第四十五話「アインスバッハの物件事情」
翌日、私は再び商業ギルドを訪れていた。今回もアロイスが付いてきてくれた。どうやら、私だけで物件を選ぶのは危なっかしいという理由らしい。
そんなに信用ないのか……と思わなくもないが、アロイスは冒険者ギルドの元ギルドマスターだから、この町では有名人。商業ギルドに登録したばかりの私だけでは足元を見られるかもしれないけど、アロイスが付き添ってくるのであれば悪い物件を薦めてくることはないだろう。
それに、私はこの町に詳しくない。これまでの行動範囲も狭いし、エリアの特色もわからない。
治安の良し悪しも便利さもわからないから、物件の立地条件を判断することが難しいのだ。
だからアロイスも付いてこようと思ったのかも……。
そんなことを思いながら待っていると、昨日も応対してくれたハンネスがやってきた。
「お待たせいたしました」
ハンネスは昨日持っていなかった紙の束を持っている。おそらく物件の情報なのだろう。
「一度、物件の大まかな情報を見て頂いて、それから気に入ったものを実際に見に向かいたいと思っていますがよろしいですか?」
基本的に元の世界の物件探しと同じ流れみたいだ。
「はい、お願いします」
私が頷くと、ハンネスがテーブルの上に紙の束を広げていく。
「ミナさんの商売の規模がどの程度になるかわからなかったので、いろんなタイプの物件を用意してみました」
ハンネスが言うには、私は商業ギルドに登録したばかりで、そもそも商売の記録がない。あるのは冒険者ギルドにミサンガを卸していた記録くらい。
思えばマリウスの服もお礼として作ったから商売と言えないんだよね……。
だから物件を紹介するのにも困ったのだろう。ざっと見てもいろいろなタイプの物件があった。
私は物件情報に目を通し、明らかにそぐわないものを除外していく。
さすがに飲食店じゃないから、店舗部分に厨房は必要ないよね……。
それでも結構な数の物件が残った。
だからってこれ全部を見に行くのは時間かかるよねぇ……。
さらに絞る必要がありそうだ。
まずは間取りだ。
必要な部屋は、まず店舗部分に応対スペースと試着スペース、それと服作りのアトリエが絶対に欠かせない。住居スペースはリビングにキッチン、水回りと寝室だ。寝室は私とマリウスの二人分は必須で、できれば客間もあった方がいいかもしれない。
あと、元の世界で物件を探していた時に重要視していたのは、間取りの他に立地、それと物件の新しさだろう。
そこで私は情報の中に築年数が全く記載されていないことに気づいた。
「あの築年数ってわかりますか?」
「築年数、ですか……?」
私の質問にハンネスは困った顔をする。
そんなにおかしい質問だったんだろうか。
すると隣で様子を見ていたアロイスが口を開く。
「ミナ、築年数なんて知ってどうするんだ? 補修した年数を聞くならまだしも」
「補修した年数?」
リフォームした年ってこと?
今度は私がきょとんとした顔をする。
それを見てアロイスが何かを察したような表情になった。
「そもそもこの町の建物はレンガや石を使って建てている。だから新しく建てることはめったにない。そんなことができるのはよっぽどの金持ちが貴族くらいだな」
「そうなんですか?」
木造や鉄筋コンクリートを使った元の世界の住宅事情とはそもそもが違うのか。たしかに今紹介されている物件情報もすべて中古の建物だ。
レンガや石でできた建物は丈夫だろうし、こちらの世界では地震がないようだから大丈夫という理由もあるのかもしれない。
アロイスは古い建物の内装をリフォームして住むのが一般的なんだと教えてくれた。
「じゃあ、物件を購入しても補修費がまたかかるってことですよね?」
「物件にもよりますが、多少はその必要がでてきますね。もちろんその際は腕のいい職人をご紹介しますよ!」
ハンネスはいい笑顔で言う。
そうなると予算も考え直さないといけないかもしれない。
物件購入費と補修費、生活するとなると家具も必要になる。なんだかあれだけ大金と思っていた日本円のオークション売買額が心許なくなってきた。
私は意識を切り換えて、再び物件の情報に目を落とした。
これは広いけど予算がかなりオーバーするから外そう……!
さっきより厳しい目で物件を精査していく。アロイスのアドバイスも聞きながら、絞っていくと結構な数の物件が振り落とされた。
「かなり絞られましたね」
私が選んだ物件を見てハンネスが呟く。
残った物件は四つ。
一つ目は予算がオーバーするけど、アインスバッハの町の中でも富裕層が住んでいるエリアにある間取りも広そうなもの。
二つ目は通り沿いにあるらしい物件で、内装が綺麗という物件。
三つ目は補修が必要だけど、広さがあるもの。
最後はとにかく安くて広い物件だ。
「では、これから実際に見に行ってみましょうか」
「はい!」
簡単な間取りはあるけど、実際見ると印象も違うだろう。周りの環境もわからないし、見てみてるに越したことはない。
ハンネスに促され私は立ち上がる。
アロイスにも引き続き付き添ってもらい、私は物件内覧に出発した。
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