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第六十話「消耗品とシュニッツェル」

 なぜか一緒に夕食を食べることになった私、マリウス、シルヴィオは宿屋アンゼルマに来ていた。


「いらっしゃい! おや、今日はシルヴィオも一緒なんだね。あっちの席に座ってくれるかい?」



 宿の食堂に入ると、女将のアンゼルマが私たちを歓迎してくれた。


 指示された丸テーブルに向かい席に着く。


 宿屋アンゼルマの食堂は特にメニューはなく、日替わりの定食が一種類のみなので、運ばれてくるのを待つ。


「そういえばシルヴィオさんのミサンガはできてるのか?」


「まだだよ。今日素材持ってきてくれたけど、あとは水晶の加工待ち」


 マリウスには昨日、シルヴィオからミサンガを注文されたことを話している。その他にもマリウスとはお店のことを共有するようにしている。


 はじめは顧客のことだから、マリウスには言わない方がいいのかな? と思ったけど、マリウスは一応警護担当。お客さんのことでも情報は伝えるべきかと思ったのだ。


 でも、もしかしてシルヴィオ本人はマリウスに伝わってることを嫌だと思ってるかな……。


 ふとそう思い至って、私はシルヴィオの表情を盗み見た。彼は普段と変わらぬ表情でいる。


 特に嫌がっている素振りはない。


 短い付き合いだが、嫌なことは割と表情に出すシルヴィオのことだから、これは特になにも思ってないということだろう。


 少しホッとしていると、マリウスはシルヴィオに三色水晶について聞いている。


 どこで手に入れられるか聞くマリウスにシルヴィオは答えた。


「三色水晶は、元はある鳥系魔物の卵だ。それが孵化しなかった場合、三色水晶になるんだが、その生息地がとても険しい崖にある」


「ええ! どうやって獲ったんですか?」


「その鳥の魔物を倒してから、巣ごと下に打ち落とした。その衝撃で卵は水晶化するからそう難しくない」


 しれっとシルヴィオは言ってるが、想像しただけで私には難しいと思わざるを得ない。


「俺にもできるかな……」


「もし見つけたらやり方は教えてやるぞ」


「え、本当!? 俺も欲しいな三色水晶! そしたらこのミサンガもさらに強化できるんだろう?」


 マリウスは自分の腕に嵌めたミサンガを反対の手でなぞりながら、私の方に視線を向ける。


「属性的に、三色水晶でマリウスのミサンガに付与している効果をもっと強いものにするのは可能だと思うよ」


「おお! じゃあ、俺も素材手に入れたら作ってくれるか?」


「もちろん!」


「やった!」


 喜ぶマリウスを私は微笑ましく眺める。一方シルヴィオは苦笑を浮かべた。


「マリウスは三色水晶を手に入れるくらいに強くなるのが先だな。そしたら三色水晶のミサンガの費用を賄えるくらいになるだろうな」


 シルヴィオは、今回のミサンガの注文の値段を暗に示した。


 値段を知っている私も、たしかに彼の言うことも一理あると思った。


「え、もしかして、シルヴィオさんのミサンガって高いのか……?」


「まあねぇ……」


 価格に疎い私の代わりに、値付けをアロイスがしてくれたんだけど、今回のシルヴィオのミサンガは通常のミサンガの三十倍の値段だ。


 具体的に言えば、普通のミサンガは販売価格が百マルカ・銀貨一枚に対して、シルヴィオのミサンガは一つ三千マルカ・金貨三枚である。


 素材を持ち込んでもらってのこの値段だ。


 水晶の加工費も含めているものの、それでもはじめにこの値段を聞いた時は桁を間違えてるんじゃないかと思った。


 そもそもミサンガは消耗品だ。何度も使えば消耗するし、切れたら効果はなくなる。


 だからか、シルヴィオは予備も含めて三本注文してきたんだけど。そして、涼しい顔で前金を半額払ってくれたから、私は震えた。


 話は逸れたが、要はミサンガにそれだけお金をかけられるくらいにランクアップすると、ちょうど三色水晶を取りに行けるくらいの強さになるってことをシルヴィオは言いたかったらしい。


 ミサンガは便利だけど、回復するならポーションを買った方が安上がりに済むことが多いしね。毎回ケガをするわけじゃ無いことを考えると、常時効果が発動する消耗品のミサンガよりもポーションの方がいい場合もあるのだ。


「そっかぁ~。ミサンガ作ってもらうのはその時になったら考えよう」


 マリウスは私とシルヴィオの話を聞いて、納得したようだ。


 今回のシルヴィオからの注文は、毒消しポーションを作る素材が足りないって前提があるしね。それがなければおそらくシルヴィオも頼まなかっただろうし、アロイスも提案しなかったかもしれない。


