第六十八話「需要の訳とざわめくギルド」
夕方になると、私は今日作ったミサンガを携え、冒険者ギルドを訪れた。
まっすぐ手続きをする鑑定部門に向かうと、ギルド職員のライナーがやってきた私に気付いて軽く手を挙げた。
「お疲れ様です、ライナーさん」
「ミナ、ミサンガの納品か?」
「はい、在庫がなくなったって聞いたので持ってきました」
「助かるよ。最近はポーションも品薄気味でな。回復効果のあるミサンガの需要が高まってるんだ」
「なるほど、そうだったんですね」
「じゃあ、さっそくだが納品作業しちまうぞ」
「お願いします」
ここからはいつもと同じように納品の手続きをしてもらう。
ここずっと冒険者ギルドに納品するミサンガは『回復 小』と『毒耐性 小』の効果のものばかりだ。それが一番需要があるからだ。
特に『回復 小』はとてもよく売れている。町で見かける冒険者はたいてい手首に付けている。
『毒耐性 小』もそれなりだ。
シルヴィオの注文で作った『毒回復』の効果には及ばないものの、軽い毒程度ならば防げる代物だ。
……と言っても、私は実際に使ったことがないんだけどね。
冒険者の役に立って、私にも収入が入って、とても良いことである。
「これで終わりだ。いつもありがとな」
「いえいえ、こちらこそ」
つつがなく手続きが終了し、私はライナーから冒険者カードを返してもらった。
「そういえば、ティアナさんとイリーネさんって帰ってきてるの見かけたりしました?」
「ん? ティアナとイリーネか? 今日はまだ見てないぞ」
「そうですか。ありがとうございます」
そろそろ帰ってきてるかなと思ったけど、まだのようだ。
私はライナーにお礼を言うと、二人が戻ってくるまで用事を済ませることにした。
向かったのは支払いのカウンターだ。
「すみません。お金を預けたいんですけどいいですか?」
「はい。まず冒険者カードを入れてください」
職員の顔は見えないが、聞こえてくる声に従って、私はカウンターの上にある差し込み口にカードを入れる。そして、預けるお金をカウンターにある小窓の前に置いた。
冒険者ギルドには銀行のような役割もある。預けるだけだが、手元に置いておくより安全なので、私は頻繁に利用している。
「お預かりしました。カードの情報を確認してください」
手続きが終わり、差し込み口からカードを引き出すと、私は冒険者カードの右下にある丸い部分に指を当てた。
その瞬間、ホログラムのように宙に文字が浮かび上がる。
見ると、今預けた分の金額が増えている。
「はい、間違いないです。ありがとうございました」
私はお礼を言うと、支払いカウンターを後にする。
ティアナとイリーネは依頼を終えたら依頼達成の手続きで鑑定のカウンターに行くので、行き違いにならないようにその近くで待とうと思う。
ギルド内を移動していると、見たことのある黒い服が視界に入った。
あれは……。
「シルヴィオさん?」
近くによって声をかけると、やはりそれはシルヴィオだった。
「ミナか。ギルドにいるなんて珍しいな」
「ミサンガの納品と、服が完成したので依頼者を待ってて」
「そうか」
「その後、ミサンガの効果はどうですか」
「ああ、十分に役立ってる」
「それは良かった。もうだいたいのコツは掴んだので、追加で欲しい時は言ってください」
「その時はまた頼む」
チラリと見えたシルヴィオの左手首には、私が作ったミサンガが嵌まっていた。『毒回復 小+』の効果のものだから、まだ消耗はしていないらしい。
どんな場所でどんな調査をしているのかはわからないけど、役立っているなら何よりだ。
たまたま会ったが直接ミサンガの使用感を聞けたのも良かった。マリウスやティアナたち以外でミサンガの使い心地を聞いたことがないからね。
