第四十七話「居抜き物件とリフォーム物件」 下
三つ目の物件は、二つ目の物件とそう遠くない場所だった。
「この辺りってアロイスさんのお店の近くですよね?」
「ああ、うちはあの角を曲がってすぐだ」
「どおりで見覚えあると思ったんです」
見たことのある町並みにそう言うと、アロイスが笑いながら答えてくれる。
アロイスの店は、生活用品などの店が建ち並ぶ通りにひっそりとある。手芸の問屋がある通りや、冒険者御用達の用品店が建ち並ぶ通りとはまた趣が違っていた。
賑やかでありながら穏やかな日常を感じさせる中にある不思議な店。一見しただけでは見つけられないくらい周りに溶け込みつつも、見る人が見れば特別に見える一風変わった店なのだ。
客層も町の主婦から一流冒険者まで一貫性がない。けれど、知る人ぞ知る何でもありの雑貨屋であった。
といっても、私も詳しくはわからないんだけどね。
これまで特殊スキルの付与効果の指導を受けるため、アロイスのお店に滞在していた時間はそれなりにあったが、お店を訪ねてくるお客さんが何を買っていっているのかはわからなかった。
それは私がこの世界に疎く、商品を見ても何なのか判別できないからでもある。
アロイスの店で取り扱っているのは、ポーションをはじめとした魔法薬やその素材。また、魔法アイテムも取り扱っており、さらにそれを作るための素材を中心に取り扱っているらしいのだ。
看板もなく、本当に商売する気があるのかという店構え。
一度、採算は取れてるのかと聞いたことがあったが、アロイスは隠居した年寄りの道楽だからいいんだと笑っていた。
そんなアロイスの店だけど、ご近所さんになるのであれば嬉しい。こちらの世界で知り合いが極端に少ない私にとって、知り合いが近くに住んでいるというのはとても心強く感じるのだ。
「三軒目はこちらですよ」
気付けば次の物件の前に来ていたらしい。
クリーム色の壁をした三角屋根の建物だ。縦に三つ窓が並んでいることから三階建てらしいことがわかった。
「三軒目はここだったのか」
アロイスが建物を見て呟いた。どうやら近所のため、この物件のことは知っていたらしい。
「前はどんな人が住んでたんですか?」
もしかしたら前に住んでいた人のことも知ってるかと思い、聞いてみる。
「前は冒険者のパーティーが共同で住んでたはずだ。ただ、その時は貸し物件だった気がするんだが」
アロイスの話を聞いていたハンネスが頷いた。
「はい、以前は月契約の物件でしたね。家主様がお亡くなりになって、残されたご遺族の方が管理できず売りに出されたんです」
「そうだったんですか」
月契約の貸し物件として管理する手間を考えると、売り払った方が面倒じゃないと思ったのだろう。
そんな話をしながら、物件の中に入った。
部屋に入って思ったのは、人が住まないと家って傷むんだなぁということ。
アロイスが言うには、前に冒険者のパーティーが住んでいたのは数年前らしい。それから誰も住むことなく、こうして売りに出されている。
一階の玄関すぐの部屋には、誰も使わなくなった虫食いだらけのソファが鎮座しており、埃を被っていた。部屋の腰壁はひびが入ったり、欠けたりしている。
天井も蜘蛛の巣が張っていた。
「き、汚いですね……」
埃っぽい空気に思わず口元を抑えながら呟くと、ハンネスが申し訳なさそうに苦笑する。
「売りに出された時のままですからね……」
こちらの世界では、照明など家の設備の他、家具を付けて売る物件がほとんどらしい。先に見た二軒もそうだ。
しかし、この物件にあるボロボロのソファは、どう見ても使える代物ではない。
家具付き、って言われたらお得かと思ってたんだけど、捨てなきゃだめな家具が付いてきたら意味ないじゃん!
何事も実際に見てみるまでわからないものだ。
とりあえず、家の中を回ってみる。
残された家具を見てみると、一階はリビングや食堂として使っていたようだ。ソファのあった部屋がリビング、その奥にある足が折れたダイニングテーブルが置かれた部屋がダイニングのようだ。
ダイニングの隣にはキッチン。さらに小さい納戸のような部屋があった。
納戸以外はドアが二つあり、廊下とそれぞれの部屋に続いている。
廊下には二階に続く階段があった。埃が被った手すりを触らないようにして二階に上がる。
二階には三部屋。
広めの部屋が一つと、それより狭い部屋が二つ。それぞれ独立した部屋になっている。
さらにこの家には三階がある。
階段で上がると、天井が屋根の形に添って斜めになっている。三階は広い部屋が一室になっていた。天井が低いけれど、部屋自体が広いので開放的だ。
ただ、以前は倉庫兼寝室だったのだろう。中身がよくわからない木箱があったり、ボロボロのマットレスがあったりして、下の階同様に綺麗じゃなかった。
二軒目の物件に比べると広い。必要だと考えていたスペースは十分にあった。
ただ、このままじゃ住めない。もちろん掃除は必要だけど、内装も補修が必要になってくる。
これで内装が二軒目みたいだったら即決だったのに……。
いろんな条件を含んでの物件の値段だから仕方ないのはわかるんだけど。
「どうしますか? 四軒目もご覧になります?」
私が悩んでいる様子を窺いながら、ハンネスが聞いてくる。
「……はい。見に行きます」
もしかしたら、二軒目と三軒目のいいとこ取りな物件かもしれない。
淡い期待を抱きながら私は四軒目の物件を見に行くことにした。
しかし、その物件に到着した時点で、この物件はなしだなと私は思った。
まず物件自体が町の外れにあった。アインスバッハを囲んでいる外郭のほど近くで、中心地からは遠い。冒険者ギルドからも宿屋アンゼルマからもアロイスの店からも遠く離れていた。
さらに物件自体がボロボロだった。
三軒目が古かったのは内装だけだったが、ここは外装も補修が必要だろう。
私が内見を希望した四件のうち、四軒目の価格が一番安かったのだが通りでその値段なわけだ。
念のため、中もちらっと見たけれどお話にならないボロさだったので、私はハンネスさんに即座に除外する旨を話したのだった。
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担当編集者より。




