第五話「冒険者ギルド」
冒険者ギルドの建物はすぐわかった。なぜなら他の建物より群を抜いて大きかったからだ。
「ここが冒険者ギルドかぁ」
レンガで作られているのか頑丈そうな大きな建物。入口の両開きの扉は開け放たれていて、屈強そうな人たちが出入りしている。
マリウスは特に緊張した様子もなく、中に入っていく。私の方が独特の雰囲気にドギマギしている。
中に入ってみるとそこは外観同様に広い作りだった。
マリウスは入口すぐのところにあるカウンターに近づいていく。
「冒険者登録をしたいんですが」
その声に、カウンターでぼんやりしていた職員の女性がハッとなって居住まいを正した。
「ぼ、冒険者登録ですね! こちらで承ります!」
そう言って、彼女はごそごそと何かを準備しはじめた。
「ではまず、こちらの板に利き手をお願いします」
職員が出してきた厚みのある板。そこに手をつけと言う。
私はなぜそんな必要があるのかわからずにいたが、マリウスはさっさとそれに手をあてた。
彼が手をついた途端、何かが動いたような気配がした。
よくわからないが空気が変わるというか、予感がするとか、そんな言葉では言い表せないものを感じた。
「なんなの、これ……?」
私は怪訝な顔で板を見つめる。すると、職員の女性は「ああ」と言って説明をはじめた。
「これは能力値を計る魔術具なんです。名前、年齢、体格はもちろんですが、潜在的な能力もわかったりわからなかったり……」
「わかったりわからなかったりって……」
「持っている才能がそう簡単にわかったら苦労しませんからね! はい、もう手を離して良いですよ」
私が職員と話している間にマリウスの能力値の計測は終わったらしい。
「ではこちらをギルドカードに書き込んでいきますが、先に費用のお話をしますね。まず登録料が十マルカ必要です。もしカードを紛失され再発行となった場合はその都度十マルカかかりますのでお気を付けください。よろしければ十マルカお支払いを」
「はい」
マリウスは門のところで支払ったのと同じ大銅貨を職員に渡す。
「十マルカ頂戴しました。では登録を進めますね」
職員はカウンターの奥にある会社に置いてあるようなコピー機のようなものを操作する。
そして一、二分で何かを手に戻ってきた。
「お待たせしました。マリウスさんのギルドカードはこちらです」
そう言って職員は五ミリほどの厚さのある黒っぽいカードをマリウスに渡した。カードの表面には「マリウス」という名前の他に「E」と記載されている。
「表面に記載されているお名前に間違いはありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「ではお次にカード右下の丸い部分に指をあててください」
マリウスは職員の言う通りカードの右下にある黒い丸に親指をあてた。
「うわっ」
するとマリウスが目を見開いて声を上げた。
「ふふふ、ご覧いただけました?」
「え? なに?」
私にはなにか起こっているようには見えなかった。
「冒険者カードは本人にしか使えない仕掛けをしているのです。そのひとつがマリウスさんが見ているものになります。ご自身の能力値が見えますでしょうか?」
「は、はい……!」
「そちらには今後、依頼の履歴や達成率なども記載されていきますのでご参考になさってください。また表面にある「E」は現在のマリウスさんの冒険者ランクです。こちらは依頼の達成によって上がっていきます。依頼はランクによって受けられないものもありますので、ご注意ください」
マリウスはカードに目を釘付けにしながら、職員の話に頷いている。
私には見えない景色がマリウスには見えているようだった。
一通り説明が終わると今度は私の番だ。マリウスがしたように、私も板に右手を置く。
すると静電気が体全体を伝っていくような感じがして、鳥肌が立つ。
「うわ、なにこれ……ぞわぞわする。マリウスは大丈夫だったの?」
一瞬だったが、たしかに体を伝っていく不快感に眉を顰めた。
「ん? 特になにも感じなかったけど……」
本当になにも感じなかったのだろう。けろっとした顔でマリウスは答える。
「おそらくあなたは魔法の感度が優れているのですね。時々そう感じる人はいらっしゃいますから」
