第五十話「新たなオーダー」
購入する物件を決め、内装リフォームの職人さんとも打ち合わせを終えると、あとは完成まで待つだけだ。
私も楽しみにしてるが、マリウスとエルナも楽しみにしているようで、いつできるのかたまに聞きに来る。職人さんが言うには一週間から二週間はかかるようだ。
その間は引っ越しの準備をしつつ、これまで通り過ごす。
物件探しの間は、ミサンガ作りもあまりできなかった。あとはリフォームが済むまで私がすることはないので、今のうちにミサンガを作り置いておく。
新しい店ができたらそっちでも販売したいしね。
朝からせっせと作り、冒険者ギルドに納品に向かう。納品も日が空いてしまったので、在庫が残ってるか心配だ。
いつも冒険者ギルドへは、お昼すぎの早めの時間帯に行っていた。その方が冒険者たちが出払っているので、冒険者ギルドも混み合っていない。
しかし、今日はミサンガをたくさん作っていたため、来る時間が遅くなってしまった。
冒険者ギルドの鑑定部門にやってくると、そこにはちらほら依頼を終えた冒険者の姿があった。
普段よりは混んでるけど、このくらいならさっと納品して帰ればいいかな。
そう思って、鑑定待ちの列に並ぶ。
「あー!」
不意に後ろから声がして振り返ると、見知った女冒険者が私の後ろにいた。
マリウスとサンドジャッカルに襲われた時、逃げてきた私のそばに付いてくれていたティアナとイリーネだ。
「あ……! 先日はありがとうございました」
そういえばちゃんとお礼を言っていなかったと思い、私はぺこりと頭を下げる。
「心配してたんだ。その後大丈夫?」
オレンジ色の髪のティアナがそう声をかけてくれる。隣にいる紫の長い髪をしたイリーネも心配そうな視線を私に送っていた。
「はい。私もマリウスも大丈夫です。本当にあの時はお世話になりました」
「……良かった」
イリーネがホッとしたように呟く。
かなり心配をかけてしまったようだ。偶然とはいえ、彼女たちにこうしてお礼を言うことができて良かった。
「こんな時間に冒険者ギルドにいるなんて珍しいね。今日は納品?」
「そうです。ミサンガ作ってたらこんな時間になってしまって……」
ティアナの質問に答えていると、あと少しで私の番が回ってくる。
「あの、この後ちょっと時間ありますか?」
「うん、大丈夫だよね?」
「大丈夫」
私の言葉にティアナとイリーネが顔を見合わせて頷いてくれる。お礼ともう一つ、彼女たちには伝えたいことがあるのだ。
私の順番が来たので、いつも通りミサンガの納品を済ませると、邪魔にならないところで私は二人の鑑定が終わるのを待った。
「お待たせ~」
そう言って、二人は鑑定が終わるなり私の元に小走りで駆け寄ってきてくれる。
「それで、話って――」
ティアナがさっそくとばかりに切り出すが、それはイリーネによって遮られた。
「ここ、目立つ。他の場所いこ」
イリーネの言葉に周りを見ると、冒険者たちが続々と戻って来ていて、列に並びながらこちらにじろじろと視線を向けていた。
女三人が集まっているのが不思議だったようだ。
「じゃあ、外で歩きながら……」
私が提案すると二人は頷いた。
冒険者ギルドを出て、私の泊まっている宿屋アンゼルマの方へ歩く。当たり障りのないことを話してから、私は本題に入った。
「こないだ助けてもらったお礼としてはなんですけど、前に言ってた服の製作を受けさせてもらえればと思いまして。……あ、有料になっちゃいますけど、それでもいいなら」
以前、二人には服を作って欲しいと言われ、あまりの勢いに断ったことがあった。今更だが、それを受けさせてもらえたらと思ったのだ。
私の言葉に二人はパアッと表情を明るくした。
「本当!? 作ってくれるの!?」
「嬉しい」
「じゃあ……」
「是非お願いします!」
二人は嬉しそうに頷いてくれる。私はホッと胸を撫で下ろす。
「実は一度断られたからさ、もうダメかなって思ってたんだー。えへへ、良いことはするもんだね!」
ティアナが少し得意げに笑う。
確かに私も、あの一件で二人と関わることがなければ彼女たちの服の製作をしようとは思わなかったかもしれない。
「それじゃあ、さっそく採寸したいんですけどいいですか?」
「うん」
「うわあ! 採寸ってオーダーメイドって感じがするね!」
ティアナの言葉にオーダーメイドなんだけどな、と思いながら私はクスクス笑った。
宿に到着すると、私の借りている部屋へ向かう。一応、アンゼルマさんには部屋で採寸するからと了解を取っている。
「へ~、ミナはここに泊まってるんだ。良さそうな宿だね」
「ご飯もおいしいし、宿の人もいい人ですよ」
「今日は、ここでご飯にする」
「いいね、食べてこう!」
イリーネの提案にティアナが乗る。宿屋アンゼルマは夜は食堂としても営業しているので、大丈夫なはずだ。
「では採寸はじめますけど、どちらから……?」
私の予想ではティアナが先にやるかと思いきや、前に出たのはイリーネだった。
「私」
どちらからやるにしても私は構わない。ちらりとティアナを見ると、彼女は椅子に座って見守る体勢だ。
「じゃあイリーネさんからですね」
私は彼女の体にメジャーを当てて、サイズを測っていく。途中、腕を上げてもらったりしながら、彼女の体のサイズをメモしていった。
その間、ティアナは興味深そうにそれを眺めている。邪魔しちゃ悪いと思ったのか、静かにしてくれていた。
「はい、これで終わりです。次、ティアナさん」
「はいはーい!」
ティアナはさっと椅子から立ち上がると、場所をイリーネと交代する。
イリーネよりティアナは背が高い。私がちょうど二人の中間で、イリーネが私より小さく、ティアナが私より大きいのだ。
ティアナのサイズも着々と測っていく。イリーネを見ていたから、腕を上げ下げすることもわかっていたので、すんなり採寸を終えた。
次にデザインだ。できるだけ二人の希望を聞きたいと思う。
「デザインね~。動きやすいのがいいよね」
「うん。動きやすさ大事」
冒険者だから何よりも動きやすさ第一だというのはわかった。
「他にはなにかありますか?」
「良さげな効果が付与されてたらいいなって思うよ!」
「効果ですか……。参考までに二人の普段の戦闘スタイルを聞いてもいいですか?」
「私は弓だね。槍を使うイリーネを補助することが多いかな。ある程度の距離ならこれで一撃できるんだ」
ティアナは背中に背負っている弓を指して言った。
「私は槍。だいたい前衛」
イリーネは小柄な体型に似つかわしくない長い槍を持っている。戦っているところをあまり想像できないが、ポジション的にイリーネが前で戦って、ティアナが後ろから援護する形のようだ。
「なるほど……」
「マリウスの服もミナがデザインしたんでしょ? だったらどんな風にするかはミナに任せるよ!」
ティアナの言葉にイリーネが頷いた。
任せてもらえるのはデザイナー冥利に尽きるが、なかなかの大仕事になりそうだと、私は心の中で気合いを入れた。




