第五十七話「シルヴィオからのオーダー」
今日も私の店『ドラッヘンクライト』で服作りだ。
ここ最近はアロイスもうちでお昼を食べるようになった。しかも、いつの間にかローマンに自分の分のお昼も注文していて、エルナは毎日自分を含めた三人分のお昼ご飯を持参してやってくる。
ローマンからしたら、彼が現役冒険者時代にギルドマスターだった人から直接頼まれたのだから嫌とは言えない。
ただ、本人はギルドマスターだった人にお昼ご飯を提供できて嬉しそうだったから、まあいいのだろう。
今日も三人でお昼ご飯を食べて、午後の作業に取りかかった頃、ドアベルが鳴った。
最近はいちいち玄関ホールまで出て行くのが面倒になったので、部屋の中から「右手の部屋へどうぞー」と呼びかけるようにしている。
作業を中断して、針を置いてというのが大変なのだ。
玄関の方へ呼びかけると、応接間に人がやってくる。ふらっと入った一見さんかな? と思ったがそれは知っている人だった。
「シルヴィオさん!?」
黒髪に黒い服を装備したその人は、シルヴィオ。Aランク冒険者で、私が現在見返したいと思っている相手だった。
「邪魔する」
そう一言告げた彼はぐるりと室内を見回した。
「ほう、ここが新しい店なのか」
「今日はどうしたんですか!?」
意外な来客に私は戸惑いつつ、応接間に向かう。正直、シルヴィオが訪ねてくるなんて予想してなかったし、私に用事があるとは思えなかった。
「ここにアロイスがいると店にあったからな」
「俺に用事か」
「……まあ、マリウスから聞いてたから一度来てみようとは思っていた」
本当の目的はアロイスみたいだけど、店も気になっていたらしい。関心を持ってくれたようでちょっと嬉しい……!
せっかくだからカッフェーくらい出してあげよう。
私はシルヴィオをアロイスに任せてキッチンに引っ込む。
お昼に使ったばかりのコンロはまだ火が残っているので、そのままお湯を沸かしはじめた。
やがてシルヴィオの分のカッフェーができたので、応接間に運ぶとアロイスが私を見て「ああ、ミナに頼めばいい」と言った。
何の話かわからずきょとんとしたまま、とりあえずソファに座るシルヴィオの前にカップを置くと、アロイスに視線を向けた。
「何の話ですか?」
「シルヴィオがな、調査をするにあたってミサンガが欲しいんだと」
アロイスの言葉にシルヴィオが眉間に皺を寄せて口を開く。
「だから毒消しのポーションが欲しいと言ってるだろ」
「つってもなぁ。お前さんの言う数を用意するのはちっと骨が折れる。素材も今は足りないしな」
「素材は俺が取って来ようと……」
「いや、それは無理だろう」
「なぜだ」
「必要な解毒粉が取れるドクモリアゲハの生息地が変わったらしい。どこに行っちまったのか……」
「なんだと……! ドクモリアゲハの生息地が変わったなんて知らなかった」
「まあ、採取依頼はDランク冒険者向けの簡単なものだからな。シルヴィオが知らないのも無理はない。そんなわけで、別の生息地が見つかるまで素材が入ってこないと考えた方がいい。手持ちの素材でいくつか作れないこともないが、お前が全部使うのは緊急の場合を考えると容認はできんよ」
「そうか。しかし、なぜミサンガになるんだ。ミサンガは『毒耐性』程度だろう」
「いや、それは汎用性があるように作った一般販売用のミサンガだろう。もっと工夫すれば効果の高いものができるんじゃないのか?」
そこでアロイスが私に話を振ってくる。
「たしかに『毒耐性』じゃなくて『毒回復』って効果は付与できますよ?」
「できるのか!?」
「できるかできないかで言ったら可能ではありますけど……」
私は少し言いよどんだ。可能ではあるけど難しいのだ。
『毒回復』は一度だけミサンガに効果を付与したことがある。ただ効果は『毒回復 小-』。どうやらミサンガ程度に付与できる限界のようなのだ。
特殊スキルの音声案内によれば、これ以上はミサンガに使っている素材の器が足りないらしい。
逆に言えば、使う素材の質が良ければもっと高い効果を付与できる可能性はある。
ただ、この時のミサンガの糸も特殊なものだった。マリウスの二着目の服を作った時に余った月ツユクサの露を染みこませた糸を使ったのだ。
同時に作ったマリウス用のミサンガは『回復 小+』の効果が付与され、そして、もう一つに『毒回復 小-』の効果がはじめて発現したのであった。
以前そういったことをアロイスとも話したことがあったが、新人冒険者が多いこの町ではミサンガにそんなに高い効果を付与しても需要がないという結論に達したのだ。
でも、ミサンガの素材の質を上げるというのはどうすればいいんだろう? 糸をさらに高品質なものにするとか?
私がいろいろ考えていると、アロイスがシルヴィオに向かって提案した。
「シルヴィオ、三色水晶は持ってるか? それがあればもしかしたらできるかもしれないぞ」
「三色水晶?」
私ははじめて聞くアイテム名に首を傾げる。しかし、シルヴィオの方は知っているのか「ああ」と呟いた。
「持っているが、使えるのか……?」
「加工したらいけると思うんだがな。あと、値段は高くなるぞ」
「それは構わない」
「といっても素材持ち込みの上に、おそらく毒消しのポーションを大量に買うのに比べたら、安くつくだろうがな」
なぜかアロイスが値段交渉をしてるのがイマイチ腑に落ちない感じもするが、私はそもそも三色水晶がどんなもので、その素材の値段もわからないから、まあ助かる……?
「そういうことなら、頼めるか?」
シルヴィオのコバルトブルーの目と視線が合った。
「は、はい!」
勢いで私は頷いた。
え、もしかして、シルヴィオさんからのオーダーを受けたの、私!?
急展開に私が唖然としている間に、当のシルヴィオはアロイスと二、三言話してから「素材を持ってくる」と言って去って行った。




