第六十一話「二人の初来店」
昨日会ったあの人は誰なんだろう?
私はそんなことを考えながら、作業をしていた。
シルヴィオと妙に親しげだったディートと呼ばれた男性。なぜ彼は私とマリウスの名前を知っていたんだろう?
「うーん……」
考えてもわかるはずもなく、唸る私をエルナが不思議そうな目で見つめた。
「ミナお姉ちゃん、困ってるの?」
「困ってるってほどじゃないけど、考えてもわからないからなぁ。もういいや!」
「そうなの?」
エルナは首を傾げて聞いてくる。それに頷いて、私はエルナの手元を覗き込んだ。
「縫い目、かなり綺麗になったね」
「本当!?」
「うん。仮縫い手伝ってくれたところも良かったし、凄く上達してるね」
「やったぁ!」
はじめはガタガタだったり、間隔がばらばらだったりした縫い目が、今は綺麗になってきた。エルナも着実に上手くなっている。
「今日は仮縫いを調整するんだよね?」
「そうだよ」
今日はこれからティアナとイリーネに来てもらい、仮縫いの試着と調整を行うことになっている。
「はじめて見るから楽しみ!」
エルナははじめて調整に立ち会うからとても楽しみにしている。
マリウスの時は、宿屋の部屋でやっていたからエルナは見ることができなかったのだ。
そんなことを話していると、どうやら二人が来たみたいだ。ドアベルの音に反応したエルナは率先して「私が案内してくる!」とぴゅんと玄関へ向かってしまった。
応接間で待っていると、すぐにエルナが戻ってくる。その後ろにはティアナとイリーネの姿があった。
「うわぁ、ここがミナさんのお店かぁ!」
「すごい」
応接間に入るなり、部屋の中を見回したティアナとイリーネがコメントする。
「いらっしゃいませ、ティアナさん、イリーネさん。こちらに座っててください」
私は二人を出迎えると、キッチンに向かう。カッフェーを淹れて戻ると、二人はトルソーにかかっている仮縫いの服を見ているところだった。
「これがうちらの服!?」
ティアナが期待するような目を向けてくる。私はそれにクスリと笑って頷いた。
「そうですよ。これから試着してもらうんですが、お二人のどちらからされます?」
「「私!」」
私の言葉にティアナとイリーネの声が被った。
すると二人はお互いの顔を見合わせる。無言で見つめ合いがしばし続くと、ふいにイリーネが「今日は私の日」と呟いた。
すると、ティアナは観念したように「わかったよ~!」とソファの背もたれに身を投げ出した。
「えっと、イリーネさんからでいいんですか……?」
「うん。よろしく」
こくりと頷いたイリーネを見て、私は試着室へ案内する。試着室は応接間の一角にある。部屋の中を区切り二畳ほどのスペースになっていた。
そこにイリーネを誘導してから、イリーネの服をかけているトルソーを抱えて、私も一緒に入った。
「試着は私も手伝いますね」
「……? 一人で着れるよ?」
「いえ、ちゃんと縫っているわけじゃないのと、少し形が複雑なので、手伝わないと難しいと思います」
今回作った服は、今イリーネが来ている服とはだいぶ趣が違う。着方をわからずに着たら、おそらくしつけの糸を切ってしまいそうで、こちらが怖いのだ。
「そうなの? わかった」
イリーネが快諾してくれたことにホッとして、私は試着の準備をする。その間、イリーネには今着ている服を脱いでもらい、肌着状態になってもらうことにした。
「はい、いいよ。どうすればいい?」
「まずはこのシャツを着てもらうので、ここに腕を通してもらえます?」
私はシャツの腕を通す部分がわかりやすいように広げる。背中を向けたイリーネが指示に従い、穴に手を通してくれたので、私はそのまま肩に掛けるようにシャツを上げた。
前に回ってボタンを留めると、次の服を手に取る。
「次はここに足を通してください」
プリーツスカートを手に持ち、胴体部分に足を通してもらう。そして、腰まで上げると、サイドのボタンを留めていった。
