第四十二話「物件とセキュリティ」
商業ギルドの登録が無事終わったところで、本題の物件探しだ。
登録カウンターの職員から不動産の担当者を教えてもらい、私とアロイスは商業ギルドの中を移動する。
不動産担当の職員はハンネスという人らしい。こちらもアロイスは知っている人のようだった。
手すりの細工が見事な階段を上り、二階に進む。一階は受付が中心だったが、二階はさらに専門的な部署に分かれているようだ。
まるで市役所のようなカウンターが並んでおり、その中の一つにアロイスが足を向ける。
「ここだな」
カウンターの隅に小さく『土地・建物取引専門』の文字が書いてある。
「ちょっといいかな? ハンネスはいるか?」
カウンターで作業をしていた職員にアロイスが話しかけると、職員はアロイスの顔を見てギョッとする。そして、すぐさまハンネスを呼びに行ってくれた。
やがて、呼びに行った職員が戻ってくる。その後ろからふくよかな体型の男性がやってきた。
「これはこれはアロイスさん! 今日はどうしました?」
「ハンネス、忙しいところ悪いな」
「いえいえ!」
「今日はこいつのギルド登録と物件探しで来ててな。弟子のミナだ」
「はじめまして、ミナです」
アロイスに話を振られたので、私は自己紹介をしてぺこりと頭を下げた。
「ほうほうほう、なるほど! それでは、ここではなんですからこちらにどうぞ」
そう言って、ハンネスは私とアロイスを別の場所に案内する。
通されたのは小さい応接室だった。席に着くと、ハンネスが「どうぞ」とティーカップを目の前に置いた。香りと色から察するにカッフェーのようだ。
「いやあ、アロイスさんが弟子をとったというのは耳にしてましてね、こんなに早くお目にかかれるとは思ってませんでしたよ。なんでも珍しい付与効果の腕輪を作られるとか?」
「さすがに耳が早いな」
「ははは、情報も商売の重要な手段ですからな!」
ハンネスはアロイスの弟子である私のこともミサンガのことも知っているらしい。私がアロイスの弟子になってひと月も経ってないのに……。驚いた。
「それで物件をお探しとのことですが、それは住居ですか? それともお店ですか?」
「住居兼店舗にできるところを探してるんです。あと作業場も欲しいですね」
「ふむふむ、なるほど……! ちなみに予算はおいくらですか?」
予算かぁ……。日本円をオークションにかけて、売買した金額が今五十六万マルカある。全額というのは先々を考えると恐いので、ある程度は残しておきたい。
だから――
「えっと、二十五万マルカ……最高でも三十万マルカくらいで考えてるんですけど……」
すると、ハンネスは私の言葉に少し驚いたように表情を変えた。目が輝いているように見える。
「ほう! それは賃貸ではなく購入をご希望ということですね! なるほどなるほど!」
そうか。ハンネスは私が賃貸できる物件を探していたと思っていたようだ。
「その予算ですと、一から新しく建てるのは難しいですが、中古で良ければそこそこいいところを紹介できますよ! 希望の場所はありますか?」
「場所ですか……。今滞在してる宿やアロイスさんの店と近い方がいいですかね?」
「まあ、その方が行き来が楽だしな。治安もそこそこだし」
私の言葉にアロイスが頷く。
「ほうほう、了解しました。それと、他に住まれるのは何人で?」
「え? 私一人ですけど……?」
一人暮らしの予定だったから、その質問に私はきょとんとして答える。すると、ハンネスもアロイスも、ギョッとした顔で私を見た。
「おい、マリウスとじゃないのか?」
「ええ? マリウスと?」
「マリウスとはそういう関係じゃないのか?」
「いやいやいや、マリウスとはなんだろ? 友達っていうか、姉弟的な感じでそういうのは全然!」
「そうか……。でもいくらうちの辺りの治安がそこそこだといえど、女の一人暮らしは危なすぎるぞ! 集合住宅ならともかく……」
アロイスの言葉に私はハッとする。確かに考えてみればそうだ。
賃貸の集合住宅ではなく、持ち家。さらに店舗兼住宅とするなら一軒家になる可能性が高い。そこに私一人だけ住むのは、防犯面でやや危険かもしれない。
思えば実家以外で一軒家に住んだことがなかったので、そこまで思い至らなかった。
「えー……、どうしよう……」
ここに来て、まさかの問題に直面してしまった。この世界にセキュリティ会社なんてなさそうだしなぁ……。
でも、お金があるんだからお店もアトリエも住むとこも欲しい……。
うんうん悩む私にアロイスが困った顔で口を開いた。
「そういう関係じゃなくてもマリウスのことは信用できるんだろ?」
「それは、はいもちろん」
「じゃあ、安く住まわせて、守ってもらえばいいんじゃないか?」
アロイスが言ってるのはルームシェアってことかな?
確かにそれは良い考えかもしれない。
ルームシェアをしたからって、同じ部屋で寝るわけじゃない。今だって宿が隣の部屋ということを考えるとあまり変わらないだろう。
冒険者のマリウスが一緒に住んでくれたらとても心強い。この町に来て、そこまで危険な目に遭ったことはないが、以前マリウスを妬んだ冒険者には絡まれたことがある。ああいった輩がいないとも限らない。
「そうですね。その方向でマリウスに聞いてみます」
めきめき腕を上げているマリウスなら頼りになる。まだオークションの結果も物件のことも話してないので、宿に戻ったら併せて話そうと私は考えていた。
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是非とも、手に入れて読んでください。
担当編集者より。