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第七話「換金とオークション」  下

 レーナと男性は、隣接する小部屋に私とマリウスを通す。そこは机や椅子、ソファがある十帖ほどの事務所のような部屋だった。


「お前ら見ない顔だが、ここのギルドは初めてか?」


「はい、今日登録しましたマリウスです」


「同じく、美奈です」


 男性の言葉にマリウスが答えるので、私も便乗する。


「全くの新人か。俺はライナー。ここの鑑定部門長をしてる」


「ああ! 私も自己紹介を! 私は受付兼、鑑定部門配属希望のレーナと申します!」


 レーナの言葉にライナーは嫌そうに眉を寄せた。


「だから、今は人手足りてるって言ってんだろ……」


「希望してるだけなんだからいいじゃないですかぁ!」


 レーナは現在受付を担当しているが、どうやら鑑定部門で働きたいようだ。


 いつものことなのかライナーはため息を吐いて、レーナの言葉を流すと、改めて私とマリウスに向き直る。


「で、これの持ち主はどっちだ?」


 『これ』とは千円札のことだろう。


「私ですけど……」


 おずおずと小さく手を挙げると、ライナーは私の頭から足まで視線を滑らせ、納得したように「ふむ」と頷いた。


「なるほどな。ちなみにこれは一枚だけか?」


「いえ、まだあります……」


 何に対して「なるほどな」なのかはわからないが、日本円はまだ財布に入っている。


 まだあると言った途端、ライナーの目が輝いた。


「ほう……俺は一度だけこれと似たものを見たことがある。異国のお金だったはずだ。これもそうだな」


「はい。私の国のお金です。でもこちらでは使えないんですよね?」


「ああ、通貨としてはな。けどコレクターはいるからその方面に売ることはできるぞ」


 レーナの言葉は間違いじゃないらしい。


「とりあえずお金が欲しいので換金できればそれで……」


 マリウスに立て替えてもらったお金を返して、当分の生活費くらいになればいいなぁ……。


 お金があっても使えないのはなんとも歯がゆい。


「じゃあ、換金したいものを出してくれ」


 ライナーは木製のトレーを出してくる。


 私はその上に、千円札をもう一枚と、五千円札一枚。さらに悩みながらも一万円札一枚を置いた。


「あ、小銭もありますけど、それも売れますか?」


「おお、大丈夫だぞ」


 財布の小銭入れにはいいタイミングだったのか、すべての種類の日本円の硬貨があったので、それを各一枚ずつ置いた。


 新しい服を作るための布を買おうと思っていたため、財布にはその購入費用にと多めのお金が入っていた。普段はもっと少ない。


「これでいいか?」


「はい」


 財布にはまだ数枚のお札と小銭が残っている。それがわかっているのかライナーは「ふうん」と意味深に私の財布に視線を寄越した。


「もし追加であったらいつでも良いぞ」


「その時は、また……」


 全部を手放してしまうのはなんとなく嫌で、私は「ハハハ」とごまかすように笑う。


 売り手はあくまでも私なのでライナーはそれ以上言及はせず、換金の手続きに取りかかった。


「普通の素材ならすぐ買取するんだが、これはオークションにかけるからな。換金額を払うまでひと月はかかるが大丈夫か?」


「え!? ひと月ってそんなにかかるんですか!?」


「ああ、買い手の額次第で換金額も変わるからな」


「ええ……その間、どうしよう……」


 換金できると聞いたのに、そんなに時間がかかるんじゃ、この先の生活に困ってしまう。マリウスにも早くお金を返してあげたいし……。


「なんだ、そんなに金に困ってんのか? もう一つ方法がないこともないが……」


「え、あるんですか?」


「ただオークションに比べて、あんたが損をする可能性が高いが、それでもいいか?」


「えっと……それはどんな方法なんですか?」


「オークションじゃなく、冒険者ギルドが今日これを買い取ってあんたにその金額を支払う。で、後日冒険者ギルドとしてオークションにかけるんだ。オークションに出す手数料はかからないが、差額はあんたじゃなく冒険者ギルドがもらうって方法だ。買取額よりオークションの金額が低くなる可能性はあるが、この貨幣だったらそれは万が一にもないだろう」


 ライナーには日本円が高値で売れる見込みがあるらしい。


 整理すると、オークションにかけた場合、お金が入るまで時間はひと月かかるけど、手数料を除いた全額が私に入る。


 一方、この場で買い取ってもらう場合、ある程度のお金はすぐ手に入るが、オークションでつり上がった分の差額は冒険者ギルドのものになる。ただし、オークションの手数料はかからない。


