第六十三話「魔法使いディートリヒ」
甘沢林檎先生が描く
『冒険者の服、作ります! ~異世界ではじめるデザイナー生活~』の、
第2巻がいよいよ、明日4月12日より全国の書店で発売です!
【 コミカライズ 】が大きく目立つ帯を目指してくださいね♪
翌日からティアナとイリーネの服の本縫いに取りかかる。スキルを使って効果を付与していくため、仮縫いの時のようにエルナに手伝ってもらうこともできない。
ここ最近は、ずっと店に来てもらっていたので、エルナは久しぶりにお休みしてもらうことにして、お店の方も今日は閉店だ。
アロイスもここ数日は忙しいのか、顔を出すことはあってもいつもの椅子でくつろいで行くことはないので、今日は完全に私一人である。
「それじゃあ出番だよ、製作者の贈り物」
『どの効果を付与しますか?』
「まずは『防御』からお願い」
『効果「防御」の付与を開始します』
特殊スキルの発動を確認して、私は準備していた生地と針を手にとる。はじめはプリーツスカートから取りかかった。
あらかじめしつけ糸で留めているヒダを崩さないように、ずらさないように針を刺していく。
見た目は他のスカートと一線を画しているが、構造はそう難しくない。生地でヒダを作り、その一方を広がらないように留めているだけだ。
まずスカートのサイドの部分を縫い合わせる。プリーツスカートは二枚の布で作るので、その布同士をくっつけるのだ。
縫い合わせるのと同時に、ポケットになる袋状の布も一緒に重ねる。
スカートってポケットがないのも多いんだけど、ないと困る時が結構ある。
元の世界にいた時は、ちょっと携帯を入れたいのにポケットがなくて不便だったことがたびたびあった。
ポケットを付けて縫い合わせると、左サイドを少しだけ残しておく。ここは脱ぎ着しやすいようにボタンを付ける予定だ。
ボタンを縫い付ける生地とボタンホールになる生地を縫い付ける。ボタンは最後に付ける予定なので、このまま置いておく。
『効果「防御 小」が付与されました』
頭の中に響いた音声にハッとする。どうやら『防御 小』までは付与されたらしい。
『付与を継続しますか?』
「このまま『防御』を強化して」
『承知しました。効果「防御」を継続します』
次はウエスト部分に取りかかる。ウエストのベルト部分はあらかじめ作っておいて一方に挟み込めるようになっている。こちらにも『防御』の効果を付与しているので、合わせたら強化されるはずだ。
しつけ糸で留めている部分をしっかり挟み込み、針を刺していく。ほつれないようにしっかり縫い合わせていくことを意識するが、糸を引っ張りすぎると布が寄ってしまうのでよくない。たまに生地を伸ばしながら、縫い続けた。
『効果「防御 小」が「防御 中」に強化されました』
そんな音声が響いて間もなく、最後まで到達する。縫い終わりを処理して、糸を切ると、私は詰めていた息をふうと吐き出した。
「できた……」
ぽつりと呟いて、スカートのウエスト部分を持ち上げる。まだボタンを付ける作業が残っているが、ひとまずスカートの形は出来上がった。
「おー、すごい」
パチパチという拍手と共にかけられた声に、私はビクッとした。
音がするのは私の真正面からで、そこにはディートリヒが座っていたのである。
「え!? え、なんでここに!?」
今日は看板を閉店にしていたはずだよね!?
「玄関の鍵、開いてたよ~。もう、気を付けないとダメだぞ」
「あ、はい。すみません……」
そういえば、看板は確認したけど玄関の鍵は確認した記憶がない。かといって、勝手に入ってくるのはどうなの……?
私の戸惑いを含んだ視線をスルーするように、ディートリヒはニコニコと笑っている。
「『防御 中』かな? あっという間に付与されたね~! 面白いなぁ」
「え、なんでわかったんですか……?」
「僕、ちょっと目が良いのよ。アロイスさんの持つ鑑定眼のちょっと特殊バージョン? 人や物の本質が見えちゃうんだよね~。調子良い時は人の心が読めたり、ね」
「え……!」
私の心も読んでたりするの!?
「ははは、安心してよ。よっぽど強い気持ちじゃないと読めないよ~。まあ、接触したら別だけど。それが僕の魔法使いとしての能力なの。ま、便利な時もあるし、不便な時もあるし。いろいろだね」
「そうなんですか……」
人の心を読めるって、良いことばかりじゃない気がする。善い感情ならいいけど、悪い感情は知りたくないと思うこともあるだろう。
「それで、僕の服、作ってくれる気になった?」
「あれって本気だったんですか?」
「もちろんだよ! 僕は武器や防具を持っても意味ないからね。服に効果が付与されてたら最高に便利だよ!」
「てっきり魔法使いなら不要かと思ってました」
「武器によって、長所と短所があるように、魔法使いも万能ではないよ。それなのに稀少だから領主専属になってるけど」
「そういうものなんですか?」
「うん、そういうもんなの。で、引き受けてくれる?」
「今受けている注文のあとでしたらいいですよ」
「わぁ、やったー! それじゃあ、シルヴィオのが終わったら僕だね」
「……シルヴィオさんから注文を受けてるの知ってるんですか?」
「ミナちゃんのこともシルヴィオから聞いたからね」
「シルヴィオさんが!?」
まさかシルヴィオが自分のことを人に話していたなんて……。どんなことを言ったんだろう……。気になる……。
「面白い二人組がいるってね。マリウスくんとミナちゃん。一匹オオカミのあいつが誰かと一緒にいるなんて珍しすぎて、気になっちゃったんだよね」
「面白い、ですか」
これは褒められてるの……?
「シルヴィオが言う面白いは、たぶん見所があるって意味じゃないかなぁ。期待してるのはたしかだね。でも、僕は違う意味で心配だったんだよ」
そう言って、ディートリヒは真剣な顔でじっと私の顔を見つめる。そして、パッと切り替わるように笑顔になった。
「うん、ミナちゃんは合格かな」
「合格……?」
「あ、マリウスくんも合格してるから安心して!」
「いや、意味がよく……」
「あいつさぁ」
私の言葉は聞いてないのか、ディートリヒは語りはじめた。
それは、シルヴィオの過去だった。




