第六十六話「お礼と笑み」
甘沢林檎先生と、ゆき哉先生が描く
『冒険者の服、作ります! ~異世界ではじめるデザイナー生活~』の、
第2巻が全国の書店で発売中です!
【 コミカライズ 】が大きく目立つ帯を目印に探してくださいね♪
今回のお話、作品にとってキーとなる重要なシーンが登場します。お楽しみに~。
翌日の夕方。シルヴィオが店にやってきた。
「注文したミサンガができたと聞いたんだが」
「はい、完成しましたよ!」
やってきたシルヴィオを応接室のソファに案内すると、私は彼の元に出来上がった三本のミサンガを持っていく。
エルナは既に帰っているが、アロイスが引き渡しに同席してくれている。アロイスはシルヴィオの向かいにある一人がけのソファに座っているので、私はシルヴィオの隣に座った。
「これがご注文のミサンガです」
「ほう」
「効果は右から『毒回復 小+』『毒回復 中-』『毒回復 中』です」
「『中』まで付いたのか!?」
いつも涼しい顔をしているシルヴィオが驚きに表情を変えた。
「は、はい。ただ効果が強くなるに従って、耐久性は落ちます」
「そうなのか?」
細かい違いがわからないのか、私は昨日アロイスにしたのと同様の説明をシルヴィオにする。
「なるほど。でも三本あるし十分だ。できても『小+』くらいだと思っていたから期待以上だ」
よっし……!
期待以上だって……!
高評価に心の中でガッツポーズをする。嬉しい。
「忘れないうちに精算しておこう」
シルヴィオは財布らしい皮の袋を取り出した。
前金はもらっていたので、残りの半分をもらうことになる。
しかし――
「あれ? 多いですよ?」
「効果が期待以上だったからその礼だ」
「え、でも……」
効果の強化は私が勝手にしたことだし、それでもらっていいのだろうか。
「ミナ、せっかくだからもらっておきな。俺がはじめに提案した額はシルヴィオの言う通り『毒回復 小+』程度の値段だ。それ以上のものを作ったんだから、ミナにはもらう権利がある」
アロイスに説得されるように言われ、私は「じゃあ」と多めの額を受け取った。
「アロイスさんとも加工代の精算ですね」
立て替えてもらっていた水晶の加工代をアロイスに渡し、手元に残ったのは前金を含めたら代金の半額以上だ。ミサンガはそもそもの材料費が安いから、とても利益率が高いんだけど、今回は額が額だけに驚きの金額が残った。
なんか逆に申し訳ない気もするけど、特殊スキルは珍しいから技術職手当だと思えばいいのかな?
お金をしまいながらどうにか気持ちの落としどころを見つける。
「そういえば、ミサンガの付け方ってわかります?」
「結べばいいんだろう?」
「一口に言えばそうです。ただ、ほどけたり切れたりすると効果がなくなりますので、注意してください。どれか付けていきますか?」
「お願いする」
シルヴィオが選んだのは『小+』の一番効果が低いものだった。普段使いにはたしかにこれが一番いいだろう。効果が高いものはいざという時のためにとっておくのかもしれない。
『小+』のミサンガを手に取ると、私はシルヴィオに腕を出してくれるように言った。
左手を出したシルヴィオは、ミサンガを付けやすいようにと少し腕をまくってくれる。
そして、捲った部分を見て私は無言で息を飲んだ。手首のすぐそばから肘の方にかけて、古傷があった。まるで腕をさいたかのような傷。
すでに肌と色が変わらないケロイド状になっているが、その傷の大きさは結構なものだ。
もしかして新人の時の……。
ディートリヒから聞いた話が頭を過ぎる。
私は心の中で頭を振った。もしかしたら違う時にできた傷かもしれないし、気にしすぎるのはダメだ。
意識を切り換えて、「結びますね」とシルヴィオに声をかけた。
――どうか、どうか、このようなケガをしませんように……。無事に町に戻ってきてくれますように……。
私なりの願いを込めて、ミサンガを結んでいく。
特殊スキルも発生しないただの祈りだけど、願わずにはいられない。
「はい、これでいいですよ」
本結びでしっかりと結ぶ。今回は蝋引き糸を使っていることもあり、そう簡単にほどけることはないだろう。
シルヴィオは手首に付けたミサンガをじっと見つめる。
「これは自分で結ぶ時は同じ結び方じゃないとダメなのか?」
「いえ、結び方はなんでも大丈夫ですよ。ほどけなければいいです」
「そうか。わかった」
私の結んだ部分をシルヴィオは指でなぞっている。そして、ふと顔を上げた。
ソファの隣に座り、お互い向き合うように体を斜めにしているので、シルヴィオと至近距離で目があった。
「ありがとうな、作ってくれて」
そして、シルヴィオは口角を少しだけ上げ、ふわりと表情を緩めた。
……っ!
瞬間、私の耳がカッと熱くなったのがわかる。
顔が良すぎるよね、この人は!!
ものすごく近くで見る美形の笑みは破壊力抜群だ。普段笑わない人だから余計に。
耐えきれなくて、私はじりっと距離を取った。
ただお礼を言われただけなのに、動揺してどうする私……!!
そう思いつつも、心臓がバクバクしているのを感じる。
「じゃあ、俺はそろそろおいとましますかね」
声の方を見ると、アロイスがニヤニヤした笑みを浮かべてこちらを見ている。なんだかじゃすいされているようで、気恥ずかしい。
「それなら俺も帰る」
アロイスに続いてシルヴィオも立ち上がる。
「お前はゆっくりしていっていいと思うぞ?」
何に気を回しているのか、アロイスがそんなことを言い出した。
「いや、明日からさっそく調査に行きたいからその準備をしないと」
シルヴィオはアロイスの勧めもさっくりと断ると、スタスタと玄関に向かう。先に立ったはずなのに追い越されたアロイスが意味深な目を私に向けてきた。
それにムッとした顔で返すと、アロイスは苦笑してシルヴィオの後を追った。
「はぁ~!」
私は一人残った応接間でどっかりとソファの背もたれに寄りかかる。
まだ顔が熱い気がする。
「えー……まさか私」
さっきからずっとシルヴィオの笑顔が頭に焼き付いたように離れない。
「シルヴィオさんのこと、好きになっちゃったの……?」
あの笑顔は反則!
また思い出してしまい、私は両手で顔を覆った。
いかがでしたか。
シルヴィオとミナのふたりにとって重要なキーポイントとなるシーンが登場しましたね。
書籍版ではもちろん、ゆき哉さまの美麗なイラストによって挿絵になっています。
是非とも好評発売中の第2巻の212ページ目もチェックしてみてください!