売れてるのなら良いのだと思うけど、レスポンスがあったら嬉しいなと少し思う。
そんなことを考えていると、鑑定カウンターの方からざわめきが聞こえた。
「なに……?」
「なにかあったのかもな」
スタスタと向かって行くシルヴィオを追いかけるように私も鑑定部門に向かう。
すると、冒険者たちが入口の方に視線を向けていた。ざわざわとした屋内。
その喧騒の中、「マリウスが……」と聞こえて、私はハッとした。
「マリウスになにかあったの……!?」
私の耳に届いているということは、シルヴィオにも聞こえていたらしい。
彼は渦中へずんずんと進んで行く。
私も彼について行き、人垣を抜けるとそこにはティアナとイリーネに両側から支えられ立っているマリウスがいた。
「マリウスっ!」
いつにもまして泥だらけで、さらにところどころ擦りむいて血が滲んでいる。
「ミナ、良いところに! マリウスが大変なんだ」
ティアナが焦った様子で私を見る。
「とりあえずここから場所を移すぞ」
シルヴィオはそう言うなり、マリウスの脇に手を入れ、そのまま肩に担ぎ上げた。
どこに連れて行くのかは知らないが、シルヴィオならマリウスを休ませられる場所を知っているはずだ。
肩に担がれたマリウスの背中がぱっくりと割れていて、その周りはマリウスのものと思われる血で真っ赤だった。
私は震える手をぎゅっと握ると、無言でシルヴィオの後を追った。
シルヴィオがマリウスを運んだのは、ギルドの奥にある救護室のような場所だった。救護室といっても設備はほぼない。ただ人が横になれるくらいのベンチがあるだけだ。
そこにマリウスを横向きに寝かせると、自分の荷物からポーションが入った小瓶を取り出した。
マリウスの上体を起こさせると、蓋を開けた小瓶をマリウスの口に咥えさせ傾ける。つっかえつつも、マリウスののどがゴクリと鳴ったのでどうにか飲んだらしい。
ひとまずこれで大丈夫のようだ。
マリウスが目を覚ますまでの間、冒険者ギルドまで連れてきてくれたティアナから話を聞くことになった。
「私とイリーネがマリウスを見つけたのは、門のすぐ手前だよ。そこまでは自力で来たみたい」
「たぶん、血を流しすぎた」
マリウスの背中に付いた血を見ると、おびただしい量だったのだろう。貧血にもなるはずだ。
それでもマリウスの手首にはミサンガが見当たらないことから、回復しての今の状況なのだろう。
ただ、今日マリウスが着ているのは私が作った『マリウス初期シリーズ』だ。
より高い効果を付与している二着目の『マリウス第二シリーズ』を着ていたらもっと軽傷で済んだかもしれない。
生きて戻ってきただけでも幸運だったのかも……。
そう思うと、恐怖に手が震えて止まらない。
「……っぁ……」
マリウスから吐息のような音が漏れた。
どうやら意識が戻ったらしい。
「マリウス、大丈夫か?」
シルヴィオがマリウスの横に膝をつき、様子を窺う。
「シル、ヴィオさん……?」
「ああ、そうだ」
「俺、油断、して……シザーマンティスに――」
「シザーマンティスだと……!?」
マリウスが話した魔物の種類にシルヴィオは驚いた声をあげた。見るとティアナとイリーネも目を見開いている。
三人の反応を見ると、出てくるのがあり得ない魔物なのだろう。それにマリウスは襲われたのか。
シルヴィオはマリウスからその場所を聞き出すと、立ち上がった。
「少し離れるが、マリウスのこと頼めるか」
「はい。……『回復』のミサンガ付けた方がいいですか?」
「……いや、もうこれ以上使うと次が効かなくなる。血は自然に止まるのを待とう」
「そうですか」
「あとで家まで運ぶから待っててくれ」
シルヴィオはそう言い残すと足早に救護室から出ていく。
また眠ってしまったらしいマリウスの青白い顔を眺めて、不安に苛まれながら、シルヴィオが戻ってくるのを待った。