「キツくないですか?」
「大丈夫」
イリーネの返答に頷いて、私は試着室のドアを開けた。
「あとは部屋の外でしますね」
私は残るジャケットをトルソーにかけ直すと、イリーネに出るように促した。
「イリーネ! それが新しい服!? ……って何か大丈夫?」
ティアナはイリーネの姿を見てから、あれ? と首を傾げた。
おそらく前に見せたデザイン画と違う出来が不思議に思ったのだろう。私はティアナのリアクションに苦笑する。
「軽く説明したっきりでしたけど、今はまだ仮縫いという段階で、まずサイズを確認してもらうための工程なんです。効果を付与したり、装飾を付けたりするのは本縫いになってからなので、今はまだシンプルな状態ですね」
「だよね! ふう、良かった~!」
今はまだシンプルすぎるシャツとスカートだ。縫い方もしつけ程度なので、言ってしまえば雑。丁寧な作りのオーダーメイドの服を想像していたティアナは不安になったのだろう。
「じゃあ、サイズを確認していきますね。指示するので、体を動かしてもらえますか?」
「わかった」
ここからはマリウスの時と同じだ。腕や足、腰など主に関節を曲げ伸ばししてもらい、不自然に布が突っ張るところや逆に緩すぎるところをチェックしていく。
私が見て、印を付けていく様子を、エルナはじっと見つめていた。さらにジャケットも羽織ってもらい、確認は続く。
最後に持ってきてもらったイリーネの武器である槍を、室内を傷つけない程度に振ってもらい、確認を終えた。
「へぇ、こんなことするんだねぇ」
今日の目的がイマイチわからなかったのだろう。ティアナが感心したように呟く。
「これをした方が格段に着心地が良くなるんですよ。特に冒険者の人は体を動かすから、動きを邪魔しない服の方がいいですよね?」
「それはもちろん! 私のもよろしくね!」
期待するティアナに笑みを返して、私はイリーネの着替えをするべくまた試着室へ戻った。
ティアナの仮縫いの試着もつつがなく終わった。
一度だけ調子に乗って、ティアナが服を乱暴に引っ張った場面があって、しつけ糸がプツンと切れた。その瞬間、私とエルナの空気が変わったのにティアナは気付いたらしい。
さすがにマズいと思ったのか、それからはこちらの指示に従って粛々と確認作業をさせてくれた。
幸いしつけ糸が切れたのは、袖口部分だったので大事には至らなかった。
「完成するのが今から楽しみ」
「うん、楽しみ」
ティアナとイリーネはそう言って、帰って行く。一緒にエルナも送ってくれるというので、私は玄関で三人を見送った。
「さて、お店も閉めますかね」
開店してるのかどうか緩いお店ではあるけど、一応ドアにかかっている看板で区別している。
開店とは書いてないものの、『冒険者の服、作ります!』という方が表。その裏が『休業中』となっているのだ。
玄関から外に出て、私が看板を裏返そうと思ったその時――
「うひゃッあ!!」
トントンと肩をつつかれ、私はビクッと体を揺らした。
バッと後ろを振り返ると昨日見た金髪の男性が「やぁ」と片手を上げて立っている。
「えっと、昨日の……?」
「そうそう! 昨日会ったディートリヒって言う者だよ」
シルヴィオが呼んでいたディートというのは愛称らしい。
「お店やってるって聞いたから来ちゃった。もしかして閉店な感じ?」
「まだ、大丈夫ですけど……」
「じゃあ、ミサンガ見てもいいかい?」
「はぁ、どうぞ」
客として来たのなら追い返すわけにもいかない。私は看板をひっくり返そうとしていた手を引っ込めると、彼を家の中に案内した。
甘沢林檎先生が描く『冒険者の服、作ります! ~異世界ではじめるデザイナー生活~』の、
第2巻がいよいよ、4月12日(金)より全国の書店で発売です!
あと、3日です!!
本雑誌連載の最新話以降も、いち早く読めるのは書籍版だけです。
読者の皆様、何卒ご贔屓&応援よろしくお願い申し上げます。




