第六十七.五話「自覚した想い」
「ハァ……」
依頼に向かう最中、俺は自然と出る何度目かのため息にハッとした。
朝、ミナに素っ気ない態度をとってしまった気がして、自分の中でもやもやした気持ちでいっぱいになっていた。
だって、ミナがシルヴィオさんにばかり意識を向けてるのがなんとなく嫌だったんだ。
シルヴィオさんのことが嫌いなわけじゃない。ものすごくお世話になっているし、尊敬する先輩冒険者だ。
前は、もっと二人に仲良くなってほしいと思ってたのに……。
今はそれ以上近づかないでほしいと思っている自分がいる。
俺が知らないうちに、シルヴィオとミナの関係は穏やかになっていた。以前はシルヴィオは冷たくて、ミナはそれに対して怒っていたのに。
それがいつの間にか改善されている。俺の知らないところでなにかあったのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
強いて言うなら、シルヴィオがミナにミサンガを注文したことだろうか。
シルヴィオが持っている三色水晶を使った特別なミサンガ。
この時からだったかもしれない。ミナとシルヴィオに対して、もやもやとした言いようのない気持ちを覚えたのは……。
完成したミサンガは見事なものだった。加工された三色水晶が黒と青のシルヴィオの色に合わせた糸で編み込まれている。
その糸も特別製だという。
俺の二着目の服を作った時と同様に、月ツユクサの露を染みこませた糸。それに蝋を塗って耐久性を上げたものらしい。
普通のミサンガとは手触りが違うが、これはこれですごくいい。
ミナが工夫を凝らしたのがよくわかる出来栄えだった。
シルヴィオを見返したい。そうミナは以前言っていたから、その一環として取り組んだのだろう。十分すぎると思った。
ギルドや店では売らない特別なミサンガは、俺のだけって知らず知らず思っていた。別に約束したわけでもない。効果が付与されたミサンガをはじめてもらったのは俺で、月ツユクサの露で加工した糸で作った効果の高いミサンガも俺のためだと、勝手に思っていた。
改めて俺とミナの関係ってなんだろう?
今の状態を見るとわかりやすいのが家主と居候だ。でも一方で、護衛対象と用心棒でもある。
でも他は?
家族でもない、姉弟でもない、ましてや恋人でもない。
一つ屋根の下で生活しているが、仲のいい同居人だ。
ミナはああ見えても二十三歳で、俺よりも七歳も年上だ。渡り人だからこの世界に慣れてなくて、微妙に危なっかしくて……。
でも俺も住むところと、服に関してはお世話になりっぱなしだ。
放っておけない存在で、こっちを向いてほしくて。
「それって、俺がミナのこと好きみたいじゃん……」
小さくだが声に出して呟く。
その途端、俺の顔はカッと熱くなった。
「え、そうなのか!?」
それならシルヴィオとミナが仲良くしているのが面白くないのは嫉妬か!?
一つの感情によってすべてが繋がり、俺は「ああああ」と頭を抱えた。
そうなのか。
俺、ミナのことが好きなんだ。
ストンと胸の中心にその気持ちが落ちてくる。
前から可愛いとは思っていた。はじめは貴族のお嬢さんかと思うくらい身ぎれいで、所作が綺麗だった。でも話すと気さくで、パッと華やいだ笑顔が印象的だった。
もしかしたらその時から惹かれはじめていたのかもしれない。
「わ~、どうしよ。今日帰ってミナの顔見れるかな……」
熱くなったまま冷めない顔の熱。
杞憂かもしれないが、家に帰ってミナの前でいつも通りでいられる自信がない。
あー、どうしよ。
自分の気持ちに気付いたばかりの今、ミナとどうこうなることにまで考えが及ばない。今の距離感が心地良いということもあるし、ミナは俺のことを男としてはどう思っているのかわからない。
まずは意識させることだよな、うん。
七歳年下という不利をどう乗り越えるか。年の差ばかりはどうやっても変えられない。
そして、まだわからないが、ミナの気持ちがシルヴィオに向いていたら厄介だ。負けるつもりはないが、シルヴィオは尊敬する人だ。
その人を超えようと思ったら今の俺じゃ何もかもが足りない。
「がんばらないと……!」
ようやく頬の熱が引いてきたところで、俺は気合いを入れ直す。
まずは今日の依頼を片付けよう!
そう思って、目的地に向かって足を進める。
――その時、俺は全く気付いていなかった。
考えに没頭するあまり後ろから迫る影があったことを。
そして、町の外に出たら決して気を抜いてはいけないということを……。




