんです……! 地面が裂けるように割れてっ……、覗いてみたら、見たことない魔物が……!!」


「それは……!!」


 マリウスの話を聞き、アロイスが愕然とした表情になる。


 ディートリヒはさっき言いかけた言葉を取り戻すように「そう」と呟く。


「できてしまったんだね……この町の近くに――――ダンジョンが」


 その瞬間、騒然としていたギルドの中がしんとなる。


 ディートリヒの「ダンジョン」という言葉が広いギルドの建物の中で不気味に響いた。


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