 ……といったところか。


「うーん……例えばなんですけど」


「おう?」


「この千円札一枚だけ、この場で買い取ってもらって、他はオークションにっていうのはできないんですか?」


「ほう、考えたな。それで良いぞ。この場で買取だと……色を付けて千マルカってとこか」


「せせせ、千マルカ……!?」


 買取金額に驚いた声を上げたのは、私ではなくマリウスだった。


 私はこちらの貨幣価値がさっぱりなので、いまいちピンとこないが、マリウスのリアクションを見る限り、なかなか高額のようだ。


「それって一ヶ月くらい生活できる金額?」


「贅沢しなければ余裕だろ! ……ってミナには価値がわかんないのか」


 マリウスはあまり驚いてない私の反応に、がっくりと肩を落とす。それには返す言葉もなくて苦笑するしかない。


 ライナーは私とマリウスのやりとりを見て、思うところがあるはずだろうが何も言わなかった。


 私が訳ありっていうのはわかっているようだが、そこはあまり興味がないようだった。


「じゃあ、このひとつだけを買取で、他はオークションでいいな」


「はい。お願いします」


「じゃあ、冒険者カードを」


 私はさっき作ったばかりの冒険者カードをライナーに手渡した。すると、ライナーは机に座り、天板の上をポチポチと押しはじめた。


 気になって覗き込むとその机はただの机ではなく、かなり昔に流行ったテーブル筐体のゲームのようになっていた。


 そして、机の端にあるくぼみに私の冒険者カードを差し込む。


 それからいくつか操作をすると、カードを引き抜いて手渡してきた。


「これで手続きは完了だ。一応カードに書き込んだ内容を確認してくれ」


 ライナーに促され、カードの右下の丸い部分に指をあてる。


 すると、さっきはプロフィールと3Dの自分の姿だけだったところに、他に項目が増えていた。



 【買取】

 ・異国の貨幣 一 ―― 千マルカ(未払い)


 【その他】

 ・異国の貨幣 九 ―― オークション手続き中



「大丈夫だと思います」


 数量も合っているし、問題ないはずだ。


「そうか。じゃあ手続きは終わりだ。オークションの結果が出たら知らせる。レーナ、支払いのカウンターに連れて行ってやれ」


「はい! それじゃあ、お二人ともこちらです」


 どうやらお金を支払うのはまた別なところらしい。


 私とマリウスはライナーにお礼を言うと、レーナについて部屋を出る。


 支払いカウンターは受付の並びにあった。


「ここが支払いカウンターです。依頼の報告は受付か、または買取カウンターで行いますが、支払いは一括してこちらになります」


 支払いカウンターは、受付や買取カウンターの開放感とは全く違う。カウンターには手が通るくらいの四角い穴が空いているのみ。カウンターの向こう側は一切見えなかった。


「レーナですが、こちらの方の支払いをお願いします」


「では右手のくぼみにカードを置き、その隣に利き手をどうぞ」


 くぐもった声だが、カウンターの向こうから女性の声が聞こえた。


 私は言葉の通り、カウンターの右側にあるくぼみに冒険者カードを置いて、その隣に右手を置く。


 少し間があって、また声がした。


「未払いが一件あります。こちらの支払いでよろしいですか?」


「はい、お願いします」


 すると、冒険者登録をした時のようにちょっとだけ手に静電気のようなものが走った。登録時に比べるとほんの少しだけだったから、それほど不快感はない。


 そして、四角い穴から木製のトレーが出てきた。


「今回のお支払いはこちらです。お間違いないですか?」


 トレーの上にあるのは、金貨が一枚。


「これが千マルカなの?」


 私はマリウスを振り返り聞いた。


「ああ、たしかに……」


 マリウスは信じられないものを見るような目を金貨に向けて、頷いた。


「え、合ってる? 大丈夫?」


「大丈夫だ! ただ、俺は千マルカ金貨なんて初めて見るぞ……」


「そうなの!? そんなに大金!?」


「ああ! だから早くしまえ!!」


「う、うん」


 マリウスのマジな目に、私は急いで金貨を財布の小銭入れにしまった。


 それを見て、マリウスはようやくホッとしたらしい。気疲れしたように「はぁ」と息を吐き出している。


 あとでちゃんとお金の価値を教えてもらおう。


 そう思いながら、あまり実感がないながらも現地のお金を手に入れたことで、私は少しだけ心が軽くなった気がした。


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