「魔法の感度?」
「魔法使いになれるほどではないですが、なんとなく魔法を感じられる人のことですね。一般的に付与魔法は魔法使いじゃなくても使えると言いますが、それでもある程度の魔法感度がなければコツを掴むのが難しいんだそうですよ」
「へぇ~」
魔法、と言われてもいまいちピンとこない。
生まれてこの方、魔法を直接目にしたことはないし、それこそ物語の世界だ。
この板も魔術具と言っていたが、実際はちょっとハイテクな機械という印象だ。
「はい、手を離してもいいですよ」
職員の言葉に、私はすぐさまパッと手を離した。
「先程マリウスさんに説明したのと同じ内容なのですが、説明は必要ですか?」
「あ、大丈夫です」
「では、このまま登録されるなら十マルカお願いします」
そこで私はくるりとマリウスを振り返る。
「マリウス、お願いします」
「へいへい」
マリウスは再び巾着袋から大銅貨を取り出し、職員に手渡す。
それを不思議な顔をして彼女は受け取った。
おそらく「この二人の関係はなんなんだろう……姉弟? 恋人?」あたりだろうか。
根掘り葉掘り聞きたいが、登録をしないといけない。そんな狭間で気持ちが揺れているのが手に取るようにわかる。
ひとまず職務を全うすることにしたのか、彼女はカウンターの奥に作業しに向かった。
待ちながらチラリとマリウスを見る。
彼は冒険者カードをしげしげと眺めていた。時折、右下の丸い部分に指をあてて、自分にしか見られない情報を見ているらしい。
頬を緩ませているところを見る限りかなり嬉しそうだ。
マリウスの服装や話から察する限り、そう裕福な育ちではないのだと思う。
だから、自分だけの冒険者カードは、きっと嬉しいに違いなかった。
「お待たせしました。ミナさんのカードがこちらです」
職員が出来上がったばかりの私のカードを手渡してくる。表面には「ミナ・イトイ」とマリウスと同じように「E」の文字が表示されていた。
「では、名前の確認と、中に記憶されている情報の確認をお願いします」
私は左手で持ったカードの右下の丸に、右手の人差し指をあてた。
すると――
「うわっ!」
今ならばマリウスのあのリアクションの意味もわかる。
指をあてた途端、カードの上にはホログラムのように文字と映像が浮かび上がったのだ。
名前 ミナ・イトイ
冒険者ランク E
年齢 二十三歳
出身 異世界 ニホン
職業 裁縫師
スキル ???
加護 ???
文字情報に加えて見えるのは3Dの自分の全身だった。
それを触ってみたくて右手人差し指でつつく。しかし、丸い部分から指が離れるとホログラムは消える仕組みらしい。
「ああっ!」
今度はカードを持つ左手の親指を丸にあて、フリーになった右手でホログラムを触ってみる。
文字はスカッとして触れないが、自分の映像は違うらしい。
指をあてて左右に動かすと、なんと自分がくるくると回るではないか!
「なにこれすごい! 全身鏡要らずじゃん!!」
映像はかなり精巧で、背面を見るとこちらにやってきた時に汚れたお尻まで再現されている。
指で何度も操作して、自分の格好を観察しているとクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「そちらに注目する人ははじめてです。普通自分のスキルや加護が気になると思うんですけどね……」
職員の女性に言われ、私はハッとした。
「そういえばスキルと加護のところが『???』になっているんですけど、これって大丈夫なんですか?」
「それはご自身で気付いていない素質がある場合にそう表示されるようです。ランクが上がったり経験を積んだりすると見られるようになるとか」
「へぇ~」
だからはじめ「わかったりわからなかったり……」って言ってたのか。
「俺もどちらも『???』表記だな」
「マリウスも?」
「それはすごいですね! お二人とも秘めたる才能を持っているのかも!」
職員の女性が驚いたように言うが、「かも」というあたり、それだけではないように聞こえる。
淡い期待もないわけではないが、自分のやりたいことと真逆の才能という可能性もある。
私は「がんばりますー」と当たり障りなく答えて、冒険者カードをリュックの中にしまった。