第五十二話「燕尾とパニエ」
「え、すごい! すごい!!」
宿屋アンゼルマの食堂で私は出来上がったデザイン画をティアナとイリーネに見せていた。
ティアナはテンション高く喜んでいるが、すごいしか言わない。
それだけ喜んでくれてると取ればいいのかな……?
一方イリーネは無言でデザイン画を見ている。気に入らないのかと思って、その顔を覗き込んでみると、目を輝かせているのでこちらも喜んでくれているのだろう。
ひとまず二人とも気に入ってくれたみたいで良かった!
「細かいデザインはまだなんです。二人にいろいろ聞きながら決めていこうと思って」
私がそう言うと、二人はギョッとしたように顔を上げた。
「ええ!? こんなにすごいのにまだ完成じゃないの!?」
「もうすごいよ」
ティアナの言葉にイリーネも呟きながらこくこくと頷く。
「いや、でも服だけじゃなくて装備との兼ね合いも聞きたかったですし、欲しい機能とかありませんか?」
「あー、なるほど。そういうことね」
私の説明にようやく納得したのか、ティアナは改めてデザインに視線を落とした。
二人がデザイン画に注目している間に私の方は、今の二人の装備に目を向ける。
ティアナとイリーネの背中には同じデザインのリュック。必需品や依頼で必要なものを入れているのだろう。武器はそれぞれ弓と槍。それに加え、ティアナの方は矢を入れる矢筒を持っていた。
「ティアナさん」
「んー?」
ふと気になったことがあったのでティアナに話しかける。デザイン画に集中していたのか、少し気の抜けた声が返ってきたが、私は続ける。
「ティアナさんの矢筒って背中に背負わないんですか?」
大まかな印象でしかないが、矢筒は背中に背負って使うイメージが強かったのだ。
「ああ、そういう人もいるね。私の場合は割と短めの矢を使ってるのもあって、背中にあると逆に取りにくいんだ。リュックも背負ってるしね。腰にある方が矢もつがえやすいからずっとこうなの」
説明しながら、ティアナは椅子に置いていた矢筒を腰に装着して見せてくれた。さらに矢を引き出す動作もしてくれて、私は納得した。
そして、すぐにデザイン画の修正箇所が浮かんだ。
「それならスカートだけじゃなくて、こう後ろをカバーできるようにした方がいいかもしれませんね。プリーツスカートは動きやすいですけど、その分めくれやすいですから」
「へ~、そうなんだね。たしかに腰の矢筒はお尻とかに当たるわ」
ティアナの言葉を聞きながら、私は何か良い方法がないか考える。
後ろに布を付ける? それとも後ろだけプリーツの襞を無くす?
どちらもイメージしてみたけど、デザイン的にちょっとなぁ……。
私の中でしっくりこなくて、さらに考える。
ブレザーだし、フォーマルっぽい系統で何かいいデザインはあるかなぁ。
フォーマル、フォーマル……
あっ!
「このベストの後ろ身頃を長くすればいいかも!」
私はデザイン帳の新しいページに、さささっと思い付いたデザインを描いていく。
イメージは燕尾服だ。
ティアナのベストの腰からお尻にかけてを覆うように、後ろの身頃を長くする。これならばプリーツスカートはそのままに、矢筒が当たる部分をカバーすることができる。
ブレザーのモチーフ的にも違和感がないし、結構いいと思う!
描き上がったラフを見せると、ティアナが「おおー!」と声を上げた。
「いいねいいね! これなら矢筒が当たっても大丈夫そう!!」
ティアナからOKが出て、ホッとする。
すると、不意に私の服の袖がくいくいっと引っ張られた。見ると、イリーネが私の服を握っている。
「私も、これがいい」
「これって、後ろのデザインを揃えたいってこと?」
「そう」
イリーネは期待に目を輝かせ、私を見上げてくる。
ティアナ向けに考えたデザインだけど、イリーネの方も後ろ身頃を長くするのはまったく問題ない。
「じゃあ、イリーネさんの方も同じようにしますね」
「やった」
一応、イリーネの方のデザインラフも描いて見せると、彼女は小刻みに首を立てに動かし、頷いた。気に入ったらしい。
「イリーネの方もいいね! さっきより素敵になった!」
「うん」
二人ともお互いのデザインを見せ合って、喜んでくれている。私としてもよりデザイン的に良くなったと思った。
それから二人から改めて出てきた細かい希望を加えて、デザインが固まった。
「それじゃあ、これをベースに仮縫いまで作ってみて大丈夫ですか?」
「うん、よろしく!」
「楽しみ」
二人から了承をもらい、デザインの打ち合わせが終わった。
翌日からはさっそく制作に入る。
といってもまずは材料を揃えるところからだ。御用達になっている布屋に行って、今回の服に合う生地を選ぶ。
二人のベストとジャケットの部分は濃い目のワインレッドにしようと考えていた。それに合わせるのは紺色のプリーツスカート。
制服といったらやっぱり紺色だ。どちらも汚れの目立ちにくい色であることもポイントの一つ。
少し厚手で丈夫な生地を選んだ。
あとはレギンスかタイツを作ろうと思っていたんだけど、こちらの世界に残念ながらゴムで作られた生地がない。ストレッチ生地で作らないと、逆にレギンスやタイツは動きにくいだろう。
それに見栄え的にも、だぼっとしてしまうのであまり綺麗じゃない。
うーん、ここはパニエにしようかな……。
代替え案として考えたのはスカートの下に履くもの。下着が見えないようにするためだ。
パニエは別名ペチコートとも言い、スカートの中が透けないようにしたり、ボリュームを出したりする用途で使われる。
何枚か生地を重ねて、さらにキュロット状にすればいいと思うんだよね。
ただ、これは私の方で急遽考えたものだから、二人に確認を取らないといけない。でもひとまずパニエがどんなものか見せるために、作っておこうと布は買っておく。
もし二人が要らないと言った時は自分で使えばいいしね。
何度目かの材料購入はサクサクと進んだ。
そして、手芸の問屋街に行ったついでに、購入した家にも立ち寄った。
新居は現在リフォーム中。今はどこまで進んでいるのか確認しておきたかったのだ。
「こんにちは~」
開けっぱなしの玄関ドアから中を窺う。パッと目に入ってきた室内は、以前より格段に綺麗になっていた。
「おお、すごい!」
リフォームが進んでいることに一人感動していると、奥から人が出てきた。
「何だい、嬢ちゃん……って、ここの家主のミナさんかい」
やってきたのはリフォームを担当してくれている職人さんだった。この職人さんとはリフォーム箇所について話し合う際に顔を合わせているので、向こうも私のことがわかったらしい。
「今どんな感じかなって見に来ちゃいました」
「そうかそうか。順調に進んでるぜ。あとは二階とこの辺りの仕上げくらいだな」
「え、それって早くないですか?」
「て言ってもあと五日はかかりそうだ」
「五日!? もっとかかると思ってました……」
「内装の修繕はそんなもんだ。一から立てるんなら数ヶ月単位でかかるけどな」
私の予想では一ヶ月はかかると思っていた。作業がはじまってから数日が経った今、このペースだと半月かからずに出来上がる計算だ。
これは私も引っ越しの準備しないとダメなんじゃない!?
予定より早く住めるのは嬉しい。でもそれに伴う準備がまだ全然できてない。
これは急がないと!
私は職人さんにお礼を言うと、早足で宿屋へ戻るのだった。