 いろんな要因が重なり、今回のオーダーに繋がったのだと私は改めて思った。


「おまちどおさま! 今日はシュニッツェルだよ!」


 アンゼルマが料理を持ってやってくる。


 思案げな顔になっていたマリウスはその瞬間、ぱあっと表情を明るく変えた。


 シュニッツェルは、叩いて薄く伸ばした肉を使ったカツレツだ。この料理はマリウスの大好物なのである。


 レモンのような柑橘類を絞って食べる時もあるが、今日はトマトのソースがかかっている。


 私はどちらの食べ方も好きなので嬉しい。ローマンの料理はどれも絶品なので、マリウスほどではなくても、食べるのが楽しみだ。


 全員分が運ばれて来たので、各々食べ始める。


 サクッと揚がった衣の上に、とろみのあるトマトのソースがかかっている。ソースの中には玉ねぎとパプリカだろうか? 具材も入っているので食べ応え抜群だ。


 付け合わせのポテトフライも食べながら、舌鼓を打つ。


 シュニッツェルにかかったトマトソースは、パンにつけても合う。一緒に出された酸味のあるパンをちぎり、つけて食べると格別だった。


 そんな私の行動を見ていたマリウスも、まねして食べては目を見開いている。どうやら気に入ったらしい。


 しかも、シルヴィオまでまねしているから、意外と可愛いところがあるんだなと私は微笑ましく思った。





 食べ終えると私のお腹はいっぱいだ。毎度のことだが、パンの残りは食べ盛りのマリウスにあげて、シュニッツェルは完食する。


 マリウスも交えてだからか、シルヴィオともいろいろ話ができた気がする。


 食べ終えたら、いつまでも長居をすることはできない。


 宿屋アンゼルマの食堂は、なぜかシュニッツェルが出される日はとても混む。名物料理になっているらしいのだ。


 現に今、食堂のテーブルは満席だった。


 シルヴィオが立ち上がったのに続き、私とマリウスも席を立つ。


「アンゼルマさん、ごちそうさまでした」


 テーブルの間を縫うように給仕しているアンゼルマに声をかける。


「はいよ~。ちょっと待ってて」


 アンゼルマの手が空くのを、食堂の入口辺りで待つ。


 この食堂の飲食代は一律十マルカ・大銅貨一枚である。お財布から代金を取り出して、支払いに備えていると、食堂の出入口が開いた。


「うわ、やっぱり混んでるね~」


 顔を出したのは、シルヴィオと同じ歳くらいの男性だった。くすんだくせのある金髪を片側だけ編み込んだ少し変わった髪型をしている。


 さらに編み込んでいる方の耳には、ティアドロップ型のピアスをしていた。出で立ちも冒険者という風体ではなく、マントっぽいコートのようなものを羽織っている。


 不思議な雰囲気のその男性が気になってついじっと観察していると、私の視線に気付いたのか、彼がこちらを向いた。


「ん? ……って、あれ? シルヴィオじゃん?」


 私を見るとその視界に入ったのだろう。シルヴィオの姿に目を留めた彼は、どうやら知り合いだったらしい。


「ディートか。この辺にいるなんて珍しいな」


「いやいや、僕はこの町にずっといるし~! 珍しいのはお前の方でしょ。というか何? この子たちと一緒に飯食ってたの?」


 金髪の男性はシルヴィオと一緒にいる私とマリウスに視線を向けた。そして面白そうに笑みを作る。


「へぇ~、なるほどね。この二人が……」


 意味深に笑うディートと呼ばれた男性に対して、シルヴィオは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。


「何を考えてるか知らんが、余計なことをするなよ」


 何かの牽制なのか、シルヴィオはディートにそう告げた。それに対して、ディートはなおも面白そうに笑みを深めてから、肩を竦めた。


「はいはい~。……あ、そうだ。あの人が呼んでたから、近いうちに来てよ」


「わかった。……ほら、行くぞ」


 ようやくやってきたアンゼルマに、シルヴィオは代金を押しつけるように払うとディートの横を通って店を出て行った。


 私とマリウスも精算をして、シルヴィオを追いかけるように外に向かう。


「またね、マリウスくんにミナちゃん」


 先に外に出たマリウスには聞こえなかったかもしれない。でも、すれ違う瞬間、私の耳には囁くように発せられたその声が届いた。

本日から第2巻発売日の4月12日(金)まで、毎日更新やります!!

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