第四十三話「マリウスへの報告」
ハンネスは条件に合いそうな物件を探しておくと言ったので、また明日訪ねることにした。
アロイスと別れ、宿に戻る頃にはすでに日が暮れていて、食堂が賑わい始めていた。
「ミナ、遅かったじゃないか」
「ミナお姉ちゃん、おかえりなさーい!」
食堂に入ると、アンゼルマとエルナが迎えてくれる。
「ただいま帰りました〜!」
「さっきマリウスも帰ってきて、部屋に荷物を置きに行ったところだよ。ミナも早く置いてきな」
どうやらすでにマリウスは宿に戻ってきているらしい。私もひとまず荷物を置きに部屋に向かう。
宿の二階にある自分の部屋に入ろうとドアノブを掴むと、隣の部屋のドアが開いた。
私の隣はマリウスの部屋で、彼がちょうど出てきたところだった。
「おお、ミナか。今日は遅かったんだな」
「ただいま。ちょっといろいろあって……。そうだ、マリウスご飯食べた後に話したいことがあるんだけど、いい?」
「話したいこと? いいけどご飯食べながらじゃダメなんだよな?」
「そうだね。できれば二人で話したいから後の方がいいかな……」
物件を購入するということは、お金にも関わる。私が今、それだけお金を持っていることは、他の人には知られたくない。だから食堂で話すのではなく、食事の後にどちらかの部屋で話すのが良いと思ったのだ。
私の言葉にマリウスは少し考える素振りをしてから頷く。
「わかった。ご飯食べたらその後でな。先、食堂行ってるな」
「うん。荷物置いたら私も行くね」
マリウスは私の横をすり抜け階段を下りていく。その背中を眺めてから、私は自分の部屋へ入った。
今日の晩ご飯は、肉団子の入ったスープに酸味のある黒パンだった。
エルナは先に食事を済ませていたので、テーブルには私とマリウスの二人。かき込むように食べるマリウスの横で、私はゆっくりと咀嚼する。
宿の主人であるローマンが作った料理は、今日もおいしい。少し近寄りがたい強面な外見のローマンだが、実のところ優しい人だ。
私はエルナを通して交流があるため、マリウスや他の宿泊客よりはローマンと接する機会が多い。たしかに無口で恐い顔をしているが、時折お菓子を差し入れしてくれたり、他の人よりちょっとおまけしてよそってくれたり、さりげなく気にかけてくれているのがわかった。
娘がお世話になっているからという理由もあるのだと思うが、私はそんなささやかな気遣いが嬉しかった。
何より彼の作るご飯はおいしい!
華やかだったりおしゃれだったりするわけじゃない。いわゆる大衆食堂の料理だけど、素朴で馴染みやすいその味に、料理だけ食べに来るお客さんも大勢いた。
そっかぁ……。家を買ったらローマンさんの料理を毎日食べられなくなっちゃうんだ……。
食べに来れば食べられるから、もう二度と食べられなくなるわけじゃないけれど、それでもこうして階段を下りて一階の食堂に来ればいつでも食べられる環境ではなくなってしまう。
仕方のないことだけど、それを思うと寂しい。
なんだか今食べている料理も惜しい気がして、私はいつもより味わって食べた。
私は部屋のドアをノックする。
「マリウスー! ミナだけど」
ゆっくり食べていた私を残し、マリウスは先に部屋へ引き上げていた。
ドアが開き、マリウスが顔を出す。
「おう、来たか。入ってくれ」
「おじゃましまーす」
そういえばマリウスの部屋にははじめて入るなぁ。
私の部屋と全く同じ家具と配置。私の場合、裁縫道具を置いている小さい机の上には、ショートソードやポーションなどの装備アイテムが置かれ、ベッドの脇の棚には折りたたまれた服(マリウス初期シリーズ)があった。
部屋が汚くなるほど物はないが、それでもきちんと整頓されているところが見てとれて、とてもマリウスらしい部屋だなと思った。
「こっちの椅子に座ってくれ」
マリウスは机の椅子に座るように言ってくれる。お言葉に甘えて、そこに座るとマリウスは私と向き合うようにベッドに腰を下ろした。
「それで、話って?」
さっそくマリウスが切り出してくる。私は今日会った出来事を順序立てて話すことにした。
「今日さ、前にオークションをお願いしていた日本円の売買結果がわかったんだよね」
「そういえばそんなことがあったな。それでどうだったんだ?」
「五十六万マルカだった」
「…………うん?」
私の言葉にマリウスは表情を固まらせ、困惑した声を上げた。
「五十六万マルカだった」
「……ちょっと、待て待て待て」
伝わっていないみたいだったから二回言ったんだけど、マリウスは焦ったように両手のひらを私に突き出した。
「五十六万!? え!? それってどのくらいだ……?」
「……いっぱい?」
「そ、そうだな……」
あたふたとしているマリウスがなんだか微笑ましく感じる。もしかしたら今日の私もこういう感じだったんだろうか?
しばらくの間、戸惑っていたマリウスは私からの生ぬるい眼差しに気づいたのか、ハッとして居住まいを正した。
「お、オークションの結果はわかった。……俺にその金額を教えた意味はよくわからないが……」
「マリウスも一緒にいたから、結果が知りたいかなと思って?」
「あのなぁ。もし俺が悪い奴でミナの身ぐるみを剥いで全部せしめようって思ってたらどうするんだ!」
「身ぐるみ!? やっぱりこの世界は身ぐるみ剥がされちゃうのか……」
「え、もしかして剥がされたのか!?」
マリウスがギョッとしてベッドから腰を浮かせた。
「いやいや、違う! 今日手続きしてくれたライナーさんにも同じようなことを言われただけ」
「そうなのか。良かった……」
私の言葉を聞いて、マリウスはホッとした様子で再びベッドに腰を下ろした。
「だから、ずっとこのお金を持ってるのも恐いなーと思って、アロイスさんに相談したんだよね。店を開くにはどうしたらいいですか、って」
「おお! ミナ店を開くのか」
「今はマリウスの服だけ作ってたから、この宿だけで事足りたけど、これから他の人から依頼されたら場所に困るなーと思ってさ」
「たしかに俺みたいな冒険者と違って、職人のミナはいつまでも宿住まいじゃ不便だよな」
「うん。そう思って商業ギルドに登録してきて、物件も紹介してくれるように頼んだんだ」
「なるほど! いいんじゃないか。応援するよ。まあ、ミナがここからいなくなるのは寂しいけどな。でも、また服作ってもらう時には会えるし」
マリウスは笑顔で私の旅立ちを応援してくれる。
でも、本題はそれじゃないんだ、マリウス。
「旅立つのは、私だけじゃなくてさ――」
そう前置きすると、マリウスはきょとんとした顔で私を見つめた。
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担当編集者より。