第六十七話「完成と蠢くなにか」
「ミナ、なんか良いことでもあったのか?」
「へ?」
「いや、妙に上機嫌だなって」
朝ご飯を食べながら、マリウスは私の様子を見て呟いた。
自分では全くそんなつもりなかったから、ハッとして両頬を押さえる。
昨日のシルヴィオの笑顔がまだ頭から離れない。しかも、期待以上と褒められたし、はじめてお礼を言われた。
――そして、私の気持ちに気付いた。
はじめは感じ悪くて嫌な人だと思っていたけど、スキルの師匠としてアロイスを紹介してくれたり、サンドジャッカルの時に助けてくれたりしてくれるうちに、優しい人だと気付いた。
ただ、不器用で、自分と他人に厳しいだけだ。
そう思うと、惹かれていく気持ちを抑えられなくなった。
認められたかったのは、シルヴィオに好きになってもらいたかったからだと気付いた。
もう昨日からいろんなことが頭を駆け巡って、舞い上がらんばかりに私のテンションは上がっている。
それが表に出ていたんだろう。マリウスに指摘されるなんて恥ずかしい。
でも実際に機嫌がいいので「まあねー」と答えておく。
「……シルヴィオさんに何か言われたのか?」
「え、なんで知って……!?」
「いや、昨日あったことっていったらそれかなって。昨日の朝にミサンガを渡すって言ってたじゃん」
「ああ、そっか! ちょ、ちょっとだけ褒められただけだよ」
そう言いながら、私の頬は緩む。抑えようと頬に力を入れると今度は口元がニヨニヨしてしまっていろいろおかしい感じになった。
それを見てマリウスは「そうか」と返してきた。
え? 反応薄くない……?
普段のマリウスなら「良かったじゃん!」くらい言ってくれそうなものだけど……。
「マリウスこそどうかした? なんか元気ない……?」
「いや、そんなことないよ。……そろそろいってきます」
「うん、いってらっしゃい」
マリウスは少しだけ笑ってから、会話を切り上げるように立ち上がる。キッチンに使ったお皿を運ぶと、椅子に置いてあった荷物を持って、出かけていった。
「大丈夫かな、マリウス……」
いつも元気で明るいマリウスにしては珍しい態度だ。体調が悪いのではないかと思ってしまう。
心配になりながら、私は残りの朝ご飯を口に頬張った。
ティアナとイリーネの服作りはいよいよ佳境に入った。
シャツ、スカートは完成し、残るはベストとジャケットだ。一番形が複雑な上に、効果を付与できる幅が広い。
先にやや簡単なティアナの方を仕上げる。ティアナの上着はベストタイプだ。ダブルの前ボタンに背中はレースアップでウエストを調整し、さらにお尻を隠すように燕尾が付いている。
希望があった効果を付与しながら一刺しずつ丁寧に作っていく。
全体を形づくる箇所を縫い合わせ、それから細かい部分を加えていく。
背中のレースアップの部分は、紐を通すところをつけていく。そしてポケットやボタンも取り付ける。
「うん、よさそう」
縫う時にいろんなところを触るので今は少ししわっとしているが、最後にアイロンをかけるから大丈夫。
集中力が続いているうちに次だ。
イリーネの上着はジャケットタイプ。腕に布地がある分、ティアナのベストより縫う部分が多い。
袖がある以外の要領は、ベストとそう変わらない。
同じような手順で縫い合わせ、効果を付与していく。
私の脳内で特殊スキルが効果を知らせる音声だけが響く。
やがてその音が鳴ると同時に、私は最後の一刺しを終えた。
「できた……!」
ティアナとイリーネ二人の服が完成した!
トルソーにかけてみて、出来を確認する。
二着を同時に作るのは大変だったものの、こうして並べて見るととてもいい!
ブレザーを元にしたデザイン。二人の使う武器や動きを考えて、デザインは少し変えているが、テイストは共通しているので、ニコイチ感がでる。
「すごいね! 今まで作った服の中で一番すごい!」
トルソーにかかった服を見て、エルナが惚れ惚れした声で呟いた。
エルナには仮縫いの時にかなり手伝ってもらった。二人分ともなると仮縫いも大変なので、だいぶ助かった。
「エルナも手伝ってくれてありがとうね。おかげで予定より早くできたよ」
「本当! えへへ」
目の前の服を作る際、一部でも手伝えたことが嬉しいのだろう。少し得意げにエルナは笑う。
「約束の日より早いけど、二人にはできたことを知らせようと思って。今日の夕方はギルドに行くから、いつもよりちょっと早く終わるね」
「わかった!」
裁縫指導を早く切り上げる旨を伝えると、エルナは心得たように頷いた。
「そういえば、ミナ」
午後の予定を確認していると、アロイスが窓辺から呼びかけてくる。
「なんですか?」
「冒険者ギルドの方でミサンガがなくなってるらしいぞ。いつ納品してくれるのかって、伝えてほしいと言われてたんだった」
「ミサンガ、こないだ納品したばかりなのにもうなくなったんですか!?」
ミサンガは消耗するものの、そう簡単に効果がなくなるものではない。それこそ何度もケガをしたり、大きなダメージを受けない限り、そう一回や二回で切れるものではないのだ。
それなのにどうしてこんなに売れてるんだろう?
その疑問はアロイスが教えてくれた。
「そりゃ完全に町の外の魔物の生態が少しずつ変化してるからだな」
「それって、前に私とマリウスが遭遇したサンドジャッカルみたいにですか?」
「そうだ。植物の群生地はまだ大丈夫だが、強い魔物が移動してきてるのがミサンガがよく売れる理由だな。新人冒険者はこれまでこなしてきた依頼もままならなくなりはじめてる」
「そんなことが……!」
冒険者が依頼をこなせないなんて大変じゃないか。
「俺からも頼む。できるだけ早めにミサンガを補充してくれないか」
アロイスは真剣な顔で私に言った。
「わかりました。これからいくつか作りますね」
なんだかただならない予感がして、私はゴクリと唾を飲み込む。
ひとまず夕方に持って行けるように、ミサンガ作りにとりかかったのだった